「ノンケだった女たらしが、その気のある内気なBOYに押し倒される...。
めくるめく禁断の愛...。
萌えるわぁ」
「おい!
女たらしってどういうことだよ!?」
俺の抗議など完全に無視をしたウメコは、きつめにひいた太いアイラインの下で、瞳をキラキラと輝かせていた。
ウメコはうっとりと「エロいわぁ」と繰り返す。
ウメコはああ言ったが、俺は女たらしじゃない。
モテまくった経験はないし、とっかえひっかえと女性関係が派手だったこともない。
世の30代男性並みに、それなりに彼女がいてそれなりに失恋を味わってきた。
そんなごくごく普通の男の俺が、こともあろうに同僚の野郎に恋をすることになるなんて...。
通勤電車の中で、業務の合間に、就寝前にと、繰り返しこの思いを噛みしめていた。
男のチャンミンを好きになった...これには何か深い意味がある。
俺の中の常識を飛び越えてしまうだけの魅力がチャンミンにある、という意味が。
「いやらしいこと考えてたでしょう?」
ウメコに額を突かれ、俺は現実に引き戻される。
知らないうちに顔がにやついていたらしい。
ウメコ発言をうっかりスルーしてしまうところだった!
「...ウメコ。
さっきから、俺が『押し倒される』前提なのはどういうことだ?」
「あら?
あなた、チャンミン君を『押し倒す』つもりでいたの?
その根拠はなあに?」
「...なんとなく」
はっきり問われると、「なんとなく」としか答えられないのだ。
「ユノはそのつもりでも、チャンミン君の方は違うかもよ?」
ふっふっふっと、ウメコは意味ありげに目を細めた。
「?」
「私が焚きつけたせいかしら」
「はあ!?」
「チャンミン君がね、ここに来たのよ」
「チャンミンが!?」
俺はスツールから勢いよく立ち上がり、カウンター越しに身を乗り出した。
「でね、ユノを愛すにはどうやればいいか教えて欲しいって。
あらっ!
これは内緒だったわ。
ごめんなさい、私の言葉は忘れて頂戴」
ウメコはわざとらしく、目を丸くして口を両手(まるぽちゃの指にドクロや鎖を模したリングをはめている)で覆った。
うっかりポロっとなんかじゃない、ウメコの性格からして、これはわざとだ。
「ウメコ...余計なことを吹き込んだんだろう?」
「忘れてと言ったでしょう?
言えないわぁ。
...『忘れる』呪文を唱えてあげましょうか?」
「い、や、だ!」
ウメコの呪文だか魔法の薬は、あらぬ方向に強烈に効いてしまうシロモノがほとんどなのだ。
チャンミンを好きだという感情まで忘れてしまったら困る。
チャンミンがウメコに会いにきた理由はつまり...ハウツーを習いに来たのか?
「...そういうことか」
俺の看病をしにやって来たとき、チャンミンの言動がおかしかった。
そのせいでこの数日間、俺は悩んできたのだ。
犯人は目の前にいる、女装家兼呪術研究家だ。
「ユノが私に相談したい事って、つまり『アレのこと』でしょう?」
「...まあ...そんなところだ」
「それで、チャンミン君があなたの家に来て、何があったの?
はやく本題に入りなさい!」
チャンミンの手料理は美味かった。
つっかえつっかえのクッキングだったようだが、出来栄えは素晴らしかった。
あいにく俺の家には気のきいた食器などないため、鍋やフライパンのままテーブルに並ぶこととなった。
お粥は登場しなかったし、土鍋料理もなかった(持参してきた土鍋は用無し)
チャンミンの料理がどれだけ素晴らしかったかを説明し出したら、話が長くなってしまうから割愛させてもらう。
・
食事後。
「ユンホさん!
体温計を見せてください」
と、突き出した手をひらひらさせた。
「熱は...38℃...くらいかな?」
「僕を騙そうたって、そうは問屋がおろしませんよ?
