【66】NO?

 

 

~チャンミン~

 

 

僕には未解決のことがある。

 

リアの件だ。

 

別れを受け入れてもらうのを、待たないことに決めた。

 

贅沢なこの部屋を借り続けられるのも、あと1か月が限界だった。

 

先週のうちに、退去の連絡を入れ、引き落とし専用口座に翌月分の家賃の入金を済ませた。

 

リビングやキッチンでリアと無言ですれ違う。

 

リアはちら、と僕と目を合わせるとすぐに目を反らしてしまう。

 

何かを言いたげなのに何も言わない。

 

僕の方も声をかけられずにいて、我ながら臆病者だと思う。

 

入浴後のバスタオルを巻いたままのリア、下着姿でソファに座ってTVを見ているリア、同じベッドで眠るリア。

 

僕は全然、欲情しない。

 

あれほど愛していたのに、今の僕は早く離れたくて仕方ない。

 

リアへの想いではち切れんばかりだった僕の愛情も、1年をかけてしゅるしゅると抜けていって、今じゃ空っぽだ。

 

その空っぽになったスペースに、いつの間にか別の女性の存在が侵入してきて、もうすぐ満タンだ。

 

リアなしじゃ生きていけないと言い切っていたのが、今じゃこうだもの。

 

人の心なんて頼りにならず、未来がどうなるか分からないものだ。

 

 

 

 

翌日、引っ越し先が決まりもしないうちに、僕は荷造りを開始した。

 

民ちゃんは手伝いを買って出てくれた。

 

僕らは引っ越し業者が置いて行った段ボール箱に、運び出すものを詰めていく。

 

(民ちゃんの荷造りは簡単だ。僕のうちに来た時の5つの段ボール箱が、彼女の持ち物の全てだ)

 

「電子レンジはどっちのです?」

 

同棲した末の別れで一番頭を悩ませるのは、持ち物の線引きだ。

 

「僕、かな。

コーヒーメーカーも僕のだよ」

 

僕のものだけれど...正直、どれもこれも色褪せてしまった感が否めない。

 

荷物なんて全部置いていってしまっても、全然構わなかった。

 

そんなことしたら、リアに迷惑をかけてしまうから、やむを得ず持って出る。

 

一から新しい生活を築きたい。

 

そんな心境だった。

 

「食器は?」

 

「いくつかは棚に残しておいて。

まだしばらくは使うからね」

 

「はーい」

 

民ちゃんは新聞紙でお皿やらグラスやらを手際よく包んでいる。

 

(お店に勤めていたから、こういう梱包作業は得意なんです、と言っていた)

 

「あの...チャンミンさん」

 

「ん?」

 

「TVとか、冷蔵庫とか...家具はどうするんですか?

半分に割るわけにはいかないでしょう?」

 

リアと資金を出し合って購入したものたちだ。

 

「次の住まいには大き過ぎる。

置いていくつもりだよ」

 

1LDKか2Kあたりの部屋を念頭に置いて、そう答える。

 

家具も家電ももう一度、少しずつ買いそろえればいいことだ。

 

「寝室の方は、私はタッチしない方がいいですよね?」

 

「クローゼットの中はそのままでいいよ。

全部リアのものだ」

 

「はーい。

次はどこを片付けましょうか?」

 

「洗面所をお願いしていい?」

 

「はーい」

 

洗面所へ向かう白い足首が、床にあぐらをかいた僕の前を通り過ぎる。

 

「タオルはどうしましょう?」

 

「うーん...どうしようかなぁ...」

 

2人で使ったタオルを残されてもリアは困るだろうし、恐らくゴミ箱行きになりそうだ。

 

「2、3枚だけ持っていくよ」

 

「はいはーい。

チャンミンさん、この収納棚は備え付けですか?」

 

「ああ。

中身を出さないとね。

化粧品系はリアのものだからね」

 

「了解でーす」

 

僕はTVボード内のDVDやゲームソフトの選別にかかっていた。

 

 

 

「ひっ!」

 

「ん?」

 

「......」

 

「民ちゃん?」

 

「......」

 

返事のない民ちゃんに心配になった僕は、洗面所へ顔を出す。

 

「民ちゃん?」

 

開け放ったキャビネットの前で、民ちゃんは手にしたものをじっくりと観察している。

 

(ミミミミミミミンちゃん!!)

 

僕は扉を閉め、民ちゃんの手から問題の物を取り上げた。

 

「チャンミンさんたち...お盛んだったんですねぇ...」

 

つぶやいた民ちゃんは、信じられないといった表情で僕を見る。

 

「何箱も...通販ですか?」

 

(恥ずかしいから口に出さないで!)

 

「使いかけって...生々しいですね」

 

かぁっと顔が熱い。

 

民ちゃんに見られたくないものを見られてしまった。

 

「こういうものって、ベッドの側に置いておくものじゃないですか?」

 

ゴミ袋に全部突っ込むのを見た民ちゃんったら、とんでもないことを言い出すんだから。

 

「あれ?

持っていかないんですか?

勿体ないですね」

 

「持っていくわけないだろう!」

 

僕の大声にひるんだ民ちゃんに、僕は「ごめん」と言って彼女の頭を撫ぜた。

 

リアとの暮らしの名残は、全部捨てていく。

 

夕方には、現段階で詰められるものは全部、箱に詰め終えた。

 

「チャンミンさんの持ち物って...少ないんですねぇ」

 

リビングの片隅に積み上げられた段ボールの数に、民ちゃんは感心している。

 

引っ越し業者に依頼せずとも、レンタカーで運んでしまえそうな数だった。

 

「そうかな?」

 

家具や家電はそのままだったから、ぱっと見には片付いた感はしないけど、引き出しの中にはもう、僕のものは入っていない。

 

晴れ晴れとした気持ちの一方、寂寥感のようなものを拭えずにいた。

 

どんな形であれ、恋の終わりは心がすうすうとして、とても辛い。

 

「民ちゃんのおかげで早く済んだよ、ありがとう。

夕飯を御馳走するよ。

何か食べたいものはある?」

 

「出前のピザが食べたいです。

フライドチキンを付けてください」

 

宅配ピザのメニューを楽しそうに眺める民ちゃんに口元がほころんでしまうが、心の半分はリアのことを考えていた。

 

リアは次の部屋を見つけられるのだろうか、引っ越し費用は用意できるのだろうか...と心配だった。

 

リアに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったんだ。

 

僕にできることは手伝ってやろう、と。

 

こういう中途半端な優しさが僕のいけないところだってことは、分かってはいるんだけど。

 

 

(つづく)

 

彼女とのHeaven's Day