(2)俺の彼氏はオメガ君

 

 

<アルファ君も大変ですの巻>

 

危機意識の低いチャンミンの無防備さに、ユノは始終ヒヤヒヤドキドキしている。

 

今朝のように、抑制剤の飲み忘れなどもってのほかだ。

 

(ったく、あの馬鹿!)

 

ユノはカリカリしながらレモンを齧っていた。

 

(可愛すぎるんだよ、こんちくしょー)

 

チャンミンから愛らしい笑顔を見せられると、ふにゃりと顔が緩み、甘々になってしまうのだ。

 

ユノは3個分のレモン果汁を吸い尽くすと、カラカラになった皮をゴミ箱に投げ捨てた。

 

吐き気がおさまった後、ユノにはやるべきことがあった。

 

トイレの個室に籠ると、三つ折りポーチを水洗タンクの上に広げた。

 

ポーチにはペン型の注入器とカートリッジが収められており、ユノはその二つをセットした。

 

シャツの裾をたくしあげると、露わになった引き締まった腹に注入器の針を突き立てた。

 

「...っ」

 

カートリッジの中身を注入し終えると、使用済みの針とカートリッジをジッパー付きのビニール袋にまとめた。

 

職場の他、職員寮のゴミ箱に捨てるわけにはいかないので、後でしかるべき場所にまとめて廃棄する。

 

ユノが体内に取り込んだ薬剤は、ざっくり言うとアルファのオーラを消す効果があるもの。

 

まだ治験段階のものだが、これまでアルファだと見破られていないから、ある程度の効果があると言っていいだろう。

 

ユノもユノなりに、ベータ社会に生き抜くために、苦労を味わっているのだ。

 

(いつまでこれを続ければいいのだろう)

 

ユノの頭に『番(つがい)』の文字が浮かんだ。

 

(チャンミンと番になってしまえば話は早い。

俺と番契約を結べば、チャンミンがアルファに襲われる危険性も減る。

しかし、安全と安心の引き換えに、失うものも多い。

オメガであると公になった途端、チャンミンは世間から隔絶された生活を送らなければならない)

 

ベータ属よりも身体的能力に劣るだけでなく、自己制御のできない発情期に襲われるオメガ属は『性欲に支配された劣った者』と見なされ、世間的に冷遇されてきた。

 

ところが昨今、オメガだけが持ち得る特殊能力が珍重されるようになり、オメガと聞くと、人々は目の色を変える(その理由は後述する)

 

ユノにとってアルファ属性とは不要なもので、なれるものならベータに戻りたかった。

 

(俺だけがチャンミンを守れる。

ベータだったら守り切れないだろう)

 

チャンミンを想うと、アルファ属でよかったと思い直すのだった。

 

 

 

ユノとチャンミンはお隣同士で幼馴染だ。

 

ユノが7歳の時、父親の転勤に伴い一家全員渡航したため、2人は一度離れ離れになった。

 

10年後、父親の任期終了に伴い、ユノ一家はかつての街に戻ってきた。

 

ユノとチャンミンは10年ぶりの再会を果たした。

 

驚くことに、高校生だった当時、2人はれっきとしたベータ属だったのだ。

 

誕生時と、10歳(初潮と精通を迎える)、15歳(アソコに毛が生えはじめる)の節目に実施される遺伝子検査が、義務付けられている。

 

生まれ持った属性が成長に伴い変わる者がごく稀にいるためだ。

 

特に、15歳の検査結果が自身の属性が進路を決める指針になる。

 

言い換えると、アルファはアルファらしく、ベータはベータらしく...オメガはオメガの運命を受け入れた人生を歩め、という意味だ。

 

そのいずれの検査でも、2人はれっきとしたベータ属だったのだ。

 

ところがある日突然、ユノがアルファ、チャンミンがオメガにと変性した。

 

滅多の滅多に起こらない現象が、ユノとチャンミンには起きたのだ(その経緯についても後述する)

 

 

 

チャンミンがオメガだと分かった時の、2人のエピソードをひとつ紹介する。

 

彼らが高校生だった頃の話。

 

チャンミンは、遅かれ早かれにバレるだろうけど、オメガになった事実を可能な限り、周囲に隠し通すつもりでいた。

 

しかし、早い段階で家族にだけ真実を...「僕はオメガになってしまいました」と打ち明けるしかないと考えをあらためた。

 

ひとつ屋根の下で暮らしている以上、隠し切れないと観念したのだ。

 

隠しきれないものとは、女性なら当たり前に経験する生理現象。

 

生理が始まったのだ。

 

よりによって、学校で。

 

チャンミンは前夜から腹痛を覚えていて、2時限目の休憩時間になるやいなや、トイレの個室に駆けこんだ。

 

(昨夜、食べ過ぎたのかな...?)

