【28】NO?

 

~帰りたくない~

 

~民~

 

 

天井に鏡がはめ込まれていた。

 

黒い服を着た男の人に組み敷かれているのは、脚を揃えて寝そべった私。

 

チャンミンさんが、私の首にキスをしている。

 

鏡の中の私と目が合った。

 

びっくりした顔をしている。

 

それから...なんて私は大きい身体をしているんだろう。

 

「押し倒されても文句は言えないよ」と言った時のチャンミンさんの顔が、

「美味しいものを食べさせないとね」と言ったユンさんの顔と重なって、ドキッとした。

 

チャンミンさんは、私と同じ顔をしているのに、私みたいにあやふやな顔じゃないの。

 

「男みたいな、女みたいな」どっちつかずの顔とは、違っていた。

 

しっかりした男の人の顔をしていた。

 

とてもカッコよくて、驚いた。

 

チャンミンさんを無理やりホテルに連れ込んで、「押し倒されても...」の言葉を聞くまで、チャンミンさんは男の人なんだって意識していなかった。

 

チャンミンさんなら「大丈夫」だって、兄妹みたいに居られるって。

 

私みたいなオトコオンナを、どうこうしたい人なんて存在しないって、思い込んでいたから。

 

私ってば、お子様だ。

 

ネオンピンクの照明の逆光の下でも、面持ちが真剣で、熱に浮かされたみたいな眼差しで、ちょっとだけ、怖いと思った。

 

覆いかぶされて、耳の下にチャンミンさんの熱い唇が押し当てられていた。

 

唇の位置をちょっとずらしてキスをして、また唇の位置をずらしてキスをするの。

 

首筋がぞわぞわってして、こんな感覚は初めてだったし、心臓が壊れそうにドキドキした。

 

私のバージンを奪うのは、チャンミンさんなんだ!

 

私には好きな人がいるけれど、チャンミンさんが相手ならいっか、って悠長なことを考えていた。

 

恋人と別れて、今のチャンミンさんは荒れているんだ。

 

男の人って、こうやって寂しさを癒やすのね(何かの小説で読んだことがあったの)

 

チャンミンさんに押し倒されても、全然嫌じゃないことにびっくりした。

 

どうしてだろうね。

 

「?」

 

ぴたっとチャンミンさんの動きが止まった。

 

私のおでこにチュッとキスをしたのち、チャンミンさんは私の隣にごろんと横になった。

 

「へ?」

 

「...ってな風に、

襲われちゃうから気を付けて」

 

チャンミンさんは、困ったような笑顔で、私の頭をくしゃくしゃっとした。

 

「びっくりした?」

 

「チャンミンさん...冗談がきついです。

びっくりしましたぁ...」

 

さっきまでチャンミンさんの唇が当たっていたところを、指でさすった。

 

「ホントに気を付けてね。

自覚していないようだけれど、民ちゃんは女の子なんだよ」

 

「チャンミンさん」

 

「ん?」

 

「私でも、男の人を「その気」にさせることができるんですね」

 

「当たり前でしょうが?」

 

私の隣のチャンミンさんが呆れ顔だった。

 

私の胸はまだ、ドキドキしていた。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

押し倒すフリをした。

 

『フリ』なんかじゃなくて、半分は本気だった。

 

民ちゃんが可愛過ぎた。

 

唇にキスしそうなのを抑えて、民ちゃんの耳の下にキスをした。

 

危なかった。

 

僕の荒れた心を気遣った、民ちゃんの温かい心を踏みにじるところだった。

 

今夜の民ちゃんに、僕は救われたというのに。

 

本当に、危なかった。

 

必死で膨れ上がった欲を抑え込んだ。

 

それにしても...心配事が増えた。

 

民ちゃんったら、僕に押し倒されても抵抗しないんだ。

 

息をのんでじっとして、されるがままだったんだ。

 

駄目だよ、民ちゃん。

 

その場の空気に流されて、なんでも受け止めてしまう子だから。

 

そんな民ちゃんが心配だった。

 

「ねえ、民ちゃん」

 

「はい?」

 

僕らはくの字になって、向かい合わせに寝転がっていた。

 

「今日は、ありがとう」

 

「お礼はさっき言ってもらいましたよ」

 

「助かった。

民ちゃんのおかげで」

 

「うふふ」

 

半乾きの民ちゃんの髪がボサボサになっていたから、僕は手ぐしで梳かしつけてやった。

 

形のよい、小さな頭だった。

 

気持ちがよいのか、民ちゃんは目を細めていた。

 

しばらくもしないうちに、民ちゃんのまぶたがにっこり笑った形を保ったまま閉じてしまった。

 

なぜか僕の目に、じわっと新たな涙が湧いてきた。

 

今の今まで忘れていたけれど、民ちゃんには好きな人がいるんだった。

 

男の子みたいな顔と、183㎝の身長を持つ民ちゃんが不憫だった。

 

僕の目には、女の子にしか見えないけれど、周囲はそうは見ていないだろうから。

 

フリだとはいえ、押し倒すような真似をして、ごめん。

 

民ちゃんの恋は、うまく実を結ぶのだろうか。

 

民ちゃんは振り向いてもらえるのだろうか。

 

ごめん、僕は民ちゃんの恋を応援できなくなった。

 

だからといって、民ちゃんの幸せを邪魔するようなことはしないから、安心して。

 

相談にはいくらでものってやる。

 

でも、そいつが民ちゃんに値しないようなポンコツ男だったり、民ちゃんを傷つけるような奴だったら、僕が許さない。

 

リアとの別れは哀しい。

 

哀しいけれど、僕の本心に従えたことに満足している。

 

今の僕は、民ちゃんとフェアな立場で向き合える。

 

...ところで。

 

僕の「別れたい」に、リアは同意していなかった。

 

そこが気がかりだ。

 

これで終わったわけじゃないってことか。

 

 

(つづく)

 

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