~チャンミン~
「民ちゃん...?」
民ちゃんの固い表情が気になった。
僕はベッド脇の折りたたみ椅子に腰かけ、ベッドに乗り出すようにマットレスに両肘をついた。
「よかった...」
ネットからはみ出た前髪が、額に張り付いている。
いつものように、指を伸ばしてそのひと房をよけてやった。
額に指が触れた瞬間、ぎゅっと目をつむったその表情が可愛らしかった。
頭を動かすと痛むのか、きりっと直線的な眉がひそめられた。
「頭...痛い?」
「......」
「民ちゃん?」
「......」
まだ、ぼーっとしているのかな、民ちゃんは無言のままだ。
「事故って聞いたけど...何があったの?」
「怪我の具合はどう?」
「僕は...心配してたんだよ」
「昨夜は、どこに行っていたの?」
「民ちゃんが無事で、安心した」
「黙っていないで、何か言って?」
「チャンミンさん、ごめんなさい」って謝りの言葉がきけると思った。
「私...」
病院内は乾燥してるからか、小さな声がかすれていた。
「水、飲む?」」と、ベッドサイドに置かれた吸い飲みをとって、民ちゃんの口元に添える。
乾いてひび割れた唇が吸い口をくわえ、一口だけ水を飲み込んだ。
「ゆっくりでいいから...何があったのか、教えて?」
点滴の針が刺さった腕を揺らさないように、民ちゃんの手を両手で包んだ。
と、民ちゃんの反対側の手が、僕の手をゆっくりと押しはがした。
「離してください」
「!」
「誰ですか?」
「え?」
「あなた...誰ですか?」
「民ちゃん...何言ってるの?」
いつもの民ちゃんのおちゃらけ、だと思った。
「誰ですか?」
頭を打って、朦朧として意識が混濁しているだけだよね。
事故に遭って、ショック状態なんだよね。
だから民ちゃんは、醒めた目で僕を見ているんだ。
「僕だよ。
チャンミン、チャンミンだよ」
「知らない...チャンミンなんて...知らない」
嘘だろ。
事故のせいで、健忘症になってるのか?
Tはそんなこと言ってなかったぞ。
「民ちゃんは僕の家に住んでるんだよ。
覚えていないの?」
「......」
「やだなぁ、民ちゃん。
からかってるんだろ?」
「......」
「ホントに覚えてないの?」
いつもの民ちゃんだったら、このタイミングで「嘘です」って言うんだけど。
「民ちゃんの兄のT。
僕はTの友達なんだよ」
そうなんだよ、民ちゃんと僕の関係って、それだけなんだ。
「知らない。
あなたなんて知らない」
民ちゃんは消え入りそうに小さな、掠れた声でそう言った。
「事故に遭ったって聞いて、心配して来たんだよ」
僕はもう一度、民ちゃんの手を取ったけど、抵抗のこわばりを感じて悲しくなった。
民ちゃんが僕を拒絶している。
「民ちゃん...。
チャンミンだよ。
民ちゃんと僕は一緒に住んでいるんだよ?」
「知らない」
民ちゃんの瞳が、ゆらゆらと揺れている。
涙が膨らんでいる。
民ちゃんは僕を覚えていない。
「僕はね...」
言葉が喉にひっかかってしまい、軽く咳ばらいをした。
民ちゃんの手を握りしめた。
顔を寄せたら、不快に思ったのかわずかに頬を背けられた。
いつもの甘い香りはしなくて、消毒薬の匂いしかしない。
「僕は...」
僕は深呼吸する。
「僕は...民ちゃんの彼氏だ」
「!」
民ちゃんは大きく目を見開いた。
「僕と付き合ってるんだよ?
覚えていない?」
「......」
おい、チャンミン!
お前は一体、何を言ってるんだ!
(つづく)
[maxbutton id=”27″ ]