(92)NO?

 

 

~君とキスしたい~

 

一方、民の方といえば...。

 

作品作りに没頭するユンの指示に従って、てきぱきと立ち働いていた。

 

忠実に、敏捷に動いていれば、次々と襲うむなしさを忘れられるからだ。

 

とある老舗デパートのショーウィンドウを12月の一か月間、ユンの作品が飾る。

 

納期を1か月後に控え、制作工程も仕上げに差し掛かっていた。

 

搬入しやすよう、2メートル四方の作品は分割できる造りにせねばならず、つなぎ目の工夫にユンは民と共に知恵を絞った。

 

制作過程に参加させてくれることを、民は素直に喜んだ。

 

民の後頭部は、大きなリボンが飾られている。

 

Kのアイデアだ。

 

長めの頭頂部の髪で禿げた箇所を覆って、ヘアアクセサリで留めてある。

 

抜糸の済んだ傷も癒えた。

 

手を止めると、チャンミンのことが思い出されて仕方がなかった。

 

(ユンさんのことが好きなはずだったのに。

よそ見をしていたのは、私の方なのに...)

 

引っ越し日と翌日は、郷里から義母が来てあれこれと世話をやいてくれた。

 

布団一式と基本の家電を買ってもらい、夜は義母と1枚の布団を分け合って眠った。

 

真上の天窓の向こうは真っ黒で、星は見えなかった。

 

「辛くなったらいつでも帰っておいでね」

 

駅の改札前で別れる間際、義母の言葉に、「今すぐ帰りたい」と口走りそうになるのを必死で抑えた。

 

(どうしてこんなに寂しいんだろう)

 

ぺたりと床に座り込んだ民は、チャンミンの家を出て初めてぽろぽろと涙を流した。

 

届いた冷蔵庫を、苦も無く動かせる自分にも泣けてきた。

 

(チャンミンさんの手伝いがなくても、引っ越し作業くらい一人で出来るじゃない...)

 

シャワーのお湯が傷口を濡らしてしまい、雑な洗い方になってしまう自分に泣けてきた。

 

翌日、泣き腫らした顔で出勤してきた民に、ユンはおや、と眉を上げた。

 

新しい住所をユンに知らせると、「引っ越し祝いは何がいい?」と民に尋ねた。

 

帰宅途中、スーパーで食材を買ってきたものの、ジャガイモひとつうまく剥けない自分に泣けてきた。

 

(夕飯はずっと、チャンミンさんが作ってくれたから...)

 

民は調理をすることを諦めて、翌朝用に買った食パンをかじり、口の中がパサパサすることにも泣けてきた。

 

(チャンミンさんから距離を置こうと、決めたのは自分じゃない。

だって、チャンミンさんはリアさんのものなんだもの。

でも。

どうしてこんなに悲しいんだろう)

 

うかない顔の民に、ユンは「この子に、何かあったな」とひと目で感づいた。

 

「民くん。

チャンミン君は?」

 

「えっ!!」

 

ユンの口から出た「チャンミン」の名前に、民は動揺を隠せない。

 

「チャ、チャンミンさん、ですか?

さ、さあ...。

私、チャンミンさんのところをお暇してからは、会ってないです...」

 

「ところで、チャンミン君は、民くんとどういう関係なんだい?」

「えっ!

チャンミンさんは...あの...その...」

 

しどろもどろになる民に、

 

「すまないね。

君とチャンミン君は兄弟だなんて、勘違いをしていた」

 

民の本来の兄Tから、民が事故に遭ったと連絡があった時に、このことに気付いたのだ。

 

「非常に似ていたからね」

 

「は、はい。

全くの他人なんです」

 

「それなのに、一緒に住んでたんだ?」

 

「それは...チャンミンさんはお兄ちゃんのお友達なんです。

仕事と住むところが決まるまで、住まわせてもらっていたんです」

 

「本当に、それだけかい?」

 

意味深なユンに、民は両手を激しく振った。

 

「なあんにも。

全~然」

 

(それにしては...チャンミン君の態度が不自然だった。

『友人の弟』以上のものだったぞ...。

俺に噛みつかんばかりの目をしていた。

悟られたかな...。

ふうん。

チャンミン君もそっち側か。

面白くなりそうだな。

同じ顔を並べて、絡ませたら面白い作品が出来そうだな)

 

ユンの頭の中に、双子以上に同じ顔をした二人を前に制作をする光景が浮かぶ。

 

「モデルの方は、怪我がよくなってからにしよう。

ポーズをとらせたら辛いだろうから。」

 

そう言って民の身体を気遣ったユンは、民をモデルとしてポーズをとらせることから解放していた。

 

 

(つづく)

 

 

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