僕に見せてください」
実は熱が39℃近くあるのを、チャンミンに心配をかけまいと低めに申告した...おそらく彼はそう考えたのだろう。
チャンミンの逞しく長い腕には抵抗できず、体温計を奪われてしまった。
「...あり?」
「そうだよ。
今の俺は微熱程度。
チャンミンには心配かけて申し訳ないが、俺は回復に向かっている」
37.5℃と表示された体温計。
つまり、寝ずの看病をしてもらわなくても、俺は全然平気なのだ。
こうまで張り切っているチャンミンに悪くて、つい仮病を使ってしまったのだ。
「ユンホさん、僕の出る幕はありませんね」と、がっくり肩を落として、持ち込んだ荷物を背負って、とぼとぼと帰ってゆく...。
そうなのだ、チャンミンに帰ってもらったら俺は寂しいのだ。
微熱程度であっても、身体が弱っていると独りは心細い。
男にはそんな弱さがあると思う、痛みに弱いというか...(女性は強いのだ)
「夜中に熱が出るかもしれませんし...。
心配なので予定通り、ユンホさんのお部屋にお泊りさせていただきます!」
チャンミン宣言に、すげぇ嬉しかったけど、「そんな...悪いよ」なんて遠慮してみたりして。
「さささ。
ユンホさん、お着替えしましょう」
「え?
このままじゃ駄目なの?」
俺の部屋着兼寝間着は、ジャージパンツにパーカーだ。
「汗をかいたでしょう?
お着替えしたら気分もさっぱりしますよ。
微熱があるのだから、お風呂にも入れませんし」
「いや...今からシャワーでも浴びようかと...」
「いけません!
その代わり、ホットタオルで拭いてあげましょう」
「!」
チャンミンに身体を拭いてもらうなんて、恥ずかしすぎる。
(『ユンホさん、大事なアソコも拭かないと。
手をどかして下さい』
『自分で拭けるって!
タオルを貸してくれ』
『恥ずかしがらないで。
僕はユンホさんの恋人なんですよ。
全てを僕に見せて下さいな』
『...分かった。
でも、見てビックリするなよ?』
『心配ご無用!
優しく拭きますから。
さささ、その手を退けて下さいな』
『...』
『(チャンミン心の声)
ユユユユユユ、ユンホさん!
なんて立派な!
...どうしよう...はいるかな...ドキドキ』
『チャンミン。
そんなソフトタッチじゃ汚れが落ちないぞ。
もっとガシガシ拭いてくれ』
...みたいな?)
※まずいな...俺の妄想力がどんどん鍛えられてきている。
「いいって!
身体は濡らさないから頭だけ洗わせてくれ」
「う~ん。
仕方がないですねぇ」
渋い顔のチャンミンを置いて、俺は浴室に駆け込んだ。
チャンミンが...付き合いたての恋人が、俺の部屋にいる!
あれやこれやで、しみじみ実感する間がなかった。
チャンミンが待っていると思うと落ち着かなくて、慌ただしいシャワータイムとなった。
俺と入れ替わりにチャンミンも風呂に入るのかと思ったら、「家で入ってきた」とのこと。
(俺の部屋に来るまで時間がかかったのも納得。荷造りに入浴、食材調達。さぞ忙しかっただろうに)
チャンミンのリュックサックから、タオルだの洗面ポーチだのパジャマだのが出てくる。
洗面所から(俺の前で着替えるのは恥ずかしいんだって)出てきたパジャマ姿が可愛いのなんのって。
お次は、チャンミンはどこに寝るかでひと悶着あった...。
・
こんな具合に『チャンミン看病日記』を事細かに説明していったら、なかなか本題に入れない。
これでも端折ったつもりだ。
イチゴ柄のパジャマだったとか、化粧水を塗ってテカテカに光った顔が可愛かったとか、洗いっぱなしの髪になるとやっぱりいい男だったとか...のろけ話なんてウメコにはどうでもいいのだ。
俺とチャンミンはひとつベッドで就寝したのかどうか...これもウメコにとってどうでもいいことなんだ。
俺たちがヤッたのか、その直前まで進んだのか、その内訳と感想も含めてウメコは知りたいのだ。
結論から言うと、ヤッていない。
省略しようにもヤッていないのだから、どんなベッドタイムを過ごしたかなんて話しようがないのだ。
「なぜ本番まで至らなかったのか?」までを説明していたら夜が明けてしまうので、後回しにさせてもらう。
そろそろ本題に入りたいと思う。
ウメコなんて半眼になってウトウトしている。
微熱はあるが俺の体調はまあまあで、その気になればヤろうと思えばできたし、本番までいかなくてもいちゃいちゃは出来たはずだ。
ところが、それが出来なかった。
ちなみにあの夜は、俺はベッドに、チャンミンは持参してきた寝袋で寝た。
(つづく)
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