(8)NO?-2章-

 

 

~チャンミン~

 

しつこいことは分かってる。

 

不安だったんだろうな。

 

ユンのモデルになっていたことを、僕に隠していたことが引き金になったんだと思う。

 

民ちゃんは隠し事がうまい。

 

民ちゃんから「好き」の言葉をもらっていたのに、彼女の想い人...彼女の過去の恋の行方を確認したかった。

 

(2か月近くほったらかしにしてた僕には、民ちゃんを責める資格はないって分かってる)

 

民ちゃんより年上の僕がこんな小さなことに拘るなんて、つくづく大人げない。

 

僕の質問に黙りこくってしまったことが、より不安を煽った。

 

「チャンミンさん!」

 

民ちゃんは振り向くと、僕をキッと睨みつけた。

 

「その人のことは、好きじゃないです!」

 

「...っ!」

 

僕の頬は、民ちゃんの両手で包み込まれた。

 

「しっかりしてください!」

 

民ちゃんの冷たい手で力いっぱい挟まれて、僕の顔は変な顔になっているだろう。

 

「私はっ。

チャンミンさんのことが好きだから、『好き』って言ったんです」

 

「...民ちゃん」

 

民ちゃんは僕の頬から両手を下ろすと、その手でひらひらと顔を扇いだ。

 

「これ以上は言いませんからね。

は、恥ずかしい...こと...恥ずかしいからっ!

『たらし』のチャンミンさんみたいに、ポンポン言えないんです」

 

「だ~か~ら~。

僕は『たらし』じゃないって。

よそ見はしないよ」

 

「いーえ!

チャンミンさんはよそ見をする人です。

だってほら...リ...」

 

「リアのこと?」

 

「...そうですよ」

 

そっか...。

 

民ちゃんも僕と同じことを気にかけていたんだ。

 

「そうだね。

民ちゃんと暮らしていた時、僕にはリアがいた。

でもね」

 

新月の夜、街灯の橙色の灯りでは民ちゃんの顔色は分からない。

 

照れ屋の民ちゃんを確かめたくて、今度は僕の方が手を伸ばし、彼女の両耳を包み込んだ。

 

「チャっ...!」

 

僕の冷たい指と民ちゃんの熱々の耳たぶ...やっぱり、彼女は猛烈に照れている。

 

「心変わりだよ。

誰かと付き合っていたり、誰かのことを好きでいた時、その人よりももっと好きな人が現れたんだ。

片想いだったとしても、僕がしたことは『浮気』だね。

僕は民ちゃんに心変わりした」

 

交際中の女性がいるのに、「この子、いいな」と気持ちが他所にいってしまいそうになる経験はあった。

 

こんな程度のことで『浮気』なんて大袈裟だ。

 

でも、民ちゃん相手にはそれが通用しない。

 

民ちゃんは初心で潔癖で、それから青い。

 

いつか民ちゃんが僕との交際に関して、不安感や不信感を抱いてしまうことは必ずある。

 

だから、前もって僕自身の恋愛における基本姿勢(?)を、バシッと示してあげることも、恋愛初心者の民ちゃんを安心させる材料になるのでは、と思ったのだ。

 

僕の両手の中に民ちゃんの小さな顔がおさまっている。

 

以前は「に、似てる...」と内心驚きの連続だったのに、今はもう、僕にそっくりの女の子じゃない。

 

全くの別人に僕の目に映っている。

 

「民ちゃんも似たようなものでしょ?」と同意を得ようとしたら、

 

「そうです!

私もチャンミンさんに心変わりしたんです!

悪かったですね!」

 

目一杯怖い顔を作ってるみたいだけど、口の端がぴくぴくしている。

 

「悪くないよ。

しつこく問い詰めたりしてごめん。

気になってたから」

 

「チャっ、チャンミンさん!

痛いし、人が見てるから離して下さい!」

 

「ごめん!」

 

民ちゃんの指摘で、彼女の両耳を引っ張ったままだった手を離した。

 

僕らは数分の間、無言で歩き続けた。

 

歩幅も気にせず、ぐんぐん早歩きで闊歩する。

 

背後からの街灯の灯りに、僕らの前に長い影ができる。

 

民ちゃんほど背の高い女性と肩を並べて歩いたことはなく、同じ目線に『彼女』の顔があること自体が新鮮だった。

 

「送って下さりありがとございます」

 

いつの間にか、民ちゃんのアパートの前に到着していた。

 

「うん」

 

このまま立ち去ってしまうのは、いかにも寂しい。

 

寂しいけれど、民ちゃんの部屋に入るのはまだ、早い気がしてみたり(すでに入っているけれど)

 

民ちゃんはきっと、僕は下心たっぷりでいる(その通りなんだけどさ)、と警戒しそうだから。

 

でもなぁ...このまま帰るのは物足りない。

 

「...あの」

 

「ん?」

 

「チャンミンさんにお話があります」

 

「キスしてください」かな?

 

と予想した僕は、民ちゃんの両頬を包み込み、素早く唇を塞いだ。

 

民ちゃんは直立不動、僕は目を閉じていたから、彼女の真ん丸に見開いたままであろう両目は確認できない。

 

「止めて下さい!」と張り手が飛んでこなくてよかった。

 

僕らの吐息が、互いの頬を温かく湿らした。

 

唇を押し当てるだけの初心で優しいキス。

 

食後に飲んだコーヒーの香りがするキスだ。

 

「?」

 

民ちゃんが僕の二の腕を叩いている。

 

「!」

 

アパートの住民らしい男性が、塀すれすれに僕らを避けて通り過ぎ、何度か振り向きながら階段を上がっていった。

 

彼は多分、先日と同じ人物だろう。

 

「え~っと、その」

 

民ちゃんは足元に視線を落としたり、前髪を耳にかけたりと落ち着きない。

 

「僕に話って?」

 

「やっぱり...そのう...」

 

「え~。

気になるから今、言ってよ」

 

ぐうぅぅ。

 

「...お腹空いたの?」

 

「...そのようですね」

 

僕らは顔を見合わせ、くすくす笑う。

 

「そうだ、チャンミンさん。

私からも質問があります」

 

民ちゃんは僕にピースサインをして見せ、「ふたつあります」と言った。

 

「質問?

どうぞ、何でも訊いて」

 

「まず1つ目。

チャンミンさんはどんなパンツが好きですか?」

 

「へ?」

 

「私のパンツがどんなだかはご存知でしょう?

色気のないパンツだと思っていたでしょう?」

 

民ちゃんのパンツを干すことも何度かあったから、僕は知っているのだ。

 

「色気がないなんて...。

民ちゃんに似合ってると思うよ」

 

と、答えたものの、パンツだけになった民ちゃんは見たことはない。

 

「チャンミンさんのことだから、そう答えると思いました。

遠慮しなくていいですから。

チャンミンさんの性癖を教えてください」

 

「せ、せいへき!?」

 

「すみません。

言葉の使い方を間違えました」

 

「もー、民ちゃ~ん」

 

民ちゃんはずいっと僕に顔寄せて、こう尋ねたのだ。

 

「レースと紐とどっちがいいですか?」と。

 

 

(つづく)

 

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