~僕の心配事~
~民~
チャンミンさんは香水をつけない人だ。
チャンミンさんの汗の匂いがふわっと香ってきた。
チャンミンさんは気にしているけれど、私にとってほっとする香りだ。
(おじさんみたいな匂いがするって、からかってしまうけれど)
「ご迷惑じゃありません?」
「リアさんが...」と言いそうになるのを飲み込んだ。
「迷惑なものか。
今日は僕も早く帰るから...そうだ!
どこか飲みに行く?」
「うーん...。
おうちでのんびりしたいです」
チャンミンさんのおうちでデリバリーしたピザを食べながら、ごろごろのんびりしたかった。
「この階なら空いてると思う。
僕が見張っていてあげるから、トイレに行った方がいいよ」
チャンミンさんは立ち上がると、私の方へ手を差し出した。
チャンミンさんの手を握って、腰を上げかけた途端。
「あれ...あれれ...?」
「民ちゃん!」
膝ががくがくして力が入らず、立ち上がれない。
「腰が抜けたみたい、です」
苦笑いをした私はチャンミンさんを見上げた。
心配そうな、困ったような、優しい顔。
今頃になって、ピリピリに張り詰めた緊張が解けたのはきっと、差し出されたチャンミンさんの手がとても頼もしくて、安らかな気持ちになったからだ。
~チャンミン~
床にへたりこんでしまった民ちゃん。
「あれ?
あれれ?
おかしいですね」
眉を下げて、困った顔で僕を見上げていた。
緊張が解けたんだろう。
笑ったり照れたりしていたけれど、実は全身コチコチに気を張っていたんだろう。
そんな民ちゃんが可愛らしくて、今すぐ彼女をかき抱きたい気持ちが押し寄せた。
だけど公衆の面前で、いきなり抱き寄せられたら民ちゃんを驚かせてしまう、と理性が働いた。
足元に目をやると、かかとに血がにじんでいて、僕に無理やり引っ張ってこられてさぞかし痛かっただろうに。
民ちゃんの身体にぴったりくっ付くくらい近くに、僕は再び腰を下ろした。
僕の薄いワイシャツ越しに、民ちゃんの体温が伝わってくる。
「もうちょっと休んでいようか?」
「その方がいいみたいですね、へへっ」
民ちゃんの小さな膝が小刻みに震えていた。
その膝をさすってあげたくなったけど、こぶしを握ってその気を抑えた。
ユンの前から民ちゃんをさらうように引っ張り連れてきた行為が、大人げないと今さらながら恥ずかしくなってきた。
ユンに弱みを握られてしまったかもしれない。
一体何事かと目を丸くしながらも、面白そうに傍観する余裕の表情だったからだ。
民ちゃんを見る。
真っ白なまつ毛が妖精のようだった。
上半身はコルセットだけだ(一度試着したけれど、僕の身体だとファスナーが閉まらなかった。民ちゃんの方が華奢なのだ)
細い首やむき出しの肩に散らした細かいラメが、チカチカと光っている。
全面スタッズのコルセットに隠された胸元に視線を落とす。
以前目撃してしまった民ちゃんのお胸の映像が、僕の頭にぼわーんと浮かんでしまう。
膨らみのない(民ちゃん、ごめん)白い肌と綺麗なピンク色の2つの突起...。
「ユンさんはびっくりしたでしょうね」
「え?」
僕は慌てて視線をずらした。
危ない危ない、反応してしまうところだった。
「私とチャンミンさんがそっくりで...」
僕らは顔を見合わせた。
「あああーーーー!!」
「あーーー!」
僕らは互いを指さす。
「お兄さんはいる?って聞かれて...そういうことでしたかぁ!」
僕の方も「弟はいるのか?」と尋ねられた時のことを思い出した。
ユンは民ちゃんのことを念頭に置いて、そう僕に尋ねたに決まっている。
ユンは民ちゃんのことを、男だと思っているのだろうか?
それとも、女だと思っているのだろうか?
「妹ならいます」と答えたから、ユンは混乱しただろう。
取り乱した僕を見て、「過保護な兄」だと思ったに違いない。
ちょっと待てよ...。
ユンの僕に注ぐ熱い視線を思い起こす。
ユンはきっと、両方いける口だ。
男みたいなのに実は女の子だなんて、ユンが喜びそうなケースじゃないか。
民ちゃんが危ない、と思った。
(つづく)
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