~チャンミン~
民ちゃんは、テーブルを挟んで斜め前の僕を上目遣いで見つめている。
民ちゃんはやっぱり、可愛い。
告白をし合い、キスを交わした日以来、顔を合わすのは初めてだった。
(僕は2日連続で残業で、民ちゃんは兄の家の夕飯にお呼ばれしていたのだ)
僕は途端に照れくさくなり、コーヒーカップに口をつけた。
(民ちゃんが淹れたコーヒー...美味しい。
僕と暮らしていた頃は、コーヒーの分量を間違えてばかりで下手くそだったのに)
民ちゃんの成長が嬉しい半分、寂しさも半分と複雑な心境だ。
「チャンミンさん!」
民ちゃんは小声で僕に話かけた。
「何?」
僕も小声で答える。
「急に来るなんて...聞いてませんよ!」
「ごめん。
驚かせようと思って」
民ちゃんは僕の足を蹴飛ばした。
「私はサプライズに弱いんです!
びっくりしてびっくりして、びっくりしました」
「少しでもいいから会いたくてね。
ちょうどここに用事があったんだ」
僕は優しく、民ちゃんの足をつつく。
頬を真っ赤に染めた民ちゃんが、もっともっと可愛らしいと思った。
この子をどうして2か月近く、放っておいたのだろう。
ぐずぐずと先延ばしにしてきた、意気地のない自分が馬鹿みたいだ。
これからの僕は、民ちゃんの手を離さないようにしないと。
「さよなら」と言って僕の元を離れていった日、民ちゃんの僕への気持ちに気付いた。
そして、僕のことが好きだと告白してくれるまで、民ちゃんの気持ちに確信がもてなかった。
それくらい民ちゃんは、巧妙に気持ちを隠していられる子だ。
本人には隠すつもりはないのだろう。
ほにゃららとした言動に誤魔化されて、民ちゃんが何をどう思っているのかまで、僕は見抜けずにいた。
民ちゃんには好きな人がいたはずだ。
その人への恋心はどうなってしまったんだろう。
民ちゃんはそのことに一切触れなかった。
つまり、こういうことなのだ。
民ちゃんは肝心なことを教えてくれない。
だからこそ、だ。
民ちゃんの手をしっかり握りしめていないと、僕の気付かないうちにふわふわっとどこかへ行ってしまいそうだった。
その上、ユンというオオカミの元で、民ちゃんは働いている。
民ちゃんを見つめる、ギラギラと欲の浮かんだ厭らしい目。
民ちゃんは絶対に気付いていない!
ユンと民ちゃんの身長は同じくらい。
ユンは厚みのある逞しい身体付きで、民ちゃんは華奢だ。
この二人が並んだところを想像してみて、お似合いかもしれない...と思いかけて、それを打ち消した。
「民ちゃんに会いたかったんだ」
僕は重ねて言った。
民ちゃんの眉根にしわがよった。
(あれ?何かマズいことを口にしてしまったのかな?)
僕は未だに、民ちゃんの怒らせポイントをつかめずにいる。
「チャンミンさん...。
いつから...」
「あでっ!」
民ちゃんがさっきより強めに、僕の足をポンと蹴ったのだ。
「いつからプレイボーイになったんですか!?」
「思ってることを口にしただけだよ」
「チャンミンさんがそんなキャラだったなんて...知りませんでした!」
「僕は前からこうだったでしょう?」
「いーえ!
前のチャンミンさんはもっとこう...奥ゆかしい人でした。
...それなのに、それなのに...。
急に『たらし』になっちゃって...」
「『たらし』って...酷いなぁ」
『会いたかった』のひと言に、民ちゃんは照れくさくて仕方がないのだろう。
これくらいで照れてしまう民ちゃんだ、彼女自身もこの手の言葉をなかなか口に出せない性格なんだろうなぁと思った。
大胆な発言で僕を慌てさせるくせに、さ。
「民ちゃんにしか言わないよ、『会いたかった』だなんて。
だから、素直に受け取って、ね?」
民ちゃんは相変わらず眉根を寄せたまま、僕の言葉について考えこんでいるようだった。
「チャンミンさんの気持ちは、十分伝わりました。
あの...」
民ちゃんはうつむいてしまう。
『エッチはいつしますか?あと10日ですよ?』とか言い出しそうだった。
(民ちゃんのことだ、2週間という期限を忠実に守りそうだ)
「あの...私も...嬉しかったです。
チャンミンさんに会えて」
「...民ちゃん」
予想外の言葉に、僕はじんと感動してしまうのだ。
(エロい方向につい考えてしまった僕ときたら...)
「それにしても!
今夜会えるじゃないですか!
いきなり登場しないでくださいよ!」
民ちゃんは僕の足を蹴った。
「仕事だから仕方ないだろう?」
僕も民ちゃんの足を蹴り返した。
「いったぁっ!!」
叫んだ民ちゃん。
「ごめん!
ごめんね」
僕はテーブル下にしゃがみこんで、民ちゃんの足の具合を確かめた。
「痛かった?」
すると、身をかがめて民ちゃんがテーブル下を覗き込んだ。
「嘘です」
「もぉ。
びっくりするじゃないか」
目を半月型に細めた笑顔に、僕はすぐさま許してしまうのだ。
「お返しです」
僕らは顔を見合わせてクスクス笑っていると、コツコツとノック音が。
スケッチブックを持ったユンだった。
「お待たせしました」
もしかしたら、僕らのじゃれ合いをパーテーションの向こうで聞いていたのかもしれない、とひやっとした。
(つづく)
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