(8)俺の彼氏はオメガ君

 

 

<お赤飯を炊きましょうの巻>

 

2人の実家はお隣さん同士で、ユノの帰省についていくことは、チャンミンにとっても同じことだ。

 

ヒート臭をプンプンさせたチャンミンを連れて、公共交通機関を利用などできるはずがない。

 

同じ例えを繰り返しているが、ぷくぷくに肥えた子羊(チャンミン)を丸裸にし、バターとハチミツをたっぷり塗って、10日間絶食をさせ飢えたハイエナの群れ(アルファやベータ)に放り込むようなもの。

 

(俺のチャンミンはすこぶる可愛いときている。

ヒートじゃなくても、おちおち一人歩きさせられねぇ)

 

ヒート期(発情期)にアルファと交わったオメガの妊娠率は100%。

(ベータ相手の場合は、その確率は格段に下がる)

(アルファの生殖能力の高さがお分かりいただけるだろう)

 

万が一、襲われた結果、チャンミンは望まぬ妊娠を強いられる...これがオメガの運命であり、存在意義だと言われたら、あまりにチャンミンが可哀想だ。

 

『チャンミンが身ごもるのはユノの子だけだ』

 

これはユノとチャンミン、2人が共通して抱いている未来予想図だった。

 

他人との接触を減らすため交通手段は車で、チャンミンが横たえられるよう、大型ワンボックスカーをチョイス。

 

ユノが引っ越し作業で留守にする間は、チャンミンはホテルに引きこもる。

 

レンタカーとホテルの手配は済んだ。

 

狭い車内で、チャンミンのヒート臭に酔って具合が悪くならないよう、特殊フィルター付きガスマスクをバッグに詰めた。

 

「副作用がきついから、あまり増量させたくないのだが...」と、性欲抑制剤も多めに持ってゆく。

 

(俺の用意なんかより、チャンミンが道中、快適に過ごせるための用意の方が大事だ)

 

ユノは、毛布や枕、タブレットを出発時に持ち出せるよう、まとめて置いた。

 

(お菓子は行きがけに買えばヨシ)

 

最後に、電動ディルドとアナ●プラグを手に、しばしフリーズ。

 

(いるか?

いらないか?

いや、いるだろう。

運転中の俺は、疼き悶えるチャンミンの相手をしていられない。

...いる!)

 

気軽に出かけられない身体になったことが、情けなくて仕方がない。

 

(そうさ。

いっそのこと、持病があると思えばいい)

 

どう捉えるかによって、生きやすくも生きづらくもさせてくれる

 

ユノの隣でチャンミンは、ウキウキと荷造りをしている...のではなく、真剣な顔をして抑制剤をピルケースに詰める作業をしている。

 

根本的に楽観的で能天気なチャンミンだったが、今回ばかりは危機感を持っているらしい。

 

ユノはそのチャンミンの姿に、いじらしさを感じて胸が締め付けられそうになるのだった。

 

「チャンミン」

「なあに?」

 

くるくる天然パーマの前髪は、ヘアピンで留められている。

 

(気が狂いそうに可愛いぜ...と、萌えている間じゃない!

俺は真面目な話をしようとしているんだ!)

 

「アレも持っていけよ」

「アレ...」

 

チャンミンにはユノが何を指して言っているのか、直ぐに分かったし、それを持参していかないといけないオメガの身体を呪った。

 

「ユノが僕を守ってくれるから、必要ないよ」と、突っぱねた。

 

絶対必要なもので、必ず持っていくつもりでいたけれど、一度は抵抗してみるのだ。

 

「要らないよ。

それって、襲われるの前提にしてるじゃん。

僕は襲われないもん。

大丈夫だもん」

 

チャンミンは口を尖らせ、ユノを睨みつけた。

 

「分かっているさ。

俺はお前を全力で護るに決まってるだろう?

でもさ、俺も万能じゃない」

 

ユノの言う通りだ。

 

アルファは強くて賢い。

 

しかし、ベータやオメガと同じ人間なのだ。

 

「チャンミンの香りは、他のオメガよりも強烈で誘惑度が高いんだ。

お前は特別なオメガなんだよ。

その自覚はあるってことは、俺は知っている。」

 

チャンミンはずりずり四つん這いでユノに近づくと、ぴとっと身体を密着させて座った。

 

「ホテルの部屋で籠っていても、ドアを突破してくるヤツがいるかもしれない。

その時チャンミンが...!

