【44】NO?

 

 

~タクシー~

 

~民~

 

チャンミンさんの意図がわからなくて、繋がれた手とチャンミンさんの横顔を交互に見た。

 

「民ちゃん」

 

「はい...」

 

「ここでの生活は慣れた?」

 

「は、はい。

未だに反対方向の電車に乗っちゃうこともありますけど...なんとかやってます」

 

「そっか...。

仕事は楽しい?」

 

「楽しいと感じられるまでには至ってません。

おっちょこちょいですし、要領が悪くて...でも、上司の方が寛大な方なんです。

本当にありがたいことです」

 

チャンミンさんは私の手を握ったままだ。

 

手と手を合わせて、手のサイズを比べた日のことを思い出す。

 

顔も背格好も同じな私たちだけれど、チャンミンさんの方が一回り大きな手をしていて嬉しかった。

 

チャンミンさんの手に包まれた指を動かして、チャンミンさんの手の甲や指の節の骨を、指先でなぞる。

 

チャンミンさんは何も言わない。

 

「上司の人はいい人なんだ?」

 

「はい。

今夜は夕ご飯を御馳走してくれたんですよ...。

あっ!!」

 

しまった!!

 

「えっ!

そうだったの?」

 

繋いだ手に力がこもり、チャンミンさんが私を覗き込む。

 

「えーっと...その...歓迎会みたいなものです...」

 

職場は私とユンさんの2人だけですけどね、と心の中で補足した。

 

「だから、ワンピースを着て行ったんだ?」

 

「そうです。

似合いもしないのに、着て行っちゃったんです...。

気合を入れ過ぎました」

 

両耳が熱い。

 

手の平も汗でびしょびしょだろうから、恥ずかしくて繋いだ手を引っ込めようとしたけれど、チャンミンさんは離してくれない。

 

「似合ってたよ、すごく」

 

「ホントですか!」

 

嬉しくてぱっと顔を上げたけど、ワンピース姿を見られた時の状況を思い出してしまった。

 

チャンミンさんはリアさんと、アレをしようとしていた(アレの後かな?前かな?最中かな?)

 

「...あの状況で、よく見えましたね」

 

ぼそっと言った私の声が、嫌味に満ちていてイヤになる。

 

「ちゃんと見えてたよ...あんな状況だったけれど...。

ねえ、民ちゃん...」

 

チャンミンさんの声のトーンが低くなった。

 

「ひとつだけ言い訳させてくれないかな?」

 

そうなの。

 

チャンミンさんの言い訳が聞きたかったの。

 

チャンミンさんは、私に対して悪いことなんか全然していないのに、恋人と抱き合うのは当然のことなのに、このことについて言い訳して欲しかったの。

 

新たに誕生した妹に、お兄ちゃんが横取りされたみたいな気持ちなのかな。

 

私って、なんて子供っぽいのだろう。

 

「僕はこの6か月...7か月はいってるかな、リアとアレはしていないよ」

 

「へ?」

 

「僕とリアがまるでアレしてる風に見えたかもしれないけれど、違うんだ。

どうしてあんな風だったのかは...いろいろあってね。

信じられないと思うけど、とりあえず...『違う』ってことを言いたかったんだ」

 

「......」

 

信じるか信じないかは脇に置いておくとして、チャンミンさんの弁解がきけて私が嬉しかった。

 

リアさんといちゃいちゃしてて悪かったな、って私に対して思って欲しかった。

 

なんでだろうね。

 

「そうですか...分かりました」

 

嬉しいくせに、ちょっと不貞腐れた言い方をしてしまう。

 

「...さっきの話の続きだけど。

ほら、バルコニーで」

 

「?」

 

「ファーストキスの話。

民ちゃんの言いかけてただろ、途中まで?」

 

「ああ!

そのことですか」

 

あの時は、「ファーストキスは3時間前ですー」って言うつもりだった。

 

チャンミンさんがリアさんといちゃいちゃしていたのを見て、腹立たしかった私は、対抗したくて惚気てやろうって思っていた。

 

でも。

 

チャンミンさんと手を繋いでいる今は、そんなこと言ったらいけないって気持ちになった。

 

チャンミンさんと手を繋ぎながら、他の人のこと...ユンさんのことを想っていたらいけないって。

 

なんでだろうね。

 

でも...男の人は、それができるのかな。

 

恋人がいるのに、誰か他の人と手を繋いだり、ぎゅっとしたり、キスしたりできるのかな。

 

そんなことをできっこない私は、お子様なのかな。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

僕の手指の神経を研ぎ澄まして、民ちゃんの薄い手の感触を味わった。

 

民ちゃんと手を繋ぐのは、これで3度目。

 

1度目は、ビアガーデンに行った時のことだ。

 

2度目は、ラブホテルに連れて行かれた時。

 

これらの時と今では、民ちゃんへ抱く感情が大きく異なっている。

 

つい3時間前にリアの背を抱いていた手で、民ちゃんの手を握っている。

 

もちろん罪悪感はある。

 

だけど、「恋人がいるから」「好きな人がいるから」といった常駐している抑制が、ある時湧き上がった欲求によって外れることがある。

 

例えば今のように。

 

僕の隣でぶつぶつ言いながら携帯電話を操作していた民ちゃんの横顔に見惚れた。

 

肩を抱き寄せたり、キスしたりは出来ない。

 

だから代わりに、民ちゃんの白くてほっそりとした手をとった。

 

それは衝動的に近くて、先ほどまでリアを抱こうとしていた手であることなんか、すっかり忘れていた。

 

それはそれ、これはこれ。

 

こういった割り切り方ができるようになったのは、いくつかの恋愛を経験してきた大人だからなのだろうか。

 

恐らく、民ちゃんには理解できない部分だと思う。

 

それにしても、リアの要求をのんで、リアと別れるためにコトを成そうとしたことは、許されるものじゃない。

 

民ちゃんにかくかくしかじか全部説明して、分かってもらおうなんて馬鹿げたことはしない。

 

話してどうなる?

 

僕の恥をさらすだけだし、何よりもリアの名誉を傷つけてしまうことは、いくら別れた相手だとしても、絶対に許されることじゃない。

 

民ちゃんがどう思っているか分からないけれど、僕は少しだけでもいいから民ちゃんに触れたくて仕方がなかったんだ。

 

 

(つづく)

 

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