(5)会社員-愛欲の旅-

 

 

「ノンケだった女たらしが、その気のある内気なBOYに押し倒される...。

めくるめく禁断の愛...。

萌えるわぁ」

 

「おい!

女たらしってどういうことだよ!?」

 

俺の抗議など完全に無視をしたウメコは、きつめにひいた太いアイラインの下で、瞳をキラキラと輝かせていた。

 

ウメコはうっとりと「エロいわぁ」と繰り返す。

 

ウメコはああ言ったが、俺は女たらしじゃない。

 

モテまくった経験はないし、とっかえひっかえと女性関係が派手だったこともない。

 

世の30代男性並みに、それなりに彼女がいてそれなりに失恋を味わってきた。

 

そんなごくごく普通の男の俺が、こともあろうに同僚の野郎に恋をすることになるなんて...。

 

通勤電車の中で、業務の合間に、就寝前にと、繰り返しこの思いを噛みしめていた。

 

男のチャンミンを好きになった...これには何か深い意味がある。

 

俺の中の常識を飛び越えてしまうだけの魅力がチャンミンにある、という意味が。

 

「いやらしいこと考えてたでしょう?」

 

ウメコに額を突かれ、俺は現実に引き戻される。

 

知らないうちに顔がにやついていたらしい。

 

ウメコ発言をうっかりスルーしてしまうところだった!

 

「...ウメコ。

さっきから、俺が『押し倒される』前提なのはどういうことだ?」

 

「あら?

あなた、チャンミン君を『押し倒す』つもりでいたの?

その根拠はなあに?」

 

「...なんとなく」

 

はっきり問われると、「なんとなく」としか答えられないのだ。

 

「ユノはそのつもりでも、チャンミン君の方は違うかもよ?」

 

ふっふっふっと、ウメコは意味ありげに目を細めた。

 

「?」

 

「私が焚きつけたせいかしら」

 

「はあ!?」

 

「チャンミン君がね、ここに来たのよ」

 

「チャンミンが!?」

 

俺はスツールから勢いよく立ち上がり、カウンター越しに身を乗り出した。

 

「でね、ユノを愛すにはどうやればいいか教えて欲しいって。

あらっ!

これは内緒だったわ。

ごめんなさい、私の言葉は忘れて頂戴」

 

ウメコはわざとらしく、目を丸くして口を両手(まるぽちゃの指にドクロや鎖を模したリングをはめている)で覆った。

 

うっかりポロっとなんかじゃない、ウメコの性格からして、これはわざとだ。

 

「ウメコ...余計なことを吹き込んだんだろう?」

 

「忘れてと言ったでしょう?

言えないわぁ。

...『忘れる』呪文を唱えてあげましょうか?」

 

「い、や、だ!」

 

ウメコの呪文だか魔法の薬は、あらぬ方向に強烈に効いてしまうシロモノがほとんどなのだ。

 

チャンミンを好きだという感情まで忘れてしまったら困る。

 

チャンミンがウメコに会いにきた理由はつまり...ハウツーを習いに来たのか?

 

「...そういうことか」

 

俺の看病をしにやって来たとき、チャンミンの言動がおかしかった。

 

そのせいでこの数日間、俺は悩んできたのだ。

 

犯人は目の前にいる、女装家兼呪術研究家だ。

 

「ユノが私に相談したい事って、つまり『アレのこと』でしょう?」

 

「...まあ...そんなところだ」

 

「それで、チャンミン君があなたの家に来て、何があったの?

はやく本題に入りなさい!」

 

 


 

 

チャンミンの手料理は美味かった。

 

つっかえつっかえのクッキングだったようだが、出来栄えは素晴らしかった。

 

あいにく俺の家には気のきいた食器などないため、鍋やフライパンのままテーブルに並ぶこととなった。

 

お粥は登場しなかったし、土鍋料理もなかった(持参してきた土鍋は用無し)

 

チャンミンの料理がどれだけ素晴らしかったかを説明し出したら、話が長くなってしまうから割愛させてもらう。

 

 

 

 

食事後。

 

「ユンホさん!

体温計を見せてください」

 

と、突き出した手をひらひらさせた。

 

「熱は...38℃...くらいかな?」

 

「僕を騙そうたって、そうは問屋がおろしませんよ?

