(9)NO?-2章-

 

 

~チャンミン~

 

民ちゃんらしい質問に、毎度フリーズするような僕じゃないのだ。

 

「そうだなぁ...」

 

レースパンツと紐パンツとどちらがお好みか、と尋ねる理由は明らかだ。

 

早くも10日後のことを念頭に、民ちゃんは僕を喜ばせようとしているのだ。

 

可愛いなぁ、と思った。

 

「で、どちらがいいですか?

下はすっぽんぽんがいい、ってのはナシですよ」

 

「!!!」

 

「そりゃあね、イタす時は脱がなくっちゃできませんけど、スタート時点ではパンツを穿いていたいです!

チャンミンさんはその方がお好みなのかもしれませんけど、さすがにその要望には添えません」

 

「はあぁぁ...」

 

僕の平静と余裕もこの程度。

 

「民ちゃん、落ち着いて」

 

「好き」のひとことに照れまくっていたのに、どうしてこれ系の話となると大胆になってしまうんだろう、この子は?

 

民ちゃんの頭は、アレのことでいっぱいなのだ。

 

そりゃそうだろうな...民ちゃんは『未経験』だから。

 

「え~っと...紐、かな?」

 

民ちゃんの腰骨あたりに結わえられた紐をほどき、留めを失った下着がはらりと床に落ちる...想像してしまった。

 

お約束の「チャンミンさん...顔がエロいです」と突っ込まれそうだ、とはっとして民ちゃんの表情を窺った。

 

あれ?

 

「了解です」と、民ちゃんは力強く頷いた。

 

恥ずかしくなった僕は、「で、もうひとつの質問って?」と尋ねた。

 

「いつえっちしますか?」と訊いてきそうで、その回答に思案を巡らせた。

 

ところが。

 

「...ユンさんのモデルの話...怒ってますか?」

 

「!」

 

「ユンさんのモデルの件...ごめんなさい。

チャンミンさんに言いにくくて...怒られそうで...内緒にしてました」

 

そう言って民ちゃんはぺこりと頭を下げた。

 

「うん。

怒ってるよ」

 

「ごめんなさい」

 

もう一度民ちゃんは頭を下げた。

 

忘れていたわけじゃない。

 

モデルについての説教は後日にまわそうと思ったのだ。

 

僕に内緒にしていたことに腹が立っていたことよりも、まずは民ちゃんの『例の彼』についての気がかりを解消させたかったからだ。

 

「もう謝らなくていいよ。

次からは僕も一緒だし」

 

「うふふふ。

そうでしたね」

 

「週末は空いてる?」

 

「デートのお誘いですね」

 

「うん」

 

民ちゃんはストレートだから話が早い。

 

ムードがないとも言えるけれど、民ちゃんらしいところが気に入っている。

 

「電話かメールで予定を決めようね」

 

「楽しみです」

 

揃えた指で口を覆うのは、民ちゃんが喜んでいる時の仕草だ。

 

「じゃあね」

 

僕は片手をあげて、その場を立ち去ろうとした時、民ちゃんの手が僕の手首を捕らえ、ぐいっと引き戻された。

 

「わっ!?」

 

その馬鹿力に、背後にずっこけるところだった。

 

「な、何?」

 

「バイバイのキスしてください」

 

「好き」に照れるくせに、キスのおねだりは躊躇なくできる民ちゃんが、大好きだ。

 

民ちゃんの片頬に手を添え、唇を押し当てるだけのライトなキスをする。

 

やっぱりカチコチになってしまった民ちゃんが可愛かった。

 

 


 

 

~民~

 

チャンミンさんは何度もこちらを振り返って、手を振ってくれた。

 

ジェスチャーで早く部屋に帰るよう、言っている。

 

先の角を曲がるまで、見送りたかったから。

 

私の心はホカホカに温かい。

 

ずっとずっと夢見てきたのが実現したのだ。

 

違う。

 

夢にまで見た『彼氏』が出来た喜びじゃない。

 

好きな人から好意を持ってもらえて、隣を歩いてくれる喜びだ。

 

チャンミンさんのことを「意識している」と意識するずっと前から、意識していた。

 

そのことに気付くまでに時間がかかってしまったけれど。

 

チャンミンさんを前にすると、彼を驚かせてしまう発言をいっぱいしてしまう。

 

思ったことを丸ごとぶつけても、チャンミンさんなら大丈夫、そんな安心感のせいだね。

 

うんうん、と頷きながら、ドアのカギを開けた。

 

 

言い出せなかった。

 

二つの質問の前に、チャンミンさんに伝えたいことがあった。

 

「お話したいことがあります」の言葉を、チャンミンさんは「キスしてください」と捉えてしまったみたい。

 

全く、チャンミンさんはいつもいつもキスに関しては勘違いしてばかりだ。

 

私を驚かせてばかりだ。

 

おかしなことを口にしてしまってチャンミンさんを驚かせる私よりも、彼の方がもっと驚かせ屋だ。

 

私よりずっと年上なのに、勘違いしたりヤキモチ妬いたり、落ち着いているように見えて落ち着きがなくて面白い人だ。

 

バッグをラックにひっかけ、手を洗って、床に腰を下ろした。

 

抱えた膝に顎をのせ、なんの装飾もない殺風景な白壁を睨みながら、私は思いにふける。

 

チャンミンさんに伝えたいことがあった。

 

ユンさんのことだ。

 

私が好きで憧れていた人とは、実はユンさんだってこと。

 

昼間の事務所で、ユンさんに敵意むき出しのチャンミンさんに、私はヒヤヒヤしていたのだ。

 

チャンミンさんとユンさんとの間で、どんなトラブルがあったのかは知らない。

 

うっかり口を滑らしてしまって、チャンミンさんの不信を買うようなことはしたくない。

 

あとから知られてしまう前に、早いうちに伝えたい理由はそこだ。

 

もちろん、隠し事はいけない。

 

今教えたとしても、チャンミンさんはとても嫌な思いをするだろう。

 

加えて、ユンさんが私の背中を押してくれたおかげで、田舎を出る決心がついたことにも、チャンミンさんは面白くないだろう。

 

チャンミンさんはユンさんが嫌いなのだ。

 

「...どうしよう」

 

初めての時のパンツの話よりも、ユンさんのことの方が重要なのに...。

 

 

 

 

「うふふふ」

 

今日は2回もキスをしてしまった。

 

胸の奥がくすぐったくなる。

 

「あ!」

 

思い出した。

 

ユンさんにもキスをされたんだった。

 

舌を入れた大人なキスだ。

 

...浮気だ、私は浮気をしている。

 

チャンミンさんには内緒にしておいた方がいいよね。

 

私はチャンミンさんを怒らせることばかりしている。

 

 

(つづく)

 

 

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