【99】NO?

 

~チャンミン~

 

「チャンミンさんは、動かないで下さいね」

 

「?」

 

民ちゃんは僕を通り過ぎると、僕の立つ2段下で立ち止まった。

 

「民ちゃん?」

 

「チャンミンさん。

もう1回ハグしてください」

 

「いいよ」と返事をする前に、僕の胸に民ちゃんの頭がとんと押しつけられた。

 

そっか、そういうことか...。

 

「...憧れだったんです」

 

「うん」

 

「もうちょっと、こうさせてください」

 

「いくらでも、どうぞ」

 

民ちゃんの柔らかい髪をすく。

 

怪我をした箇所も、言われなければ分からない。

 

よかった。

 

「へへへ。

何だか...照れますね」

 

「うん」

 

民ちゃんの頭が、僕より低い位置にあって新鮮だったけど、なんだか慣れない。

 

「胸がドキドキしてますよ。

興奮してますね」

 

「き、緊張だよっ...」

 

「......」

 

「民ちゃん?」

 

「...私」

 

民ちゃんは階段を1段上がった。

 

彼女の顔が1段近くなった。

 

濃い影で民ちゃんの表情は細かいところまで確認できない。

 

見えなくたって、大丈夫。

 

僕とおんなじ顔をしてるんだから。

 

民ちゃんは僕の肩に額をつけた。

 

「こんなところで話すことじゃないって、分かってます。

...でも、今言います!

私...」

 

「民ちゃん...待った!」

 

民ちゃんの口を覆った手の平に、彼女の温かく湿った息と柔らかな唇を感じる。

 

そのまま僕の額を民ちゃんの額にくっ付けた。

 

僕の周囲から一切の音が消えてしまう。

 

全神経を集中させるあまり、民ちゃんの羽のようなまつ毛が、パサパサとまばたく音まで聴こえてきそうだった。

 

ふぅっと呼吸を整える。

 

覆っていた手を離す。

 

民ちゃんの瞳に外灯のオレンジ色の光が映り込んで、つやつやと光っている。

 

傾けた頬をそうっと寄せる。

 

一瞬だけ目を合わす。

 

触れた瞬間、民ちゃんの頬がぴくりと震え、僕は彼女のあごに指を添えた。

 

そして、唇と唇を合わせた。

 

ずくんと腰の奥が痺れた。

 

僕は今、民ちゃんとキスをしている。

 

ふかふかに柔らかい、マシュマロよりもっと柔らかい、民ちゃんの唇に集中する。

 

触れていただけの唇をほんの数ミリ離して、今度は押しあてるものに。

 

次は、食むようにして柔らかさを味わった。

 

痛いくらいに心臓は早く打っている。

 

民ちゃんは息を止めているようだ。

 

直立不動、カチカチに硬直している姿が可愛らしくてたまらない。

 

僕は唇を離して、民ちゃんの頬を両手で包んだ。

 

宝物を扱うように、そっと優しく。

 

ふぅっと民ちゃんは息を吐く。

 

民ちゃんが息を吸うのを確かめて、僕はもう一度唇を塞いだ。

 

身体が沸騰しそうに熱かった。

 

舌を入れるのは未だ早いよな...でも、やっぱり入れたいよな、とかなんとか。

 

頬を包む手の薬指が、民ちゃんの耳の下の早い脈拍を感じとっている。

 

ねえ、民ちゃん。

 

ずっとキスしたかった。

 

夢みたいだ。

 

「んっ...」

 

僕の胸の上で、民ちゃんの指がもぞもぞと動いている。

 

「チャ...ン...ミンさん」

 

塞がれた下で、民ちゃんが喘ぐ。

 

「嫌?」

 

唇を重ねたまま問う。

 

民ちゃんはふるふると首を横に振った。

 

「くる...苦しいです」

 

「深呼吸しよっか?」

 

民ちゃんの背を撫ぜてやる。

 

「ごめんなさい...」

 

ヤバい。

 

民ちゃんが可愛い。

 

キスに慣れていない民ちゃんが、可愛らしくてたまらない。

 

「私...あの...!」

 

「しーっ。

民ちゃん、よく聞いて」

 

民ちゃんの顔を覗き込んだ。

 

「好きだ」

 

「!」

 

「民ちゃんのことが、好きだよ」

 

「!」

 

「大好きだ」

 

民ちゃんは僕の胸に顔を埋めてしまった。

 

民ちゃんは照れている。

 

真っ赤な顔をして、ぴんと立った両耳も火照っているはずだ。

 

「好き」の一言だけじゃ、言い表せないくらい好きなんだけどね。

 

全部ぶちまけたらきっと、民ちゃんを驚かせてしまうだろうな。

 

「...チャンミンさん...」

 

「ん?」

 

「私...」

 

顔を押しつけたままもごもご言うから、くぐもった声が聞きとりにくい。

 

「...好き...です」

 

背筋に電流が流れたかのようだった。

 

「チャンミンさんが...好き...です」

 

ぶわっと涙が膨らんだ。

 

(つづく)

 

 

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