【29】NO?

 

~君と朝帰り~

 

~チャンミン~

 

 

その後、僕らは朝までぐっすり眠った。

 

シャワーを浴びてベッドに戻ったら、民ちゃんがAVを大音量で鑑賞していて、大慌てでリモコンを取り上げた。

 

「民ちゃん!」

 

「後学のために、ですよ」

 

しれっと言うから、僕は民ちゃんに説教をした。

 

「こういうものを見せられたら、男はムラムラするんだよ?

押し倒されたって文句は言えないよ?」

 

チャンネルボタンを押しても押しても、喘ぎ声が流れる場面ばかりで、僕は焦った。

 

やっとのことで、ゲーム画面に切り替わって、僕は安堵した。

 

「すごいですねぇ、どうしてあんな展開になっちゃうんですか?

初対面の人といきなり、コンビニで...!

お〇んち〇挿れたままレジなんて打てませんって。

気付かないお客さんも、すごいですよねぇ」

 

ショックを隠し切れない民ちゃん。

 

「チャンミンさん...勃ってます」

 

「え、えっ!?」

 

焦ってバスタオルを巻いた股間を押さえた。

 

「嘘です」

 

「こら!」

 

たらこスパゲッティとサンドイッチを分け合って食べた。

 

カラオケで2曲ずつ歌った(民ちゃんは音痴だった)

 

レーシングカーゲームで3敗した(民ちゃんのコントローラーさばきはプロ級だった)

 

チェックアウトの時間まで、僕らはラブホテルを楽しみつくした。

 

ホテルの自動ドアが開くと、ムッとした暑さにつつまれた。

 

アーチの外に出た途端、道を歩いていた3人連れの大学生風と目が合った。

 

彼らはギョッとしたのち、目をそらして足早に歩き去ってしまう。

 

何度も振り返りながら、こそこそし合っている。

 

何を話しているのかは、想像がつく。

 

「私たち、朝帰りですね。

私の朝帰りの相手第1号は、チャンミンさんです」

 

腕を組んだ民ちゃんが、小首をかしげて言った。

 

「チャンミンさんが元気になってよかったです」

 

ゴミが散らばる昼間の繁華街は裏寂しい。

 

僕の心はもう、寂しくない。

 

「楽しかったですね。

また行きましょうね」

 

民ちゃんったら...全然わかっていないんだから。

 

 

 


 

 

~リア~

 

 

(チャンミン...帰ってこなかった)

 

出張の日を別にして、チャンミンが夜出かけたまま帰ってこない日など今までなかった。

 

私が不在だった日はどうだったかは想像するしかないが、私が「居る」夜に、帰ってこないなんてことは一度もなかった。

 

チャンミンから突然の別れの言葉は青天霹靂。

 

心臓を撃ち抜かれたみたいな衝撃を受けた。

 

「あの」チャンミンが、絶対に口にしそうにない言葉を発した。

 

私のことを「好きじゃない」って。

 

別れたいって。

 

別れを切り出すのは私の方からに決まってるのに。

 

チャンミンから切り出されたことが、何よりショックだった。

 

枕に顔を埋めてひとしきり泣いた後、耳をすましていたら、パタンと玄関ドアが閉まる音がした。

 

寝室を覗きもしなかった。

 

ヒヤリとした。

 

チャンミンは「本当に」別れたいのかもしれない。

 

立っている場所だけ残して、ガラガラっと地面が崩れ落ちていくようだった。

 

私の安全弁を、避難場所を失ってしまった。

 

いいえ、未だ失っていない。

 

チャンミンは寂しさのあまり、私の気をひこうとあんなことを口にしたのよ。

 

数日もすれば、

 

「別れたいと言った僕が悪かった。

あの時の僕はどうにかしていたんだ。

許してほしい。

やり直そう」

 

と言い出すに決まっている。

 

だって、チャンミンは私に心底惚れていたんだから。

 

「気の強い彼女に言いなりで、そんな彼女に尽くす優しい彼氏」の構図にまんざらでもなかったんでしょう?

 

チャンミンと出会った頃を思い出していた。

 

私が所属する事務所の打ち合わせルームで、初めて顔を合わせた。

 

モデルみたいに背が高くて、普通のサラリーマンにしておくには勿体ない顔をしていた。

 

本人には自覚がないみたいなところが、よかった。

 

チャンミンが私のことに気があることは、すぐに分かった。

 

書類を覗き込むふりをして顔を近づけたら、耳を真っ赤にするんだもの、可愛いったら。

 

喉ぼとけがゴクンと動いて、顔を上げたら見開いた丸い目と私の目が合った。

 

その気がある素振りを見せると、チャンミンは予想通りの行動をしてくれた。

 

ちょうど、不倫に近い恋愛を終えたばかりで、荒んだ心を持て余していた私は、チャンミンの熾火のような愛し方に飛びついた。

 

温和で、ちょっと神経質。

 

チャンミンの美徳でもある圧倒的な優しさが、同時に彼の欠点でもあった。

 

自由にふるまう私を見逃し続けたあなたも、悪いのよ。

 

ねえ、チャンミン。

 

あなたはいつから、私と別れたいと思うようになったの?

 

私は、あなたにウンザリしながらも、別れたいと思ったことはないのよ。

 

他の誰かに夢中になっていたとしても、チャンミンのことも好きでいたのよ。

 

好きのベクトルと熱量が違うだけ。

 

リビングに戻り、ソファの上に放りだしたままの携帯電話を拾った。

 

珍しい、着信があった。

 

私は、目下夢中の「あの人」へ電話をかける。

 

『今夜は?』

 

「ええ」

 

『待ってるよ』

 

彼は性急な人だから、シャワーを浴びる間もないだろう。

 

チャンミンがいなくて、すうすうした心を埋めるため、私はあの人に会いにいく。

 

あの人から贈られた海外製のボディークリームを、湯上りの肌に塗り広げた。

 

 

 

(つづく)

 

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