(6)NO?-2章-

 

~ユン~

 

ふぅん、そういうことか。

 

俺が現れるなり、背筋を伸ばしたチャンミン君と民。

 

喜怒哀楽が分かりやすい子だと見込んでいた民の方が、平静を装うのが上手いのが意外だった。

 

反面、チャンミン君といえば首筋の血色がよくなっていた。

 

俺に食いつかんばかりのチャンミン君の眼の色には、前々から気付いていた。

 

チャンミン君は民に気がある...恋愛感情を抱いている。

 

俺に横恋慕している民。

 

俺に唇を塞がれた時の、見開いた眼、キスに慣れていない風の固く引き結ばれた唇。

 

「彼氏がいる」と、涙ぐんだ眼で俺を睨みつけていた。

 

この二人は兄弟だと長らく勘違いしていたが、赤の他人同士だと知って余計に面白くなってきたと、俺は満足した。

 

見れば見るほど同じ顔をしている。

 

この二人を絡ませてポーズをとらせた時、禁断の双子愛の姿を作品中に昇華できそうだ。

 

内心でこのような企みでぞくぞく舌なめずりしていることを、彼らに悟られるわけにはいかない。

 

これはアーティストゆえの純粋な制作意欲だが、凡人には理解できまい。

 

「お二人さんには以前からお声掛けをしていた件です」

 

携えてきたスケッチブックを広げ、ラフ案を見せた。

 

「以前から...?」

 

チャンミン君は表情を曇らせ、民の方を窺った。

 

「あわわ」

 

民は口を押えて、チャンミン君から顔を背けた。

 

初耳らしい。

 

「民くんには依頼をしていてね。

何度かスケッチを取らせてもらっていたんですよ」

 

スケッチブックをめくって、件のページを見せた。

 

タンクトップ姿のもの、胸にキモノを抱きしめ背中をむき出しにしたもの...。

 

見れば見るほど美しい。

 

ところがチャンミン君は、描かれた民の姿に感動するどころか、はた目にも分かるほど顔色が青ざめていった。

 

「民ちゃん?」

 

チャンミン君は未だ顔を背けたままの民を、キッと睨みつけた。

 

太ももにおいたこぶしが震えている。

 

分かりやすい男だ。

 

「ご覧の通りにヌードではありませんよ。

ま、裸同然だということは認めますがね、ははっ」

 

「......」

 

「チャンミン君...これは、あなたのとこのカタログ用の作品なんですよ?」

 

「...っ...」

 

チャンミン君は担当として、俺に仕事を依頼している立場を思い出したようだ。

 

『3本の腕』のイメージを説明したことがありますが、もっと大型の作品にしたいと考えたわけです」

 

「写真撮影の際、搬出搬入ができませんよ?」

 

「私のアトリエで撮れば問題ないでしょう?

初回もそうしたでしょう?」

 

「...その通りですが」

 

無言が続き、この間チャンミン君は思考を巡らしているようだ。

 

民は落ち着きなく、スケッチブックや隅に置かれた筆記用具を入れたトレーなどを見ている。

 

「お受けします」

 

「ええっ!?」

 

驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった民は、口を押えた。

 

「ユンさんのご希望に沿いましょう」

 

「それは、ありがたい。

引き受けてくださり、非常に嬉しいです」

 

「ただし!」

 

「はい。

条件があるのでしょう?」

 

チャンミン君の次の台詞は予想がついた。

 

「服を脱ぐのだけはお断りします」

 

「そういうわけいかないよ」と、心中でつぶやいた。

 

「平日は仕事があるので、夜か休日に限られます」

 

「その辺は承知してます」

 

チャンミン君は、うつむいたままの民を窺うと、

 

「これも仕事です」

 

と答えた。

 

つくづくチャンミン君は分かりやすい、ほくそ笑んだ。

 

 


 

~チャンミン~

 

民ちゃんは円形の柱にもたれて僕を待っていた。

 

頭上の時計は待ち合わせ時間3分前を指していた。

 

駆け寄る僕に気付かず、ぼぅっと目の前を行き交う人混みを眺める横顔に見惚れた。

 

民ちゃんと待ち合わせをするのは、初めて会った時以来だった。

 

あまりにもぼぅっとしていて、民ちゃんは肩を叩かれるまで僕の接近に気付かなかったようだ。

 

「わっ!

びっくりするじゃあないですか!?

私はサプライズが苦手なんですよ?」

 

胸をなで下ろす民ちゃんの胸の薄さに、「ぺちゃぱいを気にしていたなぁ」と、くすりとしてしまう。

 

「...チャンミンさん」

 

民ちゃんのどすのきいた声音とすっと細められた目。

 

「どこを見ているんですか?

何が可笑しいんですか?」

(『ペチャパイで悪かったですね!』と、民ちゃんを悲しませてしまう)

 

「民ちゃんを見ていたんだよ。

いいなぁ、と思って...」

 

僕は民ちゃんの手をとって、歩き出した。

 

「わっ!」

 

民ちゃんを黙らせるには、こうするのが手っ取り早い。

 

民ちゃんは自身が予期しないタイミングで、愛情を込めた言葉や肉体的接触があると、途端に無口になってしまう。

 

僕を凍り付かせる言葉をポンポン投げかけるのに、いざ自分が口にする番になると、口ごもってしまうのだ。

 

(『エッチはいつしますか?』『チャンミンさんのソコ、暴れています』とか...凄いよ、民ちゃん)

 

だからきっと、「好きです」も、「会えて嬉しいです」の言葉も、勇気を振り絞ったものなんだろうなぁ。

 

声も囁くように小さかった。

 

民ちゃんからの言葉を期待するよりも、僕自身が彼女に沢山、大事に想っている気持ちを伝えてやろうと思った。

 

僕に引っ張られる格好であっても、手をふりほどくことなく、僕の後ろをついてくる民ちゃん。

 

改札口を抜けた時には、僕らは肩を並べてホームへの階段を上っていた。

 

そして、民ちゃんは僕に握られた手首を引き抜き、僕の手を握った。

 

隣の僕を見て、照れくさそうに笑った。

 

手を繋ぐだけで、こんなにドキドキするなんて。

 

帰宅ラッシュの混雑する時間帯。

 

スーツ姿のサラリーマン風とカジュアルな装いをした双子の二人が、手を繋いで電車を待っている。

 

民ちゃんは緊張しているみたい。

 

だって、僕の手の中で、民ちゃんの手の平が汗で濡れている。

 

この汗はもしかしたら、僕のものかもしれない。

 

重なり合った手の平は、僕ら二人分の汗で温かく湿っていた。

 

 

(つづく)

 

 

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