~チャンミン~
「...民ちゃん」
僕はつとめて不機嫌さを込めた声音で言った。
「簡単だったでしょ?」
民ちゃんは能天気な声だ。
「簡単じゃなかったんだよ?」
「お洋服着るだけなのに?」
そのお洋服のデザインが大問題だったんだよ。
どこがどう大問題だったかを説明しようとしたけど、止めておこう。
民ちゃんのことだ。
面白がって、分かってるくせにしつこく問いただすに決まっている。
「......」
「チャンミンさん...もしかして、怒ってます?」
「......」
「ごめんなさい...」
しょんぼりした民ちゃんに、これ以上怒ったふりは出来なくなった。
「もう怒ってないよ」
「よかったですー」
僕は民ちゃんと電話越しに会話をしていた。
帰宅しても、当然のことながら民ちゃんは不在だ。
リアも留守にしていた。
夜の仕事にでかけたのだと思うと、罪悪感に襲われる。
料理をするのも面倒だったので、チェーン店で夕飯を済ませた。
TVをつけようという気もおきないし、独りぽつんとソファに座ってビールをちびちびと飲んでいた。
夜遅いのは分かっていたが、民ちゃんに電話をかけることにしたのだ。
携帯電話を持つ手が汗ばんでいて、好きな子に電話をかけようとする高校生のような自分に突っ込みを入れる。
なに緊張してるんだ?
「わぁ、チャンミンさん!
おばんでがす」
女の人にしては低めの民ちゃんの声がワントーン高くて、僕は初めて彼女と会った日の夜のことを思い出した。
弾んだ高いトーンで兄Tと電話するの聞いていた僕は、民ちゃんとこんな会話を交わしたいと望んだんだった。
あの時、あまりにも瓜二つな民ちゃんを観察する目で見ていたけど、同時に彼女から目が離せずにいた。
民ちゃんが女であることに、切なくやるせない思いを抱えたんだった。
だから、今の「わぁ、チャンミンさん」の声にじわっと感激していた。
・
「次の土日はお休みですか?」
「え?」
話題を変えたらしい民ちゃんの突然の質問に、きょとんとする。
「休みだよ。
どこか行きたいところあるの?」
「お部屋探しに付き合ってくれませんか?」
「もちろん」
仕事が決まった民ちゃんの次なるミッションは引っ越しで、兄であるTからも部屋探しに協力するよう依頼されてもいた。
1か月の約束もいつの間にか、半分を切っていた。
「この前のお休みの時、一人で不動産屋さんに行ったんです。
全部で6つのお部屋を見てきました。
どれにすればいいのか、迷ってしまいました。
お部屋選びの基準が分からないんですよねぇ」
「民ちゃんが重視したいポイントは何なの?」
「うーん...。
安いところ、かな?
住めればどこでもいいです」
やっぱり。
「僕が一緒に探してあげるから。
一人で決めちゃだめだよ」
「ありがとうございます」
民ちゃんは、きっと鼻にしわをよせた笑顔をしているんだろうな。
僕自身も部屋探しをしなくては。
「引っ越しが済んだら、私のお部屋に遊びに来てくださいね」
「え...?」
「御馳走作って待ってますからね」
民ちゃん、気安く男を家に誘ったら駄目だよ。
「気が早いなぁ」
ふふふ、と民ちゃんは笑った。
民ちゃんとの通話を終えて、自分は彼女がいなくてひどく寂しがっていると実感した。
広いこの部屋がもっと広く感じられる。
君の不在、僕は寂しい。
早く帰っておいで。
(つづく)
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