【67】NO?

 

~タンクトップ姿の君~

 

~リア~

 

先ほどから白いプラスティック製のものを凝視していた。

 

判定窓にピンクのラインが出るか、出ないか。

 

「はぁ...」

 

深いため息をついたリアはそれを箱に戻しかけ、ふっと頭に浮かんだ思いつきからその手を止めた。

 

午前10時。

 

チャンミンも民も仕事へ行って、この部屋にはリアだけだった。

 

手にした小箱を洗面台の脇に置いたリアは、洗面所の照明を消した。

 

 


 

 

~ユン~

 

 

週が明けて、民が出勤してきた。

 

依頼されていた作品制作も佳境を迎えていた俺は、階下の掃除機の音が止むのを待って、民を大声で呼ぶ。

 

「はい!」

 

元気のよい返事の後、次なるミューズが螺旋階段を上がってきた。

 

髪色がブラウンに、ウェーブがかった前髪がさらさらのストレートになっていて、印象ががらりと違っていた。

 

片側は眉が見えるくらい短く、反対側は目を覆うほど長くアシメトリな前髪だ。

 

洗いざらしのTシャツみたいに飾りっ気のない素朴な姿、女のようにワンピースを着てかしこまった姿、そしてコンテストのステージで見せた未来的なメイクを施した姿。

 

この子は実に、様々な顔を見せてくれる。

 

次は、俺の手でどんな色に染めてやろうか。

 

今日の民の姿を見て、ますます楽しみになってきた。

 

「袖をまくってくれないか?」

 

作業中の俺の手はペースト状の粘土で汚れており、肘からずり落ちた袖口を顎で指した。

 

「はい!」

 

民の細くて長い指が、俺のシャツを慎重に折りたたんでいく。

 

民の指先が腕に触れる度、柄にもなくぞくりとした。

 

顔同士の距離がぐんと近づいたから、意地悪をしたくなった俺は民の方へ顔を寄せてみた。

 

産毛が見えるくらい近くに。

 

民の肌から漂う甘い体臭をすっと吸い込んだ。

 

「あ!」

 

俺の吐息がかかって顔を上げた民は、至近距離に俺の顔があることに気付いたようだ。

 

瞬時に赤面するから、その初心さが可愛くて仕方がない。

 

「えっと...あの...できました...。

下に戻ってもいい...ですか?」

 

おずおずと尋ねる民を、俺は眼力をこめて見つめた。

 

「行かなくていい。

今から、始めようか?」

 

「えっと...。

やっぱり...その...モデルは...」

 

民は俯くと、もじもじとシャツの裾を白くて細い指でいじっている。

 

「たった今、インスピレーションが湧いたのに。

ああ!

早くしないと、イメージが逃げていってしまう!」

 

敢えて大きな声を出し、ふざけて身悶えして見せると、まんまと引っかかった民が慌てだした。

 

「ごめんなさい!

分かりました!

やります!

やりますから!」

 

「ありがとう」

 

俺は微笑むと、粘土にまみれた手で民の手をとった。

 

粘土で汚れてしまった民の手。

 

男の手にしては小さく、華奢な手だ。

 

長いまつ毛に縁どられた、民の大きな瞳がみずみずしく揺れている。

 

不安半分、期待半分のはざまで。

 

「それじゃあ、着がえようか」

 

奥の部屋へ行くよう、民を促した。

 

 


 

 

~民~

 

ユンさんに案内されたのはカーテンに仕切られた小部屋で、ニスのボトルや粘土ベラなどの道具が整然と並ぶ棚が三方を囲んでいる。

 

棚に引っかけてあるハンガーには、牡丹が描かれたキモノがかけられていて、ドキッとした。

 

鼓動が早い。

 

チャンミンさんから借りたシャツの胸元をぎゅっと握る。

 

「用意が出来たら、出ておいで」

 

用意って...やっぱり...脱ぐ?

 

「は、はい...」

 

綺麗な作品に作ってもらいたい、だなんて一時でもうっとりとした自分を後悔した。

 

でも、ユンさんの豹のような眼で見すくめられたら、縦に頷くしかない。

 

ふうっと一息ついた私は、震える指でシャツのボタンを外す。

 

どうしてこんな展開になっちゃったんだろう。

 

冷房がよくきいたアトリエは、タンクトップ姿には寒いくらいで鳥肌がたった。

 

腕をクロスさせて最後の1枚を脱ぐ。

 

ズボンも脱ぐのかな...見下ろしたら、冷気で縮こまった自分の胸が見えて、ブラなんて必要がない自分の身体が情けなくて、泣きそうになる。

 

ハンガーからキモノをとって羽織ると、衿をかき合わせてアトリエへ出て行った。

 

ユンさんのアトリエは7階の半分を占めていて、床も壁もコンクリート製だ。

 

「あの...?」

 

おずおずと声をかけると、操作していた携帯電話から顔を上げたユンさんは、一瞬目を丸くしたのち、ぷっと吹き出した。

 

「はははっ!

民くんは面白い子だねぇ」

 

「え...?」

 

片手で口を覆って湧き上がる笑いを堪えきれない風のユンさんに、私は訳が分からない。

 

「ヤル気満々な姿には感心するけど、そこまで脱がなくていいんだよ」

 

「へ?」

 

「今日はスケッチをとるだけだ。

上のシャツを脱ぐだけでよかったんだ」

 

深読みした自分に赤面してしまうしかないけど、「脱いで」なんて言われたら、裸になるって勘違いしちゃうじゃないですか。

 

「......」

 

ムッとしていると思ったのか、ユンさんは私の頬を軽く撫ぜながら、

 

「笑ったりなんかして、申し訳ないね。

機嫌を直して」

 

アトリエの中央に置いたスツールの方へ、私の背中を押した。

 

「そこに座って」

 

キモノを抱きしめるようにして、スツールに浅く腰掛けた。

 

 

(つづく)

 

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