(1)俺の彼氏はオメガ君

 

 

<βの中のαとΩ>

 

『この世には、男女のほかにアルファ(α)、ベータ(β)、オメガ(Ω)の3つの性がある。

 

①アルファの男、②アルファの女、③ベータの男、④ベータの女、⑤オメガの男、⑥オメガの女の計6種類の性別がある。

30年前まではアルファ属とオメガ属はそれぞれ全人口の10パーセントを占めていたが、年々減少の一途をたどり、現在は全人口の5パーセントとなった。

内訳としてはアルファ属が4.9パーセント、オメガ属が0.1パーセントで、特にオメガは絶滅を危惧される属種となった。

20××年、『アルファオメガ保護法』が可決され、国は10ヵ年計画で希少種となった2属種の保全活動に乗り出した』...か。

ふん...!」

 

ユノはタブレット端末を脇に押しやり、大きく背伸びをした。

 

「う~~~ん」

 

あと十数分もしたら勤務開始なのに、ユノの全身が重だるく、胃もムカムカした。

 

しょぼしょぼする目に朝日が眩しい。

 

「ぎりぎりまで身体をやすめよう」と、ユノはベンチの背にのけぞったまま目をつむった。

 

(あ~、吐き気が止まねぇ。

レモンはあったっけ...?)

 

共用冷蔵庫の野菜室の奥で干からびかけているレモンを思い出してみる。

 

この吐き気は、二日酔いでも、食中毒でも、さらには神経性のものでもなく、ユノには原因がはっきりと分かっている症状だった。

 

こんな時はレモンをまるかじりすると、胃袋ごと飛び出てきそうな吐き気が和らぐのだ。

(理想はフレッシュイチゴだが、共用冷蔵庫に入れたりなんかしたら、1時間もしないうちに姿を消す)

 

ユノという男は眉目秀麗、長身痩躯、そして、頑健な肉体を持っていた。

 

人々の注目を浴びても仕方がないルックスのため、周囲からは「ユノ君って、アルファ属だったりして」と、半ば本気の軽口を言われることもたびたび。

 

センター長を除いた全員がベータ属の環境下、『アルファだったりして?』のからかいは、ユノの心拍数を容易に上昇させることができるのだ。

 

つまり...ユノはアルファ属。

 

アルファ属である身分を隠して、ベータ属...全人口の95 パーセント...の世界で暮らしている。

 

アルファ属の優位性がかつてより増したことで、かつてより崇め奉られる存在となった。

 

より特別な存在になったことで、アルファの優位性を謳歌する者が多い中、ユノはそれを面倒だと思っていた。

 

(俺はベータとして生きてゆく)

 

これまで、自身の属性をひた隠し、ベータらしく生きてこられたのも、アルファ属ゆえの要領のよさともいえるが...。

 

突如、ユノの視界が丸い影に覆われた。

 

「ばあ」

「わっ!!!」

 

ユノは叫んで弾け起き、自分を驚かせた人物を睨みつけた。

 

その人物は「いないいないばあ」と、両手の平をダンボの耳にしている。

 

「おっはー」

 

シミひとつないなめらかな色白肌に、頬はつやつやと薔薇色、額の真ん中で分けた、ふわふわ癖っ毛は赤銅色...いわゆる赤毛...をしている。

 

男性用の制服を着ているけれど、ワンピースを着せても似合いそうな中性的な雰囲気を漂わせた男。

 

その名はチャンミン。

 

「ガキみたいなことすんなよ!」

 

「てへ、ごめんなさい」

 

チャンミンは首をこてん、と傾け、舌をチラ見せしてみせる。

 

(く...か、可愛い)

 

チャンミンは可愛らしいルックスと言動で、ユノを始終ドギマギさせている。

 

ところが、ユノの心拍数を上げてしまうのは、チャンミンの中性的な雰囲気だけじゃない。

 

幼馴染で、お隣さんで、両親の転勤で離れ離れになったけれど、17歳の時再会し、いろいろすったもんだあった末、『いい感じ』になれただけが理由じゃない。

 

...チャンミンはオメガ属なのだ。

 

アルファ属を惹きつけてやまないオメガ。

 

全人口の0.1パーセントしか存在しないとされるオメガ。

 

「ユノ...顔色が悪いデスネ」

 

「お前のせいだろう?」

 

「スミマセン」

 

ユノは「てへへ」と鼻の頭をかくチャンミンの仕草に、「可愛すぎるんだよ、この野郎」と萌えていた。

 

すると突然、ユノはチャンミンに手首を掴まれ、ある場所へと引きずられていった。

 

「おい、こらっ!」

 

トイレの個室のひとつに押し込められたのだ。

 

「じゅーでん」

 

そう言ってチャンミンは、ユノに抱きついてきた。

 

アルファの背に回したオメガの両腕なんて楽々と払いのけられるのに、ユノはされるがままでいた。

 

「......」

 

ガタンバタン、ザザー。

 

ドアの向こうでは、用をたす者たちが出入りしている。

 

(個室に籠る男2人とくれば、アレしてると思われる!)

 

1分経過。

 

チャンミンはユノの胸から離れると、

 

「あんがと!」

 

個室にユノを残したまま、たたたっと走り去ってしまった。

 

『ユノ不足』だったらしい。

 

チャンミンはたびたび、「充電」と称して、場所おかまいなしにユノにハグしてくる。

 

(ん...?

この匂いは...)

 

ユノはくんくん鼻をうごめかした。

 

「あの馬鹿!」

 

ユノは舌打ちすると、チャンミンを追いかけた。

 

ユノのポケットにはチャンミンのために、抑制剤の錠剤が常に用意されている。

 

(また飲み忘れたんだな!)

 

一日2回、欠かさず服用し続けなければならない抑制剤を、チャンミンはたまに忘れてしまう。

 

抑制剤が切れた時のオメガ...ヒート(発情期)中...は、アルファに襲われる危険にさらされる。

 

(いい加減、覚えろよな!)

 

オメガ属を隠してベータ属の世界で生きることは危険と隣り合わせ。

 

95パーセントがベータであったとしても、100人のうち約5人はアルファなのだ。

 

どこにアルファが紛れているかしれない。

 

(大抵は、社会的に高い地位についている者が多く、圧倒的なオーラから判別がつきやすい。

しかし、例えばユノの様にベータに紛れている者もいるため、油断ならない)

 

あと数日もしないうちに、チャンミンのヒートが始まる。

 

発情期間中のオメガは、ベータの数千倍ものフェロモンを分泌し、独特の発情臭を発する。

 

この匂いはアルファが特に感知しやすく、チャンミンのうなじから立ち昇るヒート臭(発情臭)にあてられて、ユノは吐き気に苦しんでいたのだ。

 

チャンミンを守らねばならないユノの決意と、ユノオンリでべったりのチャンミンが結託した結果、高校も大学も、就職先も同じで、現在暮らしている社員寮も同じで、隣同士だったりする。

 

オメガバースの世界で、一般大衆に紛れて生きる2人のドタバタ恋のエピソードを覗いてみよう。

 

 

(つづく?)

 

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