(42)NO? -第2章-

~民~

 

マンションを出た私は、大股の早歩きで大通りを歩いていた。

 

(許せない許せない...!)

 

これほど腹をたてたのは初めてかもしれない。

感情の制御がうまくできない幼稚な私は、拗ねたりムッとすることはしょっちゅうだけれど、今日のはいつもの何百倍だ。

リアさんの発言をうけて、はらわたが煮えくり返っていた。

 

(好き勝手なこと言って!

私だったら...私だったらチャンミンさんを泣かせたりしない。

 

...ん?

 

泣かせたことはあったけど、あれはうれし泣きだったからセーフだ)

暑くなってきた私は、脱いだブルゾンを片腕にひっかけた。

それは数年愛用してきたものだったから、だいぶ着くたびれてきており、そろそろ買い替えどきだった。

 

「......」

 

リアさんの部屋に溢れていた洋服を思い出す。

ブランドものばかり。

それから立ち止まり、自分の足元を見下ろした。

シンプルな黒のスニーカー、サイズはチャンミンさんと同じ。

リアさんとMさんのパンプスが思い浮かんだ。

 

「...ふんだ」

 

私が女だと知った時の、リアさんの『信じられない!』な表情を思い出すと、ムカムカ感が復活してくる。

絶対に絶対に、Mさんっていう女の人も私を男だと思っている...現にチャンミンさんに激似な私を兄弟だと思い込んでいる風だった。

 

「ふん、だ」

 

「私は女です!」とリアさんに怒鳴った自分にびっくりだ。

これまでの私は女らしくあることをずっと諦めていて、性別を間違えられても否定はせず笑ってその場から逃げていたのだ。

それなのに、女扱いされなかったことにムカついている...大きな変化が私に表れている。

それなのに、チャンミンさんの隣にいるうちに、彼を喜ばせたくて、セクシーランジェリーを買ってみたりと、私なりに変化が訪れていた。

 

恋って凄い!

 

車を置いてきたので、ユンさんのビルに戻るには地下鉄を使う必要があった。

 

(チャンミンさん、メールを読んでくれましたよね。

ユンさんに暴露してないですよね。

もともと私は世間知らずな人間だから、自身の恋愛事情を上司にオープンにすることに何も抵抗がなかったのです。

悪い男であるユンさんは、上司の立場をはるかに超えて接近し過ぎています。

チャンミンさんを悲しませたくないから、ユンさんのお触りにはビシッと断りますからね!

今週末のモデルのバイトも、チャンミンさんも一緒だから安心です)

 

電車に揺られながら、真っ暗に塗りつぶされた車窓に映る私の顔。

 

(疲れた顔をしている)

 

チャンミンさんがお弁当を届けてくれた日からずっと、私は興奮のしっぱなしで、感情も目まぐるしい。

とろんとしたまぶたをぱっちり見開くと、くっきり二重になった。

「悪くないじゃない...」とつぶやいた。

そこまで卑下しなくても、私はまあまあな線じゃないの。

チャンミンさんにそっくりなんだもの、もっと自信を持つべきだ。

目的駅に到着し電車を降りた私は、地上への地下鉄の階段を駆け上がった。

今夜、チャンミンさんと会う約束になっている。

(Mさんに嫉妬して、ムッとした私のご機嫌とりのための約束だったとしても)

 

「そのままの民ちゃんがいい」とチャンミンさんは言ってくれているのだ、それを穿った意味で捉えがちな女は可愛くない。

リアさんに「チャンミンさんを大事にしない人は嫌いです」なんて怒鳴っておいて、自分を卑下してばかりいる私こそ自分を大事にしていないではないですか。

私のことを好きだと言ってくれているチャンミンさんの為に、せめて自分のルックスだけ好きにならないと!

 

(...と言葉ではきれいごとを言えるんだけどなぁ...)

 

ユンさんのビルまでの100mを、ゆっくりゆっくり歩く。

 

(リアさんがオフィスに帰ってきていたら嫌だなぁ...)

 

ふと、自信を取り戻すためのグッドアイデアを思いついた。

 

...決意、に近いだろうか。

 

一気に気持ちが晴れて、ユンさんのビルの隣のカフェでホットミルクティを買った。

 


 

~チャンミン~

 

(疲れた...)

 

車のエンジンをかける前、僕はハンドルに身を伏せて高揚した気持ちを落ち着かせた。

ユンの思うペースにのせられてしまったが、僕らの交際宣言について、敢えて話題に出す必要なくなって助かった。

よって僕は、今回のユンとの会談結果に概ね満足していた。

あれが牽制になるかどうかは自信はないが...。

これから帰社しても退勤まで1時間そこそこ。

要領よくサボれない僕は真っ直ぐ帰社することにした。

地下駐車場から地上へとスロープを上がり、歩道前で一時停止させた時、僕の車の前を通り過ぎた人物に、思わず大きな声を上げてしまった。

 

「民ちゃん!」

 

窓を閉め切った車内から呼んでも聞こえるはずがなく、民ちゃんは僕に気づかずスタスタと通り過ぎてしまった。

民ちゃんを追いかけたいが、僕も彼女も仕事中、車も邪魔だ。

 

(残念...)

 

大通りに出ようと歩道に前進した時、僕に手を振る人物が視界に入った。

 

「民ちゃん!」

「チャンミンさん」

 

民ちゃんはホットドリンクのカップを手にしていた。

 

「会社に戻るんですか?」

「うん。

民ちゃんは?」

「私もです」

 

気がすすまないのを現わしたかったのか、民ちゃんは眉を八の字にして正面のビルを見上げた(嬉しかったりして)

 

「ちょうどよかった、チャンミンさんにメールをしようと思っていました」

 

メール、の言葉に、民ちゃんからお願いされていた件について報告しなければならないことを思い出した。

ただ、今は立ち話をする状況ではないため、仕事終わりのデートの際にしようと思った。

 

「びっくりするかもしれませんが、チャンミンさんが大喜びする内容ですよ.。

「大喜び?」

「はい。

チャンミンさんが待ち望んでいたことです。

あら...チャンミンさんの車、歩道を塞いでますよ」

「ホントだ。

じゃあ...また後でね」

 

僕らは手を振って、それぞれの仕事場へと戻ったのだった。

携帯電話がメールの着信...この着信音は民ちゃんからだ...を知らせた。

これがさっき民ちゃんが意味ありげに言っていたメールのことだな。

信号待ちのタイミングで、メッセージを開いてみると...。

 

みみみみみみみ民ちゃん!!!!!

 

『今夜、私を抱いてください』

 

ぶったまげた。

 

(つづく)