【79】NO?

 

 

~チャンミン~

 

 

しまった!

 

僕の願望を、そのまま口にしてしまった。

 

「彼氏」って...「彼氏」って...僕は馬鹿か?

 

僕の言葉に、固く冷たかった民ちゃんの表情が緩んだ。

 

ぽかんとした顔。

 

続きの台詞を待っているかのような、問うような眼をしている。

 

そりゃそうだろう。

 

目の前に知らない男がいて、突然「君の彼氏だよ」なんて聞かされたら。

 

僕の気持ちをはっきりと口に出せなくて、リアとのことが決着してから本腰を入れようと思っていたのに、今回の非常事態で頭がいかれたんだ。

 

僕の恋愛の始め方とは、段階を踏むとか、相手の意志を確認してからとか、理性を働かせたものだ。

 

激しく恋に落ちたリアとの時も、順序を守っていた。

 

確かに、双子みたいな民ちゃんだから、他の人以上に親近感は抱きやすい。

 

元は1つだったのが、2つに分かれてしまって、再び1つに戻ろうするみたいに。

 

民ちゃんに触れたくて触れたくて。

 

触れてしまってから、「なーんてね」って冗談めかして誤魔化して。

 

伸ばした手を払われてしまい、それならば言葉で民ちゃんに近づこうと考えて、思いついた結果がこの発言。

 

僕は馬鹿か?

 

民ちゃんを前にすると、数センチずれたことをしでかしてしまう。

 

 


 

 

「民ちゃん?」

 

目も口も大きく開けて固まってしまった民の肩にチャンミンは手をかけた。

 

民の身体は弛緩していて、容易にぐらりと揺れた。

 

「思い出した?」

 

C(ええい!

このまま突っ走ろう)

 

しばし空を彷徨わせていた民の焦点がチャンミンと合う。

 

「うーんと...あまり...」

 

M(どうしよう!)

 

民は顔をしかめながら、上半身を起こした。

 

チャンミンに見下ろされ続けるのは、顔が近くて恥ずかしかったからだ。

 

「私...の、彼氏さんでしたか」

 

「...えっと...。

そう!

そうだよ」

 

チャンミンの声は上ずったものなってしまう。

 

「そうですか...」

 

M(チャンミンさんったら...冗談にしてくれないんだ)

 

民の頭頂部の髪がネットからはみ出してはねている。

 

チャンミンは傷に触らないよう、ずれたネットを直してやる。

 

その手つきが優しくて、民は泣き出しそうになる。

 

M(チャンミンさんはいつも優しいの)

 

「どれくらい、前ですか?」

 

「民ちゃんがこっちに来てからだから...3週間かそれくらいだよ」

 

「未だそれ位なんですか...最近ですね」

 

C(まずい。

引っ込みがつかなくなってきた)

 

「へえぇぇ。

私はチャンミンさんの『彼女』ですか...」

 

M(『彼女』だって。

いい響きだ)

 

ふふふっと民は笑う。

 

自分がついた嘘に、思いきり拒絶されるかと覚悟していたチャンミンは、「本当は違うんだけどな」と複雑な心境になる。

 

すんなりと受け入れた様子の民に、「嘘うそ!冗談だよ」と先ほどの発言を打ち消せなくなっていた。

 

M(困ったな...。

チャンミンさんに意地悪したかっただけなのに、おかしな展開になってしまった)

 

一方、民の方も、チャンミンのことを忘れてしまった演技を続けるしかなかった。

 

M(でも...悪くない。

イイ感じだ)

 

C(これが本当の話だったら、どんなによかったか)

 

お互いに複雑な思いを抱えて、流れにのって「フリ」を続ける。

 

民はかけ布団を足でよけると、胡坐をかいて座りなおした。

 

「点滴が邪魔、ですね」

 

民が俯いた拍子に、病衣の合わせから彼女の薄い胸がのぞいて、チャンミンは即座に目を反らす。

 

「あっ!」

 

病衣のウエストゴムから、シリコンチューブがベッドの下へと続いていることに気が付いた。

 

M(おしっこのヤツだ。

恥ずかしい!)

 

幸いチャンミンがいる反対側にそれは吊るされている。

 

「チャンミンさん...でしたよね」

 

「ん?」

 

「絶対にこっちを見ないでくださいよ」

 

「何を?」

 

「いえ、何でもないです」と民の視線の先を覗こうとするチャンミンの頬を押しのけた。

 

「気になるなぁ」

 

「気にしないでください」

 

ぐいっと力強く押しのけられた頬をさすりながらチャンミンは、「やっぱり民ちゃんは力持ちだ」と思う。

 

M(話題を変えよう!

えーっと、もし自分が記憶喪失だったとしたら、チャンミンさんと顔を合わせた時に、何を思うかな...)

 

民は想像力を働かせる。

 

M(そうそう!

私たちにとって、重要ポイント!)

 

「どうしてチャンミンさんは、私と同じ顔をしているんですか?」

 

M(ここが驚きポイントなのよ、普通。

チャンミンさんの顔を見て、何の疑問もわかなかったら、おかしいからね)

 

「えっ!?」

 

「双子のお兄さんなのかと思い込みそうでしたが、違いますよね?

兄は一人しかいないので」

 

「それはね...」

 

気の利いたことを言えないかと、チャンミンはしばし天井を見上げ思案した。

 

C(よし!)

 

「この世には、自分とそっくりな人間が3人いるって、よく言うだろ?

そのうちの一人なんだよ。

僕らはなかなか...運命的だよね」

 

C(これが僕の本心だ)

 

「運命ですか...」

 

ところが直後、民の心がすうすうした。

 

M(リアさんがいるのに...。

すぐにバレるような嘘をつくなんて、チャンミンさんはどういうつもりなんだろう。

『運命』なんて、簡単に言っちゃうんだから。

チャンミンさんって見かけによらず、実は相当な女たらしなんだ。

私をからかっているんだ。

そうだとしても、こんなやりとりはくすぐったくて、楽しい)

 

 

(つづく)

 

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