僕に見せてください」

 

実は熱が39℃近くあるのを、チャンミンに心配をかけまいと低めに申告した...おそらく彼はそう考えたのだろう。

 

チャンミンの逞しく長い腕には抵抗できず、体温計を奪われてしまった。

 

「...あり?」

 

「そうだよ。

今の俺は微熱程度。

チャンミンには心配かけて申し訳ないが、俺は回復に向かっている」

 

37.5℃と表示された体温計。

 

つまり、寝ずの看病をしてもらわなくても、俺は全然平気なのだ。

 

こうまで張り切っているチャンミンに悪くて、つい仮病を使ってしまったのだ。

 

「ユンホさん、僕の出る幕はありませんね」と、がっくり肩を落として、持ち込んだ荷物を背負って、とぼとぼと帰ってゆく...。

 

そうなのだ、チャンミンに帰ってもらったら俺は寂しいのだ。

 

微熱程度であっても、身体が弱っていると独りは心細い。

 

男にはそんな弱さがあると思う、痛みに弱いというか...(女性は強いのだ)

 

「夜中に熱が出るかもしれませんし...。

心配なので予定通り、ユンホさんのお部屋にお泊りさせていただきます!」

 

チャンミン宣言に、すげぇ嬉しかったけど、「そんな...悪いよ」なんて遠慮してみたりして。

 

「さささ。

ユンホさん、お着替えしましょう」

 

「え?

このままじゃ駄目なの?」

 

俺の部屋着兼寝間着は、ジャージパンツにパーカーだ。

 

「汗をかいたでしょう?

お着替えしたら気分もさっぱりしますよ。

微熱があるのだから、お風呂にも入れませんし」

 

「いや...今からシャワーでも浴びようかと...」

 

「いけません!

その代わり、ホットタオルで拭いてあげましょう」

 

「!」

 

チャンミンに身体を拭いてもらうなんて、恥ずかしすぎる。

 

(『ユンホさん、大事なアソコも拭かないと。

手をどかして下さい』

 

『自分で拭けるって!

タオルを貸してくれ』

 

『恥ずかしがらないで。

僕はユンホさんの恋人なんですよ。

全てを僕に見せて下さいな』

 

『...分かった。

でも、見てビックリするなよ?』

 

『心配ご無用!

優しく拭きますから。

さささ、その手を退けて下さいな』

 

『...』

 

『(チャンミン心の声)

ユユユユユユ、ユンホさん!

なんて立派な!

...どうしよう...はいるかな...ドキドキ』

 

『チャンミン。

そんなソフトタッチじゃ汚れが落ちないぞ。

もっとガシガシ拭いてくれ』

 

...みたいな?)

※まずいな...俺の妄想力がどんどん鍛えられてきている。

 

「いいって!

身体は濡らさないから頭だけ洗わせてくれ」

 

「う~ん。

仕方がないですねぇ」

 

渋い顔のチャンミンを置いて、俺は浴室に駆け込んだ。

 

チャンミンが...付き合いたての恋人が、俺の部屋にいる!

 

あれやこれやで、しみじみ実感する間がなかった。

 

チャンミンが待っていると思うと落ち着かなくて、慌ただしいシャワータイムとなった。

 

俺と入れ替わりにチャンミンも風呂に入るのかと思ったら、「家で入ってきた」とのこと。

 

(俺の部屋に来るまで時間がかかったのも納得。荷造りに入浴、食材調達。さぞ忙しかっただろうに)

 

チャンミンのリュックサックから、タオルだの洗面ポーチだのパジャマだのが出てくる。

 

洗面所から(俺の前で着替えるのは恥ずかしいんだって)出てきたパジャマ姿が可愛いのなんのって。

 

お次は、チャンミンはどこに寝るかでひと悶着あった...。

 

 

 

 

こんな具合に『チャンミン看病日記』を事細かに説明していったら、なかなか本題に入れない。

 

これでも端折ったつもりだ。

 

イチゴ柄のパジャマだったとか、化粧水を塗ってテカテカに光った顔が可愛かったとか、洗いっぱなしの髪になるとやっぱりいい男だったとか...のろけ話なんてウメコにはどうでもいいのだ。

 

俺とチャンミンはひとつベッドで就寝したのかどうか...これもウメコにとってどうでもいいことなんだ。

 

俺たちがヤッたのか、その直前まで進んだのか、その内訳と感想も含めてウメコは知りたいのだ。

 

結論から言うと、ヤッていない。

 

省略しようにもヤッていないのだから、どんなベッドタイムを過ごしたかなんて話しようがないのだ。

 

「なぜ本番まで至らなかったのか?」までを説明していたら夜が明けてしまうので、後回しにさせてもらう。

 

そろそろ本題に入りたいと思う。

 

ウメコなんて半眼になってウトウトしている。

 

微熱はあるが俺の体調はまあまあで、その気になればヤろうと思えばできたし、本番までいかなくてもいちゃいちゃは出来たはずだ。

 

ところが、それが出来なかった。

 

ちなみにあの夜は、俺はベッドに、チャンミンは持参してきた寝袋で寝た。

 

 

(つづく)

 

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