(7)NO?-2章-

 

 

~チャンミン~

 

店選びを失敗したかもしれない。

 

僕らの前に供された料理を見るなり民ちゃんは、少しだけがっかりした表情を見せたから。

 

僕以外の者だったら、民ちゃんの口角がちょっぴり震えたところなんて気づかなかっただろう。

 

小さな変化に気づけてしまう僕は、それだけ民ちゃんに神経を払っているということ。

 

民ちゃんは分かりやすく単純なところがあるけれど、子供じゃないし、気遣いのできる子だから、あからさまに表情に出したりはしない。

 

「想像と違った?」

 

好き嫌いなく何でも美味しく食べる子だったから、珍しいなぁと思った。

 

「全~然。

美味しそうです」

 

民ちゃんはにっこり笑って、フォークを手にした。

 

1片1片、ジェンガのように積み重ねられた野菜(名前の分からない洒落たもの)の土台は、ゼリーで固めた肉(ハム?ひき肉?)のようなもの。その上に、オレンジ色のソースがト音記号のようにかけられている。

 

手の込んだ料理だ。

 

一口サイズの3分の1サイズにナイフで切り分けられたゼリーは、崩れないようフォークの先に乗り、あ~んと大きく開けた民ちゃんの口の中に消えていく。

 

もしかして...。

 

「あれ?

チャンミンさん?

食べないんですか?」

 

お食事中の民ちゃんに見惚れる...じゃなくて観察する目になっていたようだ。

 

「う、うん。

食べるよ」

 

「奥行きのある味ですね。

美味しいですね」

 

「ねえ、民ちゃん?」

 

「はい?」

 

民ちゃんのお皿は空っぽだ。

 

「量が少ないんでしょ?」

 

ズバリ指摘されて、民ちゃんは気まずそうに、申し訳なさそうに、「はい...すみません」とつぶやいた。

 

民ちゃんと外食をするのは、出会った翌日にビアガーデンに行ったきりだった。

 

晴れて付き合えるようになって初めての外食、僕は気合を入れすぎていたようだ。

 

あの日の民ちゃんは何皿も綺麗に平らげていたんだった、僕以上に大食いだったことを失念していた。

 

うつむいてもじもじしている民ちゃんが可哀想になって、

 

「帰りに夜食を買って帰ろう」

 

そう言ってから、僕らはもう一緒に暮らしていないことを思い出した。

 

色っぽい方向に勘違いさせてしまったかなぁ、と心の中で「あちゃ~」と額を叩いた。

 

どちらかの部屋に寄って、そこで買い込んできた夜食を広げる。

 

僕の部屋だったら、民ちゃん好みの甘いカフェラテを淹れてあげて、バラエティ番組に笑って...。

 

...そんな願望はもちろんある。

 

一緒に暮らしていた時は当たり前だったことが、住まいが別々になり、それプラス、恋人同士にステップアップした現在、部屋に招き入れることに無性に照れてしまうのも確かだ。

 

僕くらいの年齢になれば、そういう関係に至るまでにそう時間はかからない。

 

でも民ちゃんは男性との交際は僕が初めて、それプラス、関係を深めてゆく進度を極度に気にしている。

 

カチコチに緊張させてしまっても可哀想だ。

 

そりゃあ、いつかは...出来れば近いうちに、互いの部屋を行き来して、お泊りなんかもして...いいなぁ。

 

民ちゃんと後輩Sから指摘されて知ったこと、妄想中の僕の顔は緩みきっているんだって。

 

民ちゃんに突っ込まれる前に、口元をきりっと引き締めた。

 

「そういう意味じゃなくて、食べ歩きできるようなもの。

家までは徒歩だし、どうかなぁ?って思って」

 

「...えっと、え~っと。

ごめんなさい。

夜食はいらないです。

チャンミンさんがせっかくご馳走して下さったんです。

お腹の中を他の食べ物で混ぜたくないです。

美味しかったです...とっても美味しかったです」

 

「...そっか。

美味しいと言ってもらえて、よかった」

 

窓ガラスが曇っていたはずだ、外の空気はキリっと冷たい。

 

落ち葉がかさかさと、回転しながら歩道を横切っていく。

 

民ちゃんの手を握った。

 

照れた民ちゃんはしばらくの間、うつむいていた後、僕の手を頼もしい力で握り返してきた。

 

「ねえ民ちゃん。

教えて欲しいことがあるんだ」

 

「何ですか?

パンツの色は何色、って?」

 

「うん。

教えてくれるんだ?

何色?」

 

「...う...」

 

民ちゃんの大胆発言への切り返しが、うまくなってきたぞ。

 

再びうつむいてしまった民ちゃんに、僕は得意げだ。

 

「...黒です」

 

「!!」

 

まさか、本当に教えてくれるなんて...僕もまだまだ初級者だったようだ。

 

「...そうなんだ」

 

パンツの話で、民ちゃんへの質問が流れてしまうところだった。

 

それは僕なりに勇気を振り絞ったもので、いつ尋ねたらいいかタイミングを計っていたのだ。

 

「民ちゃんは...僕に教えてくれていたよね。

好きな人がいるって。

その人のことは、どうなったの?」

 

僕の手の中で民ちゃんの手が震えた。

 

僕らは立ち止まった。

 

僕は民ちゃんの横顔から目を離さない。

 

長い前髪のせいで、片頬の半分が隠れている。

 

「もう好きじゃないです」

 

「ふう...」

 

安堵のため息を隠すことはできなかった。

 

『例の人』への気持ちは離れてしまっていたから、僕のことが好きだと告白してくれたんだ。

 

当然のことなのに、なんとなく...不安だった。

 

民ちゃんは分かり易いのに分かりにくい。

 

『例の彼』については身をくねらせていたくせに、僕相手にはそれらしい素振りは見せていなかった。

 

かつてした『恋人ごっこ』でなんとなく、頬にキスされた時「もしかして...」、「好きです」の言葉でようやく「やっぱり!」...それくらい、表情や態度だけでは推しはかりにくかった。

 

『例の彼』への恋心と僕への想いが並走していた時期は必ずあったはず。

 

「ホントに?

とても好きだったんだろう?」

 

「それはまあ...そうでしたけど」

 

「...彼のことはもう諦めたんだ?

かっこいい人だったんだろう?」

 

問い詰めるような言い方になっていた。

 

友人の妹から同居人、そして彼氏に昇格したことに浮かれていた僕だけど、実は心の奥底で引っかかっていたことが頭を出した。

 

きっかけは、ユンの事務所でだ。

 

ユンのモデルになっていたなんて知らなかった。

 

そのスケッチは(悔しいけれど)巧みで美しかった。

 

半分裸みたいな姿だったことに、猛烈に腹が立った。

 

民ちゃんは内緒ごとが上手い子のようだ。

 

「もう会っていないんだ?」

 

吹き抜けた初冬の風が、民ちゃんの髪をなびかせた。

 

露わになった民ちゃんの横顔は、表情を無くしていた。

 

 

(つづく)

 

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