(7)俺の彼氏はオメガ君

 

<アルファ・コンプレックスの巻>

 

ユノはアルファである自分が嫌いだった。

 

アルファと言えば、才色兼備で社会的地位が高いゆえに傲慢で、支配欲とプライドが高く、劣者に厳しい...アルファだからと大目に見てもらえるが、傍にいて愉快な人種とは言えない。

 

さらにアルファは性欲と生殖力が著しく、特にオメガ相手となると獣になってしまう。

 

(あらゆる欲にどん欲なアルファ...大嫌いだ)

 

ところがユノはベータとして生きた17年後に、大嫌いなアルファ属の仲間入りしてしまった。

 

ユノの両親、妹ともに全員ベータで、彼らにはアルファへと転性してしまったことを内緒にしている。

 

もし家族に、アルファと知られてしまったらどうなるか...ユノは出世街道まっしぐら。

 

ユノを見る家族の目ががらりと変わってしまう。

 

ユノは人生の成功者へのレールに乗ることを、一切望んでいなかった。

 

チャンミンがオメガであることを隠し通せたとしても、ユノがアルファだと知られた時点で、チャンミンとの仲を引き離されてしまう可能性があった。

 

アルファとオメガという最高の組み合わせなのに、「引き離される」とはどういうことか?

 

(この辺りの説明は後述する)

 

 

ベータ一家にアルファのユノが誕生した理由は、不思議でも何でもなく、父方の祖父母がアルファだったからだ。

 

祖先の中で1名でもアルファがいた場合、アルファの子孫が誕生する確率はゼロではない。

 

アルファ遺伝子を一親等で受け継いだわけではなかったため、属性の発現が成人前になってしまっただけのことだ。

 

ユノがアルファ嫌いの根底には、祖父母の存在があった。

 

ユノは祖父母が嫌いだった。

 

祖父母はあからさまに、ユノの父親を小馬鹿にしていた。

 

アルファを両親に持つのにも関わらず、生まれた子ども全員がベータだったため、アルファに誕生しなかったことを心底嘆いていた。

 

そんな中、アルファが生まれたのだ。

 

彼らの喜びは想像に難くない。

 

すぐさま、現在の勤め先を辞めさせ、自身が勤める会社に放り込み、エリートへの道を歩ませる。

 

そして、遺伝子分析から最高に相性がよいオメガをあてがわれ、半ば強引に番(つがい)契約を結ばされる。

 

(俺たちは家畜かよ)

 

アルファとは、見上げるだけの存在だった。

 

アルファ社会に一度仲間入りしてしまったら、ベータの世界へ戻るのは困難なのだ。

 

住み慣れた街。

 

ベータが暮らすには、アルファたちが好んで暮らす高級住宅地は相応しくないため、ユノ一家は平凡な住宅街に暮らしている。

 

(チャンミン一家はお隣さんだ)

 

ユノがアルファのオーラを消したとしても、ベータの目は騙せても、同属のアルファの目は誤魔化せない。

 

なぜなら、ユノの実家に引き取られることになった祖母がアルファなのだ。

 

祖父母はユノが中学生の頃、熟年離婚した。

 

アルファ同士のカップルはプライドのぶつかり合いで離婚率が高いと言われているため、ユノの祖父母は長続きした方だ。

 

アルファの大半は社会的に成功するケースが多いが、一度道を外してしまった時の経済面、精神面での没落度合いがベータ社会よりも大きい傾向にある。

 

彼らや彼らを取り巻くすべてがダイナミックだ。

 

成功の道を歩むのが当然の彼らだが、万能ではないため失敗することもある。

 

ただ、成功して当然でいるため、失敗した時の経済的、心理的失ダメージも大きい。

 

感情豊かでタフだが、精神面でのほころびが生じたときの崩壊具合もは、ベータの比にならない。

 

世間体上離婚を差し控えていたが、十何回目かの祖父の浮気にとうとう切れた祖母は離婚届を突きつけた。

 

憎い夫が出て行ってせいせいしたかと思ったら、祖母の気落ち度合いは大きく、一人暮らしもままならなくないほど、ガタガタな精神状態になってしまったのだ。

 

祖母からはさんざん冷遇されてきたのに、家族である以上引き取らなければならない。

 

今後の両親の苦労が目に見える。

 

さらに、ユノがアルファだと知った時、喜ぶ以上に、アルファコンプレックスが刺激されて複雑な心境に襲われるだろう。

 

祖父母たちは、家族でありながらユノの両親が「アルファではない」と憐れみ、小馬鹿にしてきた。

 

ユノの両親にとって、アルファに対する印象はことごとく悪い。

 

以上のように、ユノが帰省を渋る理由はいくつもあるのだ。

 

 

チャンミンのヒート(発情期)まであと数時間。

 

ユノはチャンミンの熱っぽく潤んだ瞳に引き込まれないよう顔を反らし、尻をずらして 距離をとった。

 

腕で鼻を押さえているユノを見て、チャンミンは首にタオルを巻いた。

(誘惑フェロモンはうなじの辺りから発散されるため)

 

「はあ...」

 

ユノはため息をついた。

 

「俺やっぱ、チャンミンを置いていけないから、実家に帰るのは止めとく」

 

「駄目だよ!

