~民~
リアさんは腕と足を組み、むっつりとした表情で助手席にいる。
「もうすぐ着きますよー」
「......」
何の返答もしないリアさんに、「ふぅ」っと気づかれないようため息をついた。
(面倒くさい人ですね。
チャンミンさんも大変だっただろうなぁ)
チャンミンさんとの再会に、リアさんは驚いていた。
平静を装っていたけれど、あの場から逃げだすかのように私を引っ張っていったあたり、相当動揺していたはずだ。
(そりゃそうよね。
『前カレ』だもの...。
前カレ...前カレ...ああ、胸がシクシクする)
私はリアさんのぺたんこのお腹をチラ見した。
(チャンミンさん...リアさんの妊娠の件、知らないんだよね。
それとも、リアさんの性格を知っていて、話半分で受け取っていたのか...)
この車に何度も乗っている証拠に、リアさんはダッシュボードにあったサングラスをかけた。
以前の私だったら、ユンさんに女の人の存在を見つけてしまって、胸を痛めていただろうな...今は違うけど。
「このデパートでいいんですよね?」
「ええ」
私はサイドウィンドウを開けチケットを受け取ると、立体駐車場へと車を侵入させた。
ユンさんの車は大きくて、ぶつけたり擦ったりしないように、何度も切り返しながらなんとか駐車スペースに車をおさめた。
案の定、リアさんは助手席にふんぞりかえっている(アシストは最初から期待していなかったけどさ)
緊張のあまり、脇も手の平もびっしょり汗をかいていた。
「車の中で待ってますから、リアさんはどうぞ、行って来てください」
買い物好きのリアさんの付き合うのはしんどそうだったのだ。
「それであなたはいいの?」
「はい」
「ふ~ん。
私、特に欲しいものないのよねぇ。
そうねぇ...悪いんだけど、私のマンションに寄ってくれないかしら?」
「へ?」
ユンさんの話だと、リアさんは住むところを失ったため、ユンさんの家へ転がり込んだと聞いている。
「取ってきたい荷物があるのよ。
いい加減引っ越さないといけないんだけどね」
唖然とする私をよそに、リアさんは車の中に戻ると「場所は分かるわね?」と笑った。
Mさんのものとは真逆の華やかな笑顔だ。
一方、Mさんの笑顔には照れ混じりの控え目なのに...媚びがあった!
チャンミンさんとリアさんを鉢合わせにせまいと焦っていた私。
ところがそれを超えるハプニングが私に起こってしまった。
チャンミンさん!
なんですか、あの女の人は!
仕事上の関係の人だってことは分かってますよ、でもね。
あの人...Mさんは女っぽ過ぎます。
リアさんとは真逆なタイプだから、嫌な予感がするのです。
(チャンミンさんのスーツをつん、って摘まんでました!
私、ちゃんと見てたんですから!)
イジワルな気持ちばかり湧いてくる自分に嫌になる。
「民さん...あなたに聞きたいこともあるし、後でカフェにでも寄りましょう」
「...はい」
リアさん振り回されている状況に、暗澹たる気分になった。
ユンさん問題、交際宣言問題、チャンミンさんとモデル問題、リアさん問題、Mさん問題、チャンミンさん鈍感問題...それからそれから。
チャンミンさんと初夜問題!
(あと3日ですよ)
抱えている問題がいっぱいです。
~チャンミン~
Mさんを先に帰すことに成功した僕はオフィスへと戻ると、ユンは商談テーブルについたまま僕を待っていた。
「すみません、お時間とらせてしまって...」
「Mさんは?」
「次の予定があるようです(嘘だけど)」
「そうですか」
打ち合わせは終了したにもかかわらずここに居座る僕に、ユンの眼差しは説明を求めるものだった。
「あの...ユンさんにご相談がありまして...。
この後、ご予定は?」
「いいえ。
今日はフリーです」
「申し訳ありません。
お時間はとらせませんので」
僕はコホン、と咳ばらいをした。
これからの話の内容を思うと、鼓動が早くなってきた。
大の大人が、仕事関係の者に、それもユンに、自分の色恋を暴露するなんて...非常識過ぎる。
内容が内容だけにしどろもどろな話し方じゃあ、ユンに小馬鹿にされる。
今さらながら、僕とは恋愛がからんでくるととことんダサい男になってしまうとあらためて呆れるのだ。
遠い昔、下級生や同級生と恋をした学生時代からスタートして、社会人となり社内恋愛を経た後、リアと同棲する仲となり...どの恋愛でも僕はカッコ悪い姿を彼女たちにさらしてきた(そのいくつかは第1章で披露している)
そして新しい恋をゲットした今も、僕はやっぱりカッコ悪い。
これが僕、チャンミンなのだから仕方ない。
民ちゃんも変わった子だし、僕も抜けているところだらけ。
お似合いじゃないかと、心中でニヤニヤしてしまっていると、
「チャンミンさん?」
ユンの言葉に、考え事からハッと引き戻された。
僕の固い表情に気づいたユンは、
「なんですか...深刻な話ですか、チャンミンさん?」
と言って、背もたれから身を起こし、ジャケットの衿を正すものだから、つられて僕の鼓動も早くなってしまった。
「いえ...大した話ではないのです」
緊張のあまり喉がカラカラだった僕は、コーヒーカップに口をつけた。
...が、カップは空っぽで、恥ずかしさで顔がかあぁぁっと熱くなった。
「......」
ユンはふっと微笑し、「新しく淹れましょうか」と席を立った。
悔しいけれど、ユンはカッコいい奴だ。
パーテーションの向こうにユンの姿が消えた後、僕はあのことを思い出した。
民ちゃんにメールを読めと言われていたんだった。
(何だろう?)
バッグから取り出した携帯電話は、通知ランプを点滅させていた。
「......」
『あの話のことです。
ユンさんに話すことは中止にしてください。
チャンミンさんにご迷惑をおかけしてしまうと考えたからです。
変なことをお願いしてごめんなさい』
「......」
(分かったよ、民ちゃん。
僕を気遣ってくれたんだね。
でも、今ここでユンを牽制しておかないと、民ちゃんは困るんじゃないかな)
「う~ん...」
何かいい代案がないか唸っていると、コツコツとパーテーションをノックする音がした後、トレーを持ったユンが現れた。
「さあ、聞かせてもらいましょう」
僕が話し出すのを待つユン。
コーヒーのすばらしい芳香が鼻をくすぐるから、僕は形ばかりにカップに手をつけた。
僕の頭はフル回転だ。
(マズいな。
今さらお話したいことはありません...とは言えないよなぁ)
(つづく)