~チャンミン~
「チャンミンさんは、動かないで下さいね」
「?」
民ちゃんは僕を通り過ぎると、僕の立つ2段下で立ち止まった。
「民ちゃん?」
「チャンミンさん。
もう1回ハグしてください」
「いいよ」と返事をする前に、僕の胸に民ちゃんの頭がとんと押しつけられた。
そっか、そういうことか...。
「...憧れだったんです」
「うん」
「もうちょっと、こうさせてください」
「いくらでも、どうぞ」
民ちゃんの柔らかい髪をすく。
怪我をした箇所も、言われなければ分からない。
よかった。
「へへへ。
何だか...照れますね」
「うん」
民ちゃんの頭が、僕より低い位置にあって新鮮だったけど、なんだか慣れない。
「胸がドキドキしてますよ。
興奮してますね」
「き、緊張だよっ...」
「......」
「民ちゃん?」
「...私」
民ちゃんは階段を1段上がった。
彼女の顔が1段近くなった。
濃い影で民ちゃんの表情は細かいところまで確認できない。
見えなくたって、大丈夫。
僕とおんなじ顔をしてるんだから。
民ちゃんは僕の肩に額をつけた。
「こんなところで話すことじゃないって、分かってます。
...でも、今言います!
私...」
「民ちゃん...待った!」
民ちゃんの口を覆った手の平に、彼女の温かく湿った息と柔らかな唇を感じる。
そのまま僕の額を民ちゃんの額にくっ付けた。
僕の周囲から一切の音が消えてしまう。
全神経を集中させるあまり、民ちゃんの羽のようなまつ毛が、パサパサとまばたく音まで聴こえてきそうだった。
ふぅっと呼吸を整える。
覆っていた手を離す。
民ちゃんの瞳に外灯のオレンジ色の光が映り込んで、つやつやと光っている。
傾けた頬をそうっと寄せる。
一瞬だけ目を合わす。
触れた瞬間、民ちゃんの頬がぴくりと震え、僕は彼女のあごに指を添えた。
そして、唇と唇を合わせた。
ずくんと腰の奥が痺れた。
僕は今、民ちゃんとキスをしている。
ふかふかに柔らかい、マシュマロよりもっと柔らかい、民ちゃんの唇に集中する。
触れていただけの唇をほんの数ミリ離して、今度は押しあてるものに。
次は、食むようにして柔らかさを味わった。
痛いくらいに心臓は早く打っている。
民ちゃんは息を止めているようだ。
直立不動、カチカチに硬直している姿が可愛らしくてたまらない。
僕は唇を離して、民ちゃんの頬を両手で包んだ。
宝物を扱うように、そっと優しく。
ふぅっと民ちゃんは息を吐く。
民ちゃんが息を吸うのを確かめて、僕はもう一度唇を塞いだ。
身体が沸騰しそうに熱かった。
舌を入れるのは未だ早いよな...でも、やっぱり入れたいよな、とかなんとか。
頬を包む手の薬指が、民ちゃんの耳の下の早い脈拍を感じとっている。
ねえ、民ちゃん。
ずっとキスしたかった。
夢みたいだ。
「んっ...」
僕の胸の上で、民ちゃんの指がもぞもぞと動いている。
「チャ...ン...ミンさん」
塞がれた下で、民ちゃんが喘ぐ。
「嫌?」
唇を重ねたまま問う。
民ちゃんはふるふると首を横に振った。
「くる...苦しいです」
「深呼吸しよっか?」
民ちゃんの背を撫ぜてやる。
「ごめんなさい...」
ヤバい。
民ちゃんが可愛い。
キスに慣れていない民ちゃんが、可愛らしくてたまらない。
「私...あの...!」
「しーっ。
民ちゃん、よく聞いて」
民ちゃんの顔を覗き込んだ。
「好きだ」
「!」
「民ちゃんのことが、好きだよ」
「!」
「大好きだ」
民ちゃんは僕の胸に顔を埋めてしまった。
民ちゃんは照れている。
真っ赤な顔をして、ぴんと立った両耳も火照っているはずだ。
「好き」の一言だけじゃ、言い表せないくらい好きなんだけどね。
全部ぶちまけたらきっと、民ちゃんを驚かせてしまうだろうな。
「...チャンミンさん...」
「ん?」
「私...」
顔を押しつけたままもごもご言うから、くぐもった声が聞きとりにくい。
「...好き...です」
背筋に電流が流れたかのようだった。
「チャンミンさんが...好き...です」
ぶわっと涙が膨らんだ。
(つづく)
[maxbutton id=”27″ ]