ユノが来なくっちゃ、ご両親もAちゃん(ユノの姉)もBちゃん(ユノの妹)も大変だよ」

 

チャンミンはユノの手からスマホを取り上げた。

 

ユノは、パジャマの袖をつかんできたチャンミンの手をそっと外し、さらに距離をとった。

 

オメガは興奮するとヒート臭がきつくなるのだ...ユノは唇を噛みしめ、額には玉の汗が浮かんでいた。

 

「ごめん...」とチャンミンは謝ると、ユノとは反対側に距離をとった。

 

「お祖母ちゃんが家に来るのか...それは大変だね」

 

お隣さんのチャンミンは、ユノ一家の事情もよく知っていた。

 

「ユノを困らせることを言っててごめんね。

オメガになった自分の不幸にばかり目が行ってしまって...アルファはアルファなりに苦労してるのに」

 

「チャンミンに比べたら、大したことないさ」

 

「ううん。

ユノの方が大変だよ。

いっつもユノにお守りしてもらっているから、これからは僕がユノを守ってあげる」と言ってチャンミンは、ユノの頭を引き寄せて抱きしめた。

 

「チャンミン...」

 

チャンミンの胸に押し付けられたユノの頬に、ドクンドクンと鼓動が伝わってくる。

 

(チャンミン...好きだ)

 

ドンドン。

 

「!!」

「!!!」

 

ドアのノックの音に、2人は飛び上がった。

 

「おーい、ユノ。

早く下りて来いよ」

 

ノックの主は、同じ社員寮に暮らす同僚だ。

 

「なんで?」

 

ユノはチャンミンの胸から顔を起こすと、大声で応えた。

 

「今夜はビアガーデンだろ」

 

「あ、そういえば...!」

 

彼は時間になっても現れないユノとチャンミンを呼びに来たのだ。

 

2人が居住する社員寮では定期的にイベントが開催される。

 

ビアガーデンはひと夏に2,3度と開かれる人気イベントで、会場は社員寮の屋上だ。

 

窓の外は大嵐。

 

明日は休日。

 

会場を食堂に移し、一晩中どんちゃん騒ぎになるだろう。

 

「チャンミンもそこにいるんだろ?」

 

「はーい」

 

素直に答えるチャンミンに、ユノは「黙ってろ」と睨みつけた。

 

(ユノとチャンミンは周知の仲である)

 

「ごめんなさい、てへ」

 

頭こつんに舌ペロチャンミンの破壊力。

 

(ぐは~~...可愛いぜ、こんちくしょー)

 

天気予報サイトをチェックすると、明日いっぱい大雨だ。

 

天気が悪いからと帰りたがらない客たちによって、下手したら明日いっぱい飲み会が続くかもしれない。

 

「先に行ってるぞ」

 

「わかった」

 

ユノは明朝、実家へと出発し、ヒート期に突入したチャンミンはお留守番だ。

 

(この社員寮は幸い女人禁止だ。

チャンミンにちょっかいをかける女子はいないから安心...)

 

ビアガーデン参加者の内訳...寮生だけでなく、通いの者や友人知人も参加する...に思い至った時、ユノの顔色が青くなった。

 

寮生は全員ベータだが、ゲストたちの中にアルファがいたら...!

 

(安心じゃね~よ!)

 

ユノの脳裏に、屈強のアルファにチャンミンが押し倒されるシーンが浮かんだ。

 

(ああ...どうしたらいいんだ!

帰省は中止だ!)

 

「ねえねえ、ゆの」

 

チャンミンはつんつんと、髪をぐしゃぐしゃかきむしるユノの肩を突いた。

 

「僕もついてく」

 

「え?」

 

「ゆのんち、僕も一緒に行くよ」

 

「無理だって!」

 

ユノは即、反対した。

 

ヒート中のオメガを外出させるとは、ぷくぷくに肥えた子羊(オメガ)を丸刈りにし、バターとハチミツをたっぷり塗って、10日間絶食をさせ飢えたハイエナの群れ(アルファやベータ)に放り込むようなもの。

 

「ううん。

ユノが反対したって、僕はついてくよ!

僕を置いていくのが心配なら、その心配事を連れてゆけばいい」

 

アルファから襲われる危険に晒される以外にも、オメガ自身の肉体にも相当な負担がかかっている。

 

常に100を超える心拍数、身体は熱く、下半身は疼いてオメガの蜜の垂れ流し。

 

「レンタカーで行けばいいし、クスリもいっぱい持っていく。

ホテルに籠ってお利口さんしてる。

自分のことは自分で責任持つ。

大丈夫だから、僕を連れて行って!」

 

「う~~~~ん」

 

ユノはチャンミンから贈られたイチゴ柄のパジャマ、チャンミンはユノから贈られたバンビ柄のパジャマを着ている。

 

色白肌に薔薇色の頬、赤毛の癖っ毛...まん丸カーブを描いた大きな眼はキラキラ。

 

「...分かった」

 

「やったね。

これから作戦会議だ!」

 

ユノは苦笑しながらも、敵陣に乗り込むというのにウキウキと楽しそうなチャンミンを、優しい眼差しで見守った。

 

 

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