宴会は中盤戦。
チャンミンはガラガラと景品を並べたテーブルへ、ビンゴゲームの用意を始めた。
ところがすぐに戻ってきて、つんつん俺の浴衣の袖を引っ張った。
「...ユンホさん。
僕はポカしました」
「どうした?」
「ガラガラの玉を忘れてきました」
「はあぁぁ?
玉がなくっちゃガラガラ持ってきた意味がないだろ?」
「じゃらじゃらうるさいから、球だけ袋に入れてたんです。
スーツケースの隙間に詰めて持ってきたはずです。
部屋まで取りに行ってきます」
「ああ」
「......」
振り向くとチャンミンは、まだそこに突っ立っている。
「?」
「......」
「......」
「......」
「一緒に行ってやるよ」
俺はため息をつき、立ち上がった。
部屋に忘れ物を取りに行くだけのこと。
二人がかりで運ばないといけない物でも、館内を探し回らないといけない物でもない。
つまるところ、チャンミンは俺と二人きりになりたいだけなのだ。
しょうがないなぁ、とボヤキながら、チャンミンに付き合ってやってる自分が嫌いじゃない。
我が儘な彼女の言いなり...とは全く次元が違う。
チャンミンの我が道を貫く姿勢を、我が儘と捉えてしまうような浅い見方をしたらいけない。
本人は俺を振り回すつもりも、甘えてるつもりもない『素』の姿。
30を過ぎてもいい意味で『純粋』、悪い意味で『イタイ子』
チャンミンは、自分がズレてる子であると、ちゃんと分かっている。
「普通っぽくならないと!」と直そうとしなくていいからな。
パタパタとスリッパを鳴らして、小走りのチャンミンを追いかけた。
・
「どうだ、見つかったか?」
俺は部屋の入り口にもたれて、スーツケースをかき回すチャンミンを見守っていた。
濡れ縁の窓ガラスの外は真っ暗だ。
6組の布団は既に延べられており、白いシーツが眩しい。
「あれ?
あれれ?」
スーツケースの中身も全出し、着替えの入ったリュックサックもひっくり返しているあたり...忘れてきたのだろう。
「どうしましょう!?」
チャンミンはムンクの叫びポーズになって俺を見上げた。
すとん、と藤椅子に腰を落とし、がっくり項垂れてしまった。
綿密に準備を重ねてきた出し物が、肝心要なところで台無しになりそうだった。
「ないものは仕方ないぞ」
チャンミンが気の毒過ぎて、俺は彼の足元に膝まづき肩を抱いた。
「どうしてもビンゴにしないといけないのか?」
こくん、とチャンミンは頷いた。
「チャンミンが適当に数字を読み上げるってのはどうだ?」
「...ふふふ...」
「?」
くつくつと、チャンミンの肩が震え出した。
「こんなこともあろうかと思いまして、ちゃあんと代替策を用意してあるのです」
がばっと顔を上げ、チャンミンはウィンクした(か、可愛い)
「さっすが、チャンミン委員長!」
チャンミンはスーツケースから、割りばしの束を取り出した。
「じゃあぁぁあん!」
「?」
それはチャンミン自作のくじ引き棒だった。
「割りばしの先に、線を付けています。
1本が1等賞、2本が2等賞。
10等賞まで用意しています」
「せっかくガラガラを持ってきたのになぁ。
残念だったな」
「残念ですけど、忘れん坊の僕が悪かっただけです。
くじ引き棒を忘れたら、紙に数字をかいて皆さんにひいてもらう方式もとれます」
最初からその方法をとれば手間もなかっただろうに。
演出にこだわるチャンミンは、ガラガラをチョイスした。
人付き合いは苦手で、社内ではどちらかというと馬鹿にされているのに、参加者を楽しませようと一生懸命なチャンミン。
健気過ぎて、「よくやった」と褒美をあげたくなる。
(何を?
何がいいだろうね。
何をあげても喜びそうな、逆に気に入ってもらえなさそうな。
そんな難しさがチャンミンにはある)
社員たちは宴会場。
ここはヲタク部屋で、団体行動に耐えかねて早々と同室の者が戻ってくる恐れはあったけれど、今の俺たちは二人きり。
チャンミンにキスしてしまっても仕方がない。
(つづく)
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