【75】NO?

 

 

~民~

 

 

(ん...?)

 

まぶたを開けて最初に目に飛び込んできたのは、真っ白い天井。

 

ゆっくりと視線を左右に向けると、薄ピンク色のカーテン。

 

カーテンを吊るすレールの曲線をたどり、液体の入ったプラスチックバッグ。

 

(点滴...?)

 

チューブをたどると、自身の左腕に繋がっている。

 

(!!)

 

「いたっ!」

 

飛び起きようとしたら、後頭部を襲う激痛に顔をしかめて、やむなく頭を枕に沈めた。

 

ここは...病院だ。

 

この風景、匂い、電子音...間違いない、病院だ。

 

でも、なぜ?

 

「民!」

 

真上から見下ろす顔。

 

「......」

 

状況把握ができずに、答えを導き出すまでに数秒ほどかかってしまった。

 

「お兄ちゃん...」

 

「よかった...」

 

安堵したお兄ちゃんは、傍らの折りたたみ椅子にどかっと腰を下ろした。

 

先日生まれたばかりの赤ん坊の夜泣きと、3人の3歳児の世話で疲労がにじんでいた。

 

「引ったくり、だってな。

目撃者がいたらしい。

その人が、救急車を呼んでくれたんだ」

 

「引ったくり...」

 

そういえば、そうだった!

 

早く手を離せばよかったのに、抵抗したせいで振り飛ばされて、それから...。

 

痛む頭を動かさないように、自分の身体を点検する。

 

カーテンと同じ色の病衣を着ていて、そっと頭に触れるとガーゼを固定しているネットに触れた。

 

「石頭でよかったな。

お前の取り柄は頑丈な身体だ」

 

両手の平には、擦り傷がある。

 

ひったくり犯に引きずられた際、リュックサックの肩ひもでできたのだろう。

 

自分が今、病院にいる事情が分かりかけてきた。

 

「バッグ...は?」

 

「中身だけ抜かれて、どっかに捨てられてるだろうな。

病院に運び込んだものの、携帯電話もない、財布もない」

 

「そう...だよね」

 

財布にはそれほど入っていなかったし、他は着替えと洗面用具の入ったポーチ程度だ。

 

被害は少ない。

 

「ズボンのポケットにパスケース入れてただろ?

それのおかげで、身元が分かった」

 

「ああ...!」

 

万が一、財布を落とした時のために、交通カードと運転免許証だけは別にして持ち歩いていたのだった。

 

よかった、お父さんのアドバイス通りにしていて。

 

「実家に連絡がいって、母さんから俺に連絡があって」

 

「うそっ!

お義母さん!」

 

思わず跳ね起きようとしてしまい、頭がずきんと痛んで、再びベッドに沈み込む羽目になる。

 

「駆けつける、って言ってたのを止めたよ。

まずは俺が様子を見にいくからって。

俺が来てすぐに、意識を取り戻したから、大丈夫そうだって連絡しておいた。

最初の時は覚えてないか...ぼーっとしてたからな」

 

「どうしよう...」

 

両手で顔を覆って呻いた。

 

事件に遭って、怪我をして...。

 

都会で暮らすなんて民には無理だ、って反対されるかもしれない。

 

お兄ちゃんは、そんな私の心配事を察したのか、

「大丈夫だ。

俺が味方してやるからな」

と言ってくれて、私はホッとした。

 

「今、何時?」

 

「えーっと、18時だ。

お前が運ばれたのが、真夜中だったから...半日以上は経っているか」

 

「...そんなに?」

 

「なんでまた、あんなところをほっつき歩いていたんだ?」

 

「え...っと、それは...」

 

チャンミンさんちに居られなくて、ホテルにお泊りしようと思い立って。

 

リアさんがチャンミンさんの赤ちゃんを妊娠しちゃって。

 

とてもビックリしてしまって...頭を冷やしたくて沢山歩いた。

 

どこまで自分が来てしまったのかも、分からなかった。

 

「ま、いいさ。

落ち着いたらでいいが、警察の人がお前と話がしたいそうだ」

 

「お兄ちゃん...ごめんね」

 

「いいさ。

脳震盪だけで済んで。

検査をした結果、何も異状なしだ。

打った拍子に裂傷になったみたいで、何針か縫ってるけどな」

 

なるほど、それでガーゼが当てられていたのか。

 

「そうだ!

職場に連絡しなくていいのか?」

 

「あああ!

そうだった」

 

ユンさんの顔が浮かんだ。

 

当然だけど連絡をしていないから、無断欠勤状態だ。

 

「ここじゃ携帯電話使えないから、俺から連絡を入れておくよ」

 

「うん、お願い」

 

以前、携帯電話が手元になかった時、番号が分からず困った経験から、ユンさんの電話番号は空で言える。

 

私が怪我をした、と聞いたら、ユンさんは心配してくれるかな?

 

お見舞いに来てくれるかな?

 

「お兄ちゃん。

私は、いつまでここに?」

 

「意識も戻ったし、念のための検査をもう一回したら出られるんじゃないかな。

ま、今夜はここで一泊だ」

 

「一泊...」

 

「明日出られるとしたら...。

迎えにくるよ」

 

「お兄ちゃんは仕事でしょ?

一人で大丈夫。

タクシーで帰るから」

 

「大丈夫か?」

 

「うん」

 

「よし。

じゃあ、俺は帰るわ。

そうそう...もう少ししたら、チャンミンが来ると思う」

 

「!!」

 

 

(つづく)

 

彼女とのHeaven's Day