【69】NO?

 

~嵐の予感~

 

~チャンミン~

 

 

血の気がささーっと下がった。

 

民ちゃんに妊娠の可能性が...ある!?

 

「......」

 

待てよ。

 

民ちゃんは『未経験』じゃなかったっけ?

 

いや、本人の口から直接確かめたわけじゃない。

 

僕がそう勝手に思い込んでいただけだ。

 

民ちゃんが...妊娠...!?

 

民ちゃんがこっちに来て3週間くらいだから...田舎にいるうちにってことか!?

 

X氏と?

 

片想いだって言ってたけど、すでに「関係」はあったんだ。

 

X氏は民ちゃんをホテルに誘うかなんかしたんだ。

 

押しに弱い民ちゃんだから、ほいほいついて行って、それで...!?

 

X氏は行きずりのつもりだったけど、単純な民ちゃんは本気で好きになってしまって、それで追いかけて来たんだ!

 

事態は意外と深刻だ...。

 

ずりずりっと僕は、滑り落ちるように床にへたり込んでしまった。

 

僕は大パニックだった。

 

開封済で揺するとカタカタと音がする。

 

ってことは?

 

「触んないで!」

 

手の中のものを勢いよく取り上げられて、見上げるとリアが怖い形相で僕を睨み下ろしていた。

 

「え...?」

 

リアの様子に、僕は自分の誤解に気付いた。

 

ってことは...。

 

リアが...妊娠...の恐れがある、ってことか!?

 

この箱を見つけて真っ先に、民ちゃんの妊娠を疑った自分の早とちりに驚くし、本当の持ち主がリアだと知って、もっと驚いた。

 

「リア...?」

 

リアは無言で僕を睨みつけて、僕から奪い取った箱を背中に隠した。

 

「......」

 

リアが妊娠...の恐れがある。

 

「相手」は誰だ?

 

僕、か?

 

自然な流れだと、そうなるはずだ。

 

しかし、リアと『そういうこと』をしなくなって、半年以上は経つ。

 

待てよ...そう言い切れるか?

 

酔っぱらって帰宅した夜なんか、記憶がないだけでもしかしたら、リアを押し倒していたかもしれない。

 

身体が火照る。

 

「リア...どういうことだ?」

 

リアの美しい顔が、みるみるうちに歪んだ。

 

「チャンミンに関係ないでしょ」

 

「相手は、僕か?

それとも...?」

 

「チャンミンに責任をとってもらおうだなんて、思ってないから。

私と別れたいんでしょ?

もう好きじゃないんでしょ?

迷惑なんかかけられないじゃないの。

私ひとりでなんとかするから」

 

リアの言葉に、僕の周囲から一切の音が消えて、思考もフリーズしてしまった。

 

 


 

 

ふんふんと調子っぱずれな鼻唄を歌いながら、民は帰路についていた。

 

気分がよくて、上機嫌だった民はデパートに寄って、ちょっとお高いワインを奮発した。

 

(チャンミンさんと飲もう。

私は多分、グラス1杯でダウンしちゃうから、お酒の強いチャンミンさんに全部飲んでもらおう)

 

背中のリュックサックには、ワインの他に果実酢のボトルも入っている。

 

部屋の主の一人であるリアにも、手土産が必要だろうと民は考えたのだ。

 

この日、たっぷり4時間ユンのモデルを務めた民は、肩の凝りをほぐすようにぐるぐると腕を回す。

 

「今日はこれまで、だ。

よく頑張ったね」

 

と、頭を撫ぜた手、ポーズの角度を調整するために肩に置かれた手の感触を思い出す度、民の鼓動は早くなる。

 

(ユンさんったら、ささっと描いちゃうんだもの、凄い人だ)

 

必要最低限の線と、指でこすって陰影をつけただけのラフなものであっても、民の特徴をとらえていた。

 

「1枚下さい」とおずおずと頼んだ民に、ユンは「はははっ」と笑ってスケッチブックから1枚を破り取って民に渡した。

 

ゆるくひと巻きしたスケッチは、つぶれないよう民の手にある。

 

(チャンミンさんに見せてあげたいけど...そうしたらユンさんのモデルをしてることがバレちゃうし...)

 

エントランス・ドアを解錠しエレベーターを待つ間、民は大きく深呼吸をして気持ちを切り替えた。

 

(このことは当分、内緒だ。

チャンミンさんは、絶対にいい顔しないだろうから)

 

 

(つづく)

 

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