~チャンミン~
しつこいことは分かってる。
不安だったんだろうな。
ユンのモデルになっていたことを、僕に隠していたことが引き金になったんだと思う。
民ちゃんは隠し事がうまい。
民ちゃんから「好き」の言葉をもらっていたのに、彼女の想い人...彼女の過去の恋の行方を確認したかった。
(2か月近くほったらかしにしてた僕には、民ちゃんを責める資格はないって分かってる)
民ちゃんより年上の僕がこんな小さなことに拘るなんて、つくづく大人げない。
僕の質問に黙りこくってしまったことが、より不安を煽った。
「チャンミンさん!」
民ちゃんは振り向くと、僕をキッと睨みつけた。
「その人のことは、好きじゃないです!」
「...っ!」
僕の頬は、民ちゃんの両手で包み込まれた。
「しっかりしてください!」
民ちゃんの冷たい手で力いっぱい挟まれて、僕の顔は変な顔になっているだろう。
「私はっ。
チャンミンさんのことが好きだから、『好き』って言ったんです」
「...民ちゃん」
民ちゃんは僕の頬から両手を下ろすと、その手でひらひらと顔を扇いだ。
「これ以上は言いませんからね。
は、恥ずかしい...こと...恥ずかしいからっ!
『たらし』のチャンミンさんみたいに、ポンポン言えないんです」
「だ~か~ら~。
僕は『たらし』じゃないって。
よそ見はしないよ」
「いーえ!
チャンミンさんはよそ見をする人です。
だってほら...リ...」
「リアのこと?」
「...そうですよ」
そっか...。
民ちゃんも僕と同じことを気にかけていたんだ。
「そうだね。
民ちゃんと暮らしていた時、僕にはリアがいた。
でもね」
新月の夜、街灯の橙色の灯りでは民ちゃんの顔色は分からない。
照れ屋の民ちゃんを確かめたくて、今度は僕の方が手を伸ばし、彼女の両耳を包み込んだ。
「チャっ...!」
僕の冷たい指と民ちゃんの熱々の耳たぶ...やっぱり、彼女は猛烈に照れている。
「心変わりだよ。
誰かと付き合っていたり、誰かのことを好きでいた時、その人よりももっと好きな人が現れたんだ。
片想いだったとしても、僕がしたことは『浮気』だね。
僕は民ちゃんに心変わりした」
交際中の女性がいるのに、「この子、いいな」と気持ちが他所にいってしまいそうになる経験はあった。
こんな程度のことで『浮気』なんて大袈裟だ。
でも、民ちゃん相手にはそれが通用しない。
民ちゃんは初心で潔癖で、それから青い。
いつか民ちゃんが僕との交際に関して、不安感や不信感を抱いてしまうことは必ずある。
だから、前もって僕自身の恋愛における基本姿勢(?)を、バシッと示してあげることも、恋愛初心者の民ちゃんを安心させる材料になるのでは、と思ったのだ。
僕の両手の中に民ちゃんの小さな顔がおさまっている。
以前は「に、似てる...」と内心驚きの連続だったのに、今はもう、僕にそっくりの女の子じゃない。
全くの別人に僕の目に映っている。
「民ちゃんも似たようなものでしょ?」と同意を得ようとしたら、
「そうです!
私もチャンミンさんに心変わりしたんです!
悪かったですね!」
目一杯怖い顔を作ってるみたいだけど、口の端がぴくぴくしている。
「悪くないよ。
しつこく問い詰めたりしてごめん。
気になってたから」
「チャっ、チャンミンさん!
痛いし、人が見てるから離して下さい!」
「ごめん!」
民ちゃんの指摘で、彼女の両耳を引っ張ったままだった手を離した。
僕らは数分の間、無言で歩き続けた。
歩幅も気にせず、ぐんぐん早歩きで闊歩する。
背後からの街灯の灯りに、僕らの前に長い影ができる。
民ちゃんほど背の高い女性と肩を並べて歩いたことはなく、同じ目線に『彼女』の顔があること自体が新鮮だった。
「送って下さりありがとございます」
いつの間にか、民ちゃんのアパートの前に到着していた。
「うん」
このまま立ち去ってしまうのは、いかにも寂しい。
寂しいけれど、民ちゃんの部屋に入るのはまだ、早い気がしてみたり(すでに入っているけれど)
民ちゃんはきっと、僕は下心たっぷりでいる(その通りなんだけどさ)、と警戒しそうだから。
でもなぁ...このまま帰るのは物足りない。
「...あの」
「ん?」
「チャンミンさんにお話があります」
「キスしてください」かな?
と予想した僕は、民ちゃんの両頬を包み込み、素早く唇を塞いだ。
民ちゃんは直立不動、僕は目を閉じていたから、彼女の真ん丸に見開いたままであろう両目は確認できない。
「止めて下さい!」と張り手が飛んでこなくてよかった。
僕らの吐息が、互いの頬を温かく湿らした。
唇を押し当てるだけの初心で優しいキス。
食後に飲んだコーヒーの香りがするキスだ。
「?」
民ちゃんが僕の二の腕を叩いている。
「!」
アパートの住民らしい男性が、塀すれすれに僕らを避けて通り過ぎ、何度か振り向きながら階段を上がっていった。
彼は多分、先日と同じ人物だろう。
「え~っと、その」
民ちゃんは足元に視線を落としたり、前髪を耳にかけたりと落ち着きない。
「僕に話って?」
「やっぱり...そのう...」
「え~。
気になるから今、言ってよ」
ぐうぅぅ。
「...お腹空いたの?」
「...そのようですね」
僕らは顔を見合わせ、くすくす笑う。
「そうだ、チャンミンさん。
私からも質問があります」
民ちゃんは僕にピースサインをして見せ、「ふたつあります」と言った。
「質問?
どうぞ、何でも訊いて」
「まず1つ目。
チャンミンさんはどんなパンツが好きですか?」
「へ?」
「私のパンツがどんなだかはご存知でしょう?
色気のないパンツだと思っていたでしょう?」
民ちゃんのパンツを干すことも何度かあったから、僕は知っているのだ。
「色気がないなんて...。
民ちゃんに似合ってると思うよ」
と、答えたものの、パンツだけになった民ちゃんは見たことはない。
「チャンミンさんのことだから、そう答えると思いました。
遠慮しなくていいですから。
チャンミンさんの性癖を教えてください」
「せ、せいへき!?」
「すみません。
言葉の使い方を間違えました」
「もー、民ちゃ~ん」
民ちゃんはずいっと僕に顔寄せて、こう尋ねたのだ。
「レースと紐とどっちがいいですか?」と。
(つづく)
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