【77】NO?

 

 

~チャンミン~

 

「民ちゃん...?」

 

民ちゃんの固い表情が気になった。

 

僕はベッド脇の折りたたみ椅子に腰かけ、ベッドに乗り出すようにマットレスに両肘をついた。

 

「よかった...」

 

ネットからはみ出た前髪が、額に張り付いている。

 

いつものように、指を伸ばしてそのひと房をよけてやった。

 

額に指が触れた瞬間、ぎゅっと目をつむったその表情が可愛らしかった。

 

頭を動かすと痛むのか、きりっと直線的な眉がひそめられた。

 

「頭...痛い?」

 

「......」

 

「民ちゃん?」

 

「......」

 

まだ、ぼーっとしているのかな、民ちゃんは無言のままだ。

 

「事故って聞いたけど...何があったの?」

「怪我の具合はどう?」

「僕は...心配してたんだよ」

「昨夜は、どこに行っていたの?」

「民ちゃんが無事で、安心した」

「黙っていないで、何か言って?」

 

「チャンミンさん、ごめんなさい」って謝りの言葉がきけると思った。

 

「私...」

 

病院内は乾燥してるからか、小さな声がかすれていた。

 

「水、飲む?」」と、ベッドサイドに置かれた吸い飲みをとって、民ちゃんの口元に添える。

 

乾いてひび割れた唇が吸い口をくわえ、一口だけ水を飲み込んだ。

 

「ゆっくりでいいから...何があったのか、教えて?」

 

点滴の針が刺さった腕を揺らさないように、民ちゃんの手を両手で包んだ。

 

と、民ちゃんの反対側の手が、僕の手をゆっくりと押しはがした。

 

「離してください」

 

「!」

 

「誰ですか?」

 

「え?」

 

「あなた...誰ですか?」

 

「民ちゃん...何言ってるの?」

 

いつもの民ちゃんのおちゃらけ、だと思った。

 

「誰ですか?」

 

頭を打って、朦朧として意識が混濁しているだけだよね。

 

事故に遭って、ショック状態なんだよね。

 

だから民ちゃんは、醒めた目で僕を見ているんだ。

 

「僕だよ。

チャンミン、チャンミンだよ」

 

「知らない...チャンミンなんて...知らない」

 

嘘だろ。

 

事故のせいで、健忘症になってるのか?

 

Tはそんなこと言ってなかったぞ。

 

「民ちゃんは僕の家に住んでるんだよ。

覚えていないの?」

 

「......」

 

「やだなぁ、民ちゃん。

からかってるんだろ?」

 

「......」

 

「ホントに覚えてないの?」

 

いつもの民ちゃんだったら、このタイミングで「嘘です」って言うんだけど。

 

「民ちゃんの兄のT。

僕はTの友達なんだよ」

 

そうなんだよ、民ちゃんと僕の関係って、それだけなんだ。

 

「知らない。

あなたなんて知らない」

 

民ちゃんは消え入りそうに小さな、掠れた声でそう言った。

 

「事故に遭ったって聞いて、心配して来たんだよ」

 

僕はもう一度、民ちゃんの手を取ったけど、抵抗のこわばりを感じて悲しくなった。

 

民ちゃんが僕を拒絶している。

 

「民ちゃん...。

チャンミンだよ。

民ちゃんと僕は一緒に住んでいるんだよ?」

 

「知らない」

 

民ちゃんの瞳が、ゆらゆらと揺れている。

 

涙が膨らんでいる。

 

民ちゃんは僕を覚えていない。

 

「僕はね...」

 

言葉が喉にひっかかってしまい、軽く咳ばらいをした。

 

民ちゃんの手を握りしめた。

 

顔を寄せたら、不快に思ったのかわずかに頬を背けられた。

 

いつもの甘い香りはしなくて、消毒薬の匂いしかしない。

 

「僕は...」

 

僕は深呼吸する。

 

「僕は...民ちゃんの彼氏だ」

 

「!」

 

民ちゃんは大きく目を見開いた。

 

「僕と付き合ってるんだよ?

覚えていない?」

 

「......」

 

おい、チャンミン!

 

お前は一体、何を言ってるんだ!

 

 

(つづく)

 

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