(18)会社員-愛欲の旅-

 

 

社員旅行実行委員が心血注ぐものといえば、宴会タイムであろう。

 

ここは製造部門から営業部門まで、性格の異なる部署の寄せ集めだ。

 

彼らを全員まんべんなく楽しませることは困難だ。

 

ところが、俺の恋人チャンミンは皆の者を平等にもてなそうと必死だった。

 

景品をテーブルに陳列しては、ビールの本数を数え、適当に席につこうとする社員に正しい席を指示し、かと思えばマイクテストを行っている。

 

きりきり舞いのチャンミンの姿を、俺はヤキモキしながら眺めていた。

 

「ユンホさんは指一本、手出ししないでください!」と、ビシッと人差し指を突きつけ命令したのだ。

 

(理由は簡単だ。俺の勇姿を女性社員たちに見せるわけにはいかないんだとさ、くだらない...けれど、口には出さない)

 

それにしたってあまりにもチャンミンが可哀想だった。

 

開始5分前になってようやく現れた、残りの実行委員メンバーたちを手招きし、「チャンミンは体調不良らしいから、手伝ってやってくれ」と適当な嘘をついた。

 

自惚れだと思われても仕方がないが、俺はまあまあ営業成績もよく、社内では営業部はやはり花形部署にあたる。

 

そんな俺が手を合わせて頼めば、女性ばかりの実行委員3名は嫌だとは言いにくい。

 

(...なるほど。

チャンミンはいかにも女性に弱そうで、全てを押し付けられた風に見えた。

実際のところは、一切手抜きをしない堅物な彼に全てをゆだねた方が、スムーズに事が進むと判断してもおかしくない。

つまり、チャンミンは自らすすんで、一手に引き受けてひーひー言っているわけだ)

 

2卓に1本ずつビール瓶を、3卓に1本ずつウーロン茶を配るチャンミン。

 

屈むたびに浴衣の合わせから裸の胸が見えている。

 

バッタバタしていて、浴衣が着乱れていることに気づいていないらしい。

 

今度は俺の方がヒヤヒヤしていた。

 

かっちり固めた七三分けが乱れ、ナチュラルなヘアスタイルに戻っており、厚めにおろした前髪の下の両目は愛嬌たっぷりだ。

 

数ある趣味のうちのひとつが、筋トレだと話していた。

 

クソ真面目、垢抜けない容姿、ところが何気に鍛えていたりする。

 

ダサいスーツ姿が煙幕になっていたが、もともとの素材がいいため、シンプルでカジュアルな私服姿だと魅力が大爆発だ。

 

(まずいな...チャンミンは実はとてもいい男だとバレてしまう!)

 

女性社員たちにキャーキャー言われたとしても、俺への恋心がぐらつく恐れはないと、なぜか自信があったりする。

 

なぜか?

 

なんとなくそうとしか、今の俺には言えない。

 

その辺りの分析は後日に回そうと思った。

 

深く屈むと、帯を締めた下腹あたりまで丸見えじゃないか!

 

ヘソが見えてるじゃないか!

 

事務職なのに、無駄に割れた腹筋。

 

(由々しきことだ!)

 

そこにはウメコに仕込まれた物が見当たらないことを確認後、半端に余った数本のビールの割り振りに考えこんでいるチャンミンに耳打ちした。

 

「チャンミン、俺についてこい」

 

「ユンホさん!

席についててください!」

 

「いいから!

ちょっとこっちに来い!」

 

俺は会場外までチャンミンを引っ張ってゆき、彼の肩を抱いた。

 

(大丈夫、そこは配膳用エレベーター前で、わが社の者たちは誰もいない)

 

「頑張りすぎだぞ?

見ていて心配してしまう。

せっかくの旅行だ、もっと肩の力を抜けよ」

 

「でも...僕には役目があって」

 

「全部ひとりでやろうとするから駄目なんだ。

他の委員の奴にも仕事を振ってやれよ。

彼女たちにも役目をあげないと、な?」

 

「...ユンホさん」

 

「チャンミンがずっと出ずっぱりだと、俺がつまんないじゃん。

どうせ席は隣同士なんだろ?」

 

「寂しいんですね?」

 

「ああ。

それになチャンミン。

俺たちは『旅行中』なんだぞ?

仕事中じゃない。

飯も酒もここのスタッフさんが世話してくれるんだ。

お前は頑張るな、分かった?」

 

「...はい」

 

『チューしてください』とおねだりされる前に、俺は唇が触れるだけのキスをする。

 

チャンミンはぼんっと真っ赤に染まった頬を両手で扇ぎ、「先に行っててください」と俺の背を押した。

 

会場に戻ってみると、実行委員の2名が文句たらたらの社員たちの対応に困り顔だった。

 

ほぼ全員が揃った会場を見渡し、俺は深いため息をついた。

 

(チャンミン...お前ってやつは)

 

これまでの行程でも、チャンミンは実行委員の権力を乱用してきた。

 

挙げだしたらキリがないが、いくつかを紹介しよう。

 

宴会会場では、厳密な指定制でもくじ引き制でもなかった。

 

俺の席がチャンミンの隣だった点は予想通りだった...が。

 

「......」

 

宴会場の席割りに込められたチャンミンの意図がよめず、俺はしばし考え込んでしまった。

 

 

(つづく)

 

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