 

ズボンとパンツを下ろし、便座に腰掛けようとしたその瞬間。

 

パンツの有様を見た直後。

 

(あ゛あ゛~~~~!!!)

 

チャンミンは絶叫しそうになった口を押さえた。

 

心臓がバクバク、痛いくらいに拍動している。

 

チャンミンはスマホを取り出すと、震える指でユノへメッセージを送った。

 

『緊急事態発生。

3階トイレ、左手の一番奥にいます』

 

30秒もしないうちに、バタバタと足音がした。

 

ユノだ。

 

数学が苦手なチャンミンの代わりに宿題を仕上げていたところ、チャンミンからのメーデーに、ユノの顔色が変わった。

 

(オメガになったばかりのチャンミンが心配で、ユノの過保護っぷりが加速し始めた頃だ)

 

ユノはがやがやと生徒たちがうろつく廊下を、1人とも接触せずジグザグに駆け抜けた(さすがアルファ)

 

「チャンミン!」

 

ユノがチャンミンが籠っている個室のドアをノックすると、カチャリと鍵が外れた。

 

用足し中の生徒たちは皆、こちらに神経を払っていないようだ。

 

ユノは個室へと身を滑り込ませた。

 

「ユノぉ...どうしよう?」

 

便座に腰掛けたチャンミンは、半べそ状態だった。

 

「何があった?」

 

ユノの視線はチャンミンが指さす先...足元に落とされた。

 

チャンミンのパンツとズボンは、足首まで落とされている。

 

「!!!」

 

パンツの有様にユノは絶句した。

 

「......」

 

「...どうしよう...。

痔じゃないよね?

痔だったらいいんだけど...違うよね」

 

「これは~...アレだ。

アレだよ。

女の子の日だ」

 

いつか来るだろうと覚悟していても、汚れたパンツを目にしてしまったショックは大きい。

 

「僕は女の子じゃない!」

ムキなったチャンミンの声は大きくなり、慌てたユノの手で塞がれた。

 

「そうだよ、チャンミンは男だ。

ただ、オメガになったんだ、いつ始まってもおかしくない」

 

「やだよ...こんなの」

 

「仕方ないよ」

 

「やだよ」

 

「そうだよな。

分かった。

俺が何とかしてやる」

 

ユノはチャンミンの肩を叩いた。

 

「...どうやって?」

 

「生理については、後で話し合おう。

今はお前のパンツを何とかしないと!」

 

「そうだね。

このままにしておけない」

 

「俺はコンビニまで走るから、チャンミンはここで待ってろ」

 

「これから生理用ナプキンと下着を買ってくる」とユノは言っているのだ。

 

購買部にも販売されているし、保健室へ行けば貰うこともできるが、男のユノが校内でできるはずがない。

 

「え~、ここで?」

 

チャンミンはぷぅ、と膨れる。

 

「そうするしかないだろう?

パンツ汚しちゃったんだし」

 

「でも...トイレだし、ずっと出てこないのを怪しまれて、上から覗かれるかもだし。

授業をサボったって、先生がドアを蹴るかもだし。

ユノはいないし、不安だよぉ」

 

「う~ん」

 

「ユノと一緒にコンビニに行く!」

 

「パンツは?」

 

「脱ぐ」

 

「で、直接ズボンを穿くのか?」

 

「うん」

 

「脱いだパンツは?」

 

「トイレに流す」

 

「詰まるだろ!」

 

「じゃあ、ポケットに入れてく」

 

ユノは駄々をこね始めたチャンミンに、「ふぅ」とため息をついた。

 

(しょーがねーな)

 

ユノはトイレットペーパーをくるくる手に巻き始めた。

 

「何してんの?」

 

ユノはポケットから出したハンカチで、何層にも重ねたトイレットペーパーをくるんだ。

 

「即席ナプキンだ」

 

「......マジですか」

 

「マジに決まってんだろ。

ほれ、股に挟め」

 

「股じゃないよ。

お尻だよ」

 

「引っかかるとこはそこかよ?」

 

「僕はね、現実を受け入れようと必死なの」

 

「エライぞ、チャンミン」

 

 

2人は学校裏口からこっそりと抜け出ると、コンビニへと急いだ。

 

道中、お尻がゴワゴワするだの、ハンカチがずれるだのと文句たらたらなチャンミンを、ユノは「はいはい」と聞き流していた。

 

 

(つづく?)

 

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