(3)NO?-2章-

 

 

~チャンミン~

 

僕の彼女は民ちゃん...。

 

民ちゃんの彼氏は僕...。

 

こんな日が訪れるなんて...時間はかかってしまったけれどね。

 

民ちゃんの雇い主がユンだったり、リアとの別れ話に妊娠騒ぎ、僕がちゃんとしていなかったばかりに誤解をさせてしまった。

 

曖昧な態度のせいで、一度は民ちゃんと離れてしまったこともあった。

 

民ちゃんの部屋の近くに引っ越したりと、ストーカーまがいな行動に及んでしまった。

 

民ちゃんに料理を届けに行ってよかった。

 

あれがなければ、この先もずっと、民ちゃんとの距離を縮められずいただろう。

 

「!」

 

突然、目の前につきだされたクリアファイルに飛び上がった僕は、デスクに膝をぶつけてしまった。

 

「先輩!」

 

顔を上げると、後輩Sがあきれ顔で立っていた。

 

知らず知らずのうちに、ニヤついていたらしい。

 

「顔がゆるんでますよ。

新しい彼女でもできたんすか?」

 

「えっ!?」

 

Sは同棲していた彼女(つまり、リア)と別れた事情を知っている。

 

(さんざん、飲みに付き合わせたからなぁ)

 

「幸せいっぱいなのは分かりますけど、ちゃんと仕事してください」

 

「あっ...うん。

そうだね、うん」

 

「否定しないんですか。

僕なんていない歴1年なんすよ。

うちは女性率が高いのに...はぁ...出会いがないんすよね」

 

僕が勤務している会社は、サプリメントの製造、通信販売を行っている。

 

化粧品も扱っているし、商材がサプリメントということもあって、女性社員の占める割合が高い方だ。

 

だからと言って、男性社員がモテるかといえばそうでもない。

 

(...そうでもないか。

リアと交際する以前、僕は社内恋愛をしていたのだ。

いろいろとうまくいかなくて破局に至り、のちにその彼女は別の男と結婚してしまった。

...結局のところ、僕がフラれたのである)

 

恋愛ごとにかまけている場合じゃないと、Sから手渡されたクリアファイルの中身をあらためた。

 

「これは?」

 

「次のカタログの校正です。

指示された箇所は直っているはずです。

明度が足りないと注文されたので」

 

「例の人の?」

 

例の人とは、つまりユンのこと。

 

予定変更、ドタキャンは相変わらずで、僕らは振り回されている。

 

名前を呼ぶのも忌々しくて、「例の人」呼ばわりをする僕をSは倣ってくれている。

 

「はい。

今日は先輩が行ってきてくださいよ。

僕にばっかりお使いをさせて。

あの人...若造だからって馬鹿にした感じがムカつきます」

 

確かに。

 

民ちゃんと再会するまでの僕は、ユンと顔を合わせるのが嫌で、書類を届けるなどの用事は全部、Sに任せっきりだったのだ。

 

ユンは民ちゃんの雇い主だ。

 

ユンがおかしなことをしないように見張っていないといけないのに。

 

いざという場面で逃げ腰になってしまうところが、僕が直さなければならない性格。

 

民ちゃんが僕の彼女(この言葉の響きにじーんとしてしまう)となったから、より一層注意していないと!

 

打合せや撮影で対面した時など、ユンのオーラに圧倒されてもいた。

 

悔しいことに。

 

ユンの事務所で打合せをしている間、民ちゃんが顔を出してくれないかなぁと期待しているのに、これまで一度も姿を現したことがない。

 

この建物の中にいないのだろうか?

 

それとも、ユンが敢えて民ちゃんを出さないようにしているのだろうか。

 

僕が民ちゃんに特別な感情を抱いていることを、ユンは嗅ぎ取っている。

 

カットコンテストの会場で、「バレた」と思ったからだ。

 

...いくらなんでも考えすぎか。

 

螺旋階段の上を意識して、ちらちらと視線を向ける僕に、ユンは唇の端をわずかに持ち上げてみせた。

 

ユンが僕と民ちゃんの関係をどうとらえているかは分からない。

 

十中八九、兄妹とみなしているだろう(兄妹じゃなく、兄弟)

 

民ちゃんに関することとなると、顔色を変える僕。

 

そんな場面は、民ちゃんが出場したカットコンテスト会場と、彼女の病室で3人が顔を合わせたきりだけど。

 

あの時の僕の無言の怒りに、ユンは気づいている。

 

過保護な兄に映っているだろうなぁ。

 

兄妹だと思われていた方が、民ちゃんは安全なのだ。

 

でも、僕と民ちゃんが他人同士だと見抜いていたら、僕が彼女に愛情なり執着なりを抱いていることは見破られているはずだ。

 

他人の恋人を奪うことを楽しむ、サディスティックな性質を持っていそうな人物だから。

 

そう考えてきたけれど...。

 

早い段階で、僕と民ちゃんは恋人同士だとユンに知らせておいた方がいいかもしれない、と考え直した。

 

仕事の発注者である会社の担当者の恋人にちょっかいを出すような真似は、ユンにとって不利に働くだろうから、下手な行為は慎むだろう。

 

ユンの元を訪問する前に、と携帯電話を取り出しメッセージを作成する。

 

『今夜、一緒にご飯を食べに行こう。

待ち合わせはどこにする?』

 

 

社用車で向かう途中、信号待ちをする度に助手席に置いた携帯電話に目をやってしまう。

 

僕がユンの元を訪ねていくことは、内緒にしておこう。

 

「ふふふっ」

 

(※チャンミンは民と結ばれて、相当浮かれている。

彼女を心底愛しているがゆえ、大目にみていただきたい)

 

間もなくユンが所有するビル(最近知ったこと。いまいましいことに、ユンはリッチだ)の駐車場に着いた時、通知ランプが光っていた。

 

『18時まで仕事なので、18:30はどうですか?

××駅の大きな時計の下はどうですか?』

 

ユンとの打ち合わせに憂鬱だった気分も、たちまち晴れた。

 

好きな子からのメッセージに、胸がこそばゆくなるのはいつ以来だったろう。

 

リアとの頃を思い出しかけて、その記憶をシャットアウトした。

 

 

(つづく)

 

 

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