(12)俺の彼氏はオメガ君

 

 

~合言葉はタチとネコ~

 

学校を抜け出したユノとチャンミンは電車を乗り継ぎ、センターATOHD(αtoΩwo-hogosuru-dantai)へと向かった。

 

その施設は上部にネズミ返しの付いた高い塀に囲まれ、窓ひとつない。

 

コンクリート製の壁はのっぺらぼうだ。

 

門柱にも塀にも建物の名称を示すものは何もない。

 

監視カメラが3台、2人を狙っている。

 

(そのうちの1台はナプキンで膨らんだチャンミンのお尻に焦点をあてている)

 

ユノは変属性した際に支給されたカードをスロットに通し、ボタンを押した。

 

ボタン上のランプが緑から赤へと変わり、スピーカーから人工音声が流れた。

 

『タチ』

 

ユノはボタンを押すと、『ネコ』と応答した。

 

すると、ガチャンと開錠する音と共に、頭上そびえる門扉がスライドし始めた。

 

「行こうか?」

 

「うん」

 

ユノはチャンミンの手を握ると、塀の中へと足を踏み入れた。

 

2人の後ろで門扉がガチャンと音をたてて閉まった。

 

一面芝生に庭が広がり その中央に砂利敷きの小径が正面玄関に向かって貫いている。

 

左右に花の苗が植わったプランターが等間隔で並べられている。

 

2人がここを訪れるのは半年ぶり。

 

ユノがアルファに、チャンミンがオメガに変属性した際に受けた身体測定と講習以来だった。

 

正面玄関の自動ドア前で2人は立ち止まる。

 

この自動ドアはマジックミラー素材で、内部を窺うことはできない。

 

(ドアのすぐ内側では、仲良く手を繋いだ男子高校生2人を微笑ましく観察している者がいるかもしれない)

 

ユノがインターフォン下のパネルに人差し指を押し付けるとスキャンが始まり、次いで人口音声が流れた。

 

『ラット(※1)』

 

ユノは『ノット(※2)』と答える。

 

(※1 【ラット】

アルファの発情期をいい、多くはオメガのヒートに誘発される。

激しい興奮状態に陥り、本人の意志では抑制できない爆発的な性的欲求にかられる。

性的暴行事件に発展する場合もある。

オメガのヒートとアルファのラットが合致した時、彼らの性行為は数日間にわたる)

(※2 【ノット】

アルファの男性器の根元にある亀頭球のようなこぶをいう。

オメガとの性交中、容易に抜けないよう大きく膨れ上がることで、オメガの妊娠率を上げている)

 

電子音声の『NTR』に対し、ユノは『寝取られ』と答えた。

 

次に、電子音声は『BSS』と告げた。

 

「っ...」

 

チャンミンは、言葉につまるユノをちらっと見やると、『僕が先に好きだったのに』と答えた。

 

『ピンポンパンポーン』と鳴ったチャイム音の直後、自動ドアが左右に開いた。

 

中に入るために複数の合言葉クイズが用意されているのは、邪な動機をもつ奴らの入館を防ぐためだ。

 

 

「体調の変化はいつ頃?」

 

「今日です。

お尻から何かが出てきて...その量が普通じゃないんです」

 

「あなたのお尻から出たものは、『Ωの果汁(omega-no-kaju)です。

アルファの性器を受け入れやすくしたり、精子の活きをよくしたり、子宮へ導く川にもなる分泌液です。

性的に興奮した時も分泌されますが、ヒート...発情期を迎えると、とめどなく分泌されるようになります」

 

「ええ~~~」

 

チャンミンは小さな子供のように口を尖らせた(オメガになると、言動が子供っぽくなりがちになる)

 

診察室に通されたチャンミンは問診を受けていた。

 

目の前の白衣を着た医師はチャンミンへ、数日前からの体調や感情の変化について事細かに質問をしていった。

 

この医師は当然ベータで、チャンミンがオメガに変属性した際に担当になった。

 

間違いがあってはならないと、施設長を除いてスタッフは全員ベータだ。

 

「ムラムラすることは?」

 

「ないです」

 

「あなたに付き添っていたユノさんはアルファでしょう?

彼と一緒にいて、何ともなかったの?」

 

「はい」

 

「ユノさんの様子はどうでした?」

 

「いつもと変わらなかったです」

 

「ということは、ユノさんは未だラットを迎えていない、ということですね」

 

医師の言葉に、チャンミンは「ラット?」と首を傾げた。

 

「夕方からの講習会を受けてください。

ヒートやラットについての講義があります」

 

「ええ~、勉強ですか...」

 

オメガに変属性して以来、チャンミンは勉強嫌いになってしまい、宿題は全てユノの助けを借りている。

 

「命にもかかわることになりかねないことですから、絶対です」

 

医師は笑って言ったが、目は全く笑っておらず、チャンミンは尖らせかけた唇をすぐに引っ込めた。

 

「あなたもユノさんも、知っておくべきことが沢山あります。

特にあなたの場合は、いずれ選択しなければならないことがあります」

 

「選択...?」

 

「あなたが本格的なヒートを経験するのは、次かその次になるでしょう。

その時までに、あなたはあなた自身の身体を受け入れ、これからの生き方について真剣に考えなければなりません」

 

そう言って医師は、デスクからパンフレットを取り出すとチャンミンに手渡した。

 

「ひとまずこれに目を通しておいてください」

 

「はあい」

 

「問診はこれでお終いです。

次は身体検査を行いますので、服を脱いでください」

 

「下着は?」

 

「下着もなにもかも全部です」

 

「ってことは、裸に!?」

 

「はい。

身体的変化を記録するため、調べさせていただきます」

 

「やだ!」

 

「オメガになった運命を受け入れることのひとつがこれです。

あなた方を守るため、必要なことなのです。

ご協力をお願いします」

 

「裸なんて、ヤダ!」

 

チャンミンは素早く立ち上がると、診察室から出ようとしたが、どこに控えていたのか、スタッフの1人が飛び出してきてチャンミンを取り押さえた。

 

「やだやだやだ!」

 

そのスタッフは柔道経験者かと推測される体格のよい女性で、華奢なチャンミンの動きを軽々と制御してしまう。

 

「裸はユノだけにしか、見せたくない!」

 

チャンミンは両脇を抱えられ、抵抗しようと足をバタバタさせた。

 

直後、「バン!」と勢いよくドアが開いた。

 

「チャンミン!」

 

ユノだった。

 

チャンミンの叫び声を聞きつけたユノが、階下の待合室からここまで駆けつけたのだ。

 

(アルファはとても耳がよい)

 

目をぎらつかせたユノは、スタッフの二の腕を掴むとぐいっと、チャンミンから引きはがした。

 

未熟ながらもユノはれっきとしたアルファなのだ。

 

「俺のチャンミンに乱暴するな!」

 

チャンミンは力の緩んだスタッフの腕をすり抜け、ユノの背中の後ろにさっと隠れた。

 

医師はため息をつくと、ユノのブレザーの端をキュッと握るチャンミンをなだめるように言った。

 

「手荒な真似をしてすみません。

でも、チャンミンさん、検査はどうしてもしなければなりません」

 

「検査なら、オメガになった時にやったじゃないか!」

 

「今回のはさらに精密な検査です。

ユノさんが検査に付き添ってくれたら、受けてくれますか?」

 

「...いいよ」

 

チャンミンは渋々頷いたのだった。

 

 

(つづく)

 

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