~君と朝帰り~
~チャンミン~
その後、僕らは朝までぐっすり眠った。
シャワーを浴びてベッドに戻ったら、民ちゃんがAVを大音量で鑑賞していて、大慌てでリモコンを取り上げた。
「民ちゃん!」
「後学のために、ですよ」
しれっと言うから、僕は民ちゃんに説教をした。
「こういうものを見せられたら、男はムラムラするんだよ?
押し倒されたって文句は言えないよ?」
チャンネルボタンを押しても押しても、喘ぎ声が流れる場面ばかりで、僕は焦った。
やっとのことで、ゲーム画面に切り替わって、僕は安堵した。
「すごいですねぇ、どうしてあんな展開になっちゃうんですか?
初対面の人といきなり、コンビニで...!
お〇んち〇挿れたままレジなんて打てませんって。
気付かないお客さんも、すごいですよねぇ」
ショックを隠し切れない民ちゃん。
「チャンミンさん...勃ってます」
「え、えっ!?」
焦ってバスタオルを巻いた股間を押さえた。
「嘘です」
「こら!」
たらこスパゲッティとサンドイッチを分け合って食べた。
カラオケで2曲ずつ歌った(民ちゃんは音痴だった)
レーシングカーゲームで3敗した(民ちゃんのコントローラーさばきはプロ級だった)
チェックアウトの時間まで、僕らはラブホテルを楽しみつくした。
ホテルの自動ドアが開くと、ムッとした暑さにつつまれた。
アーチの外に出た途端、道を歩いていた3人連れの大学生風と目が合った。
彼らはギョッとしたのち、目をそらして足早に歩き去ってしまう。
何度も振り返りながら、こそこそし合っている。
何を話しているのかは、想像がつく。
「私たち、朝帰りですね。
私の朝帰りの相手第1号は、チャンミンさんです」
腕を組んだ民ちゃんが、小首をかしげて言った。
「チャンミンさんが元気になってよかったです」
ゴミが散らばる昼間の繁華街は裏寂しい。
僕の心はもう、寂しくない。
「楽しかったですね。
また行きましょうね」
民ちゃんったら...全然わかっていないんだから。
~リア~
(チャンミン...帰ってこなかった)
出張の日を別にして、チャンミンが夜出かけたまま帰ってこない日など今までなかった。
私が不在だった日はどうだったかは想像するしかないが、私が「居る」夜に、帰ってこないなんてことは一度もなかった。
チャンミンから突然の別れの言葉は青天霹靂。
心臓を撃ち抜かれたみたいな衝撃を受けた。
「あの」チャンミンが、絶対に口にしそうにない言葉を発した。
私のことを「好きじゃない」って。
別れたいって。
別れを切り出すのは私の方からに決まってるのに。
チャンミンから切り出されたことが、何よりショックだった。
枕に顔を埋めてひとしきり泣いた後、耳をすましていたら、パタンと玄関ドアが閉まる音がした。
寝室を覗きもしなかった。
ヒヤリとした。
チャンミンは「本当に」別れたいのかもしれない。
立っている場所だけ残して、ガラガラっと地面が崩れ落ちていくようだった。
私の安全弁を、避難場所を失ってしまった。
いいえ、未だ失っていない。
チャンミンは寂しさのあまり、私の気をひこうとあんなことを口にしたのよ。
数日もすれば、
「別れたいと言った僕が悪かった。
あの時の僕はどうにかしていたんだ。
許してほしい。
やり直そう」
と言い出すに決まっている。
だって、チャンミンは私に心底惚れていたんだから。
「気の強い彼女に言いなりで、そんな彼女に尽くす優しい彼氏」の構図にまんざらでもなかったんでしょう?
チャンミンと出会った頃を思い出していた。
私が所属する事務所の打ち合わせルームで、初めて顔を合わせた。
モデルみたいに背が高くて、普通のサラリーマンにしておくには勿体ない顔をしていた。
本人には自覚がないみたいなところが、よかった。
チャンミンが私のことに気があることは、すぐに分かった。
書類を覗き込むふりをして顔を近づけたら、耳を真っ赤にするんだもの、可愛いったら。
喉ぼとけがゴクンと動いて、顔を上げたら見開いた丸い目と私の目が合った。
その気がある素振りを見せると、チャンミンは予想通りの行動をしてくれた。
ちょうど、不倫に近い恋愛を終えたばかりで、荒んだ心を持て余していた私は、チャンミンの熾火のような愛し方に飛びついた。
温和で、ちょっと神経質。
チャンミンの美徳でもある圧倒的な優しさが、同時に彼の欠点でもあった。
自由にふるまう私を見逃し続けたあなたも、悪いのよ。
ねえ、チャンミン。
あなたはいつから、私と別れたいと思うようになったの?
私は、あなたにウンザリしながらも、別れたいと思ったことはないのよ。
他の誰かに夢中になっていたとしても、チャンミンのことも好きでいたのよ。
好きのベクトルと熱量が違うだけ。
リビングに戻り、ソファの上に放りだしたままの携帯電話を拾った。
珍しい、着信があった。
私は、目下夢中の「あの人」へ電話をかける。
『今夜は?』
「ええ」
『待ってるよ』
彼は性急な人だから、シャワーを浴びる間もないだろう。
チャンミンがいなくて、すうすうした心を埋めるため、私はあの人に会いにいく。
あの人から贈られた海外製のボディークリームを、湯上りの肌に塗り広げた。
(つづく)
[maxbutton id=”27″ ]