~ユン~
ふぅん、そういうことか。
俺が現れるなり、背筋を伸ばしたチャンミン君と民。
喜怒哀楽が分かりやすい子だと見込んでいた民の方が、平静を装うのが上手いのが意外だった。
反面、チャンミン君といえば首筋の血色がよくなっていた。
俺に食いつかんばかりのチャンミン君の眼の色には、前々から気付いていた。
チャンミン君は民に気がある...恋愛感情を抱いている。
俺に横恋慕している民。
俺に唇を塞がれた時の、見開いた眼、キスに慣れていない風の固く引き結ばれた唇。
「彼氏がいる」と、涙ぐんだ眼で俺を睨みつけていた。
この二人は兄弟だと長らく勘違いしていたが、赤の他人同士だと知って余計に面白くなってきたと、俺は満足した。
見れば見るほど同じ顔をしている。
この二人を絡ませてポーズをとらせた時、禁断の双子愛の姿を作品中に昇華できそうだ。
内心でこのような企みでぞくぞく舌なめずりしていることを、彼らに悟られるわけにはいかない。
これはアーティストゆえの純粋な制作意欲だが、凡人には理解できまい。
「お二人さんには以前からお声掛けをしていた件です」
携えてきたスケッチブックを広げ、ラフ案を見せた。
「以前から...?」
チャンミン君は表情を曇らせ、民の方を窺った。
「あわわ」
民は口を押えて、チャンミン君から顔を背けた。
初耳らしい。
「民くんには依頼をしていてね。
何度かスケッチを取らせてもらっていたんですよ」
スケッチブックをめくって、件のページを見せた。
タンクトップ姿のもの、胸にキモノを抱きしめ背中をむき出しにしたもの...。
見れば見るほど美しい。
ところがチャンミン君は、描かれた民の姿に感動するどころか、はた目にも分かるほど顔色が青ざめていった。
「民ちゃん?」
チャンミン君は未だ顔を背けたままの民を、キッと睨みつけた。
太ももにおいたこぶしが震えている。
分かりやすい男だ。
「ご覧の通りにヌードではありませんよ。
ま、裸同然だということは認めますがね、ははっ」
「......」
「チャンミン君...これは、あなたのとこのカタログ用の作品なんですよ?」
「...っ...」
チャンミン君は担当として、俺に仕事を依頼している立場を思い出したようだ。
『3本の腕』のイメージを説明したことがありますが、もっと大型の作品にしたいと考えたわけです」
「写真撮影の際、搬出搬入ができませんよ?」
「私のアトリエで撮れば問題ないでしょう?
初回もそうしたでしょう?」
「...その通りですが」
無言が続き、この間チャンミン君は思考を巡らしているようだ。
民は落ち着きなく、スケッチブックや隅に置かれた筆記用具を入れたトレーなどを見ている。
「お受けします」
「ええっ!?」
驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった民は、口を押えた。
「ユンさんのご希望に沿いましょう」
「それは、ありがたい。
引き受けてくださり、非常に嬉しいです」
「ただし!」
「はい。
条件があるのでしょう?」
チャンミン君の次の台詞は予想がついた。
「服を脱ぐのだけはお断りします」
「そういうわけいかないよ」と、心中でつぶやいた。
「平日は仕事があるので、夜か休日に限られます」
「その辺は承知してます」
チャンミン君は、うつむいたままの民を窺うと、
「これも仕事です」
と答えた。
つくづくチャンミン君は分かりやすい、ほくそ笑んだ。
~チャンミン~
民ちゃんは円形の柱にもたれて僕を待っていた。
頭上の時計は待ち合わせ時間3分前を指していた。
駆け寄る僕に気付かず、ぼぅっと目の前を行き交う人混みを眺める横顔に見惚れた。
民ちゃんと待ち合わせをするのは、初めて会った時以来だった。
あまりにもぼぅっとしていて、民ちゃんは肩を叩かれるまで僕の接近に気付かなかったようだ。
「わっ!
びっくりするじゃあないですか!?
私はサプライズが苦手なんですよ?」
胸をなで下ろす民ちゃんの胸の薄さに、「ぺちゃぱいを気にしていたなぁ」と、くすりとしてしまう。
「...チャンミンさん」
民ちゃんのどすのきいた声音とすっと細められた目。
「どこを見ているんですか?
何が可笑しいんですか?」
(『ペチャパイで悪かったですね!』と、民ちゃんを悲しませてしまう)
「民ちゃんを見ていたんだよ。
いいなぁ、と思って...」
僕は民ちゃんの手をとって、歩き出した。
「わっ!」
民ちゃんを黙らせるには、こうするのが手っ取り早い。
民ちゃんは自身が予期しないタイミングで、愛情を込めた言葉や肉体的接触があると、途端に無口になってしまう。
僕を凍り付かせる言葉をポンポン投げかけるのに、いざ自分が口にする番になると、口ごもってしまうのだ。
(『エッチはいつしますか?』『チャンミンさんのソコ、暴れています』とか...凄いよ、民ちゃん)
だからきっと、「好きです」も、「会えて嬉しいです」の言葉も、勇気を振り絞ったものなんだろうなぁ。
声も囁くように小さかった。
民ちゃんからの言葉を期待するよりも、僕自身が彼女に沢山、大事に想っている気持ちを伝えてやろうと思った。
僕に引っ張られる格好であっても、手をふりほどくことなく、僕の後ろをついてくる民ちゃん。
改札口を抜けた時には、僕らは肩を並べてホームへの階段を上っていた。
そして、民ちゃんは僕に握られた手首を引き抜き、僕の手を握った。
隣の僕を見て、照れくさそうに笑った。
手を繋ぐだけで、こんなにドキドキするなんて。
帰宅ラッシュの混雑する時間帯。
スーツ姿のサラリーマン風とカジュアルな装いをした双子の二人が、手を繋いで電車を待っている。
民ちゃんは緊張しているみたい。
だって、僕の手の中で、民ちゃんの手の平が汗で濡れている。
この汗はもしかしたら、僕のものかもしれない。
重なり合った手の平は、僕ら二人分の汗で温かく湿っていた。
(つづく)
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