...っく...!」

 

ユノはそのシーンを想像し、噛みしめた唇から血がにじんだ。

 

「ゆの...オメガな僕でごめんね」

 

チャンミンはぺろり、とユノのぽってり下唇を舐めた。

 

「謝るな。

守りきれない時もある俺こそ、チャンミンに謝らなければならない」

 

「ゆのぉ...」

 

2人は熱いハグをした...が、行為に及ぶ時ではない。

 

接着剤でべったりくっついた物を、むしりとるように、2人は互いの身体から引き離した。

 

チャンミンはペンダントのロケット部分に、緊急避妊薬を入れた。

 

一緒に、一時的に発情を止める劇薬も入れた。

 

 

ワガママ小悪魔に見えるチャンミンだが、オメガに変性して以降、彼なりに苦い思いをしてきている。

 

子宮を有したことで生理が訪れるようになり、ナプキンを入れたポーチのやり場に苦慮した。

 

常にアルファに犯されるのではないかと、怯える日々。

 

そして何よりも、年に数度、ヒートに振り回されることが最もつらかった。

 

 

少しずつ、実家への距離が縮まるにつれ、チャンミンは思い出すのだ。

 

自身がオメガであることを打ち明けた日のことを...。

 

オメガだと判明した時、チャンミンの家族たちの反応は普通じゃなかった。

 

...想像していたものと、随分違った。

 

憐みの涙を流すことも、嘆き悲しむのでもない。

 

なんと、くす玉を割らんばかりにチャンミンを祝福したのだった。

 

チャンミンは唖然とした。

 

我が家族は狂っている...と。

 

彼ら曰く、ベータだろうがオメガだろうが、チャンミン一家の一員に変わらない。

 

言いにくかっただろうに、カミングアウトしたチャンミンを褒めたたえたのだ。

 

「チャンミンは、とても貴重な存在になったのよ。

絶滅危惧種なんだから、国が、世界が、お前を大事にしてくれる」

 

家族の言うことももっともだが、現実はそう甘くはない...チャンミンも家族も承知していたけど、物事は捉えようによって、絶望から救ってくれるのだ。

 

もしアルファだったとしたら...そのオーラに圧倒され、恐れ多くて距離を置いた接し方をされていただろう。

 

と言いつつ、オメガであるよりアルファに変性した方が、圧倒的に喜ばしいことに変わりはない。

 

オメガになったことを、彼らは内心絶望していたかもしれないが、それを露ともチャンミンに悟られないよう振舞ったに違いない。

 

あっぱれである。

 

 

チャンミンの告白の翌日、夕飯の食卓に並んだものに彼は絶句した。

 

「マジですか...」

 

「お赤飯を炊いたの」

 

 

「...母さん...」

 

チャンミンはがっくりと首を折り、ため息をついた。

 

冗談なのか、本気なのか。

 

はたまた、息子がオメガになってしまい、そのショックでおかしくなってしまったのか...。

 

「どうりでおかしいと思ったのよねぇ」

 

チャンミンの妹は、兄に似て美人の類に入るが、オメガになったチャンミンには負ける。

(オメガは例外なく、美しい容貌をしている)

「お兄ちゃんは、妙に綺麗になるし」

 

「前はお風呂上がりに、パンツだけでウロウロしていたのが、ある日突然、うっかり脱衣所のドアを開けただけで、『きゃっ』って叫ぶし。

バスタオルを胸の位置で巻いてるし」

 

「私のナプキンがごっそり減ってるときもあったし」

 

(やべっ)

 

買い置きが無くて、妹のものを失敬した時があったのだ。

 

「最初は、お兄ちゃんに変な趣味が出来たかと疑っていたの」

 

「『変な趣味』って何だよ?」と、チャンミンはムッとした。

 

「オムツに執着する人がいるって聞いたことあるから、ナプキンを使っていろいろしてるんじゃないかって」

(※当時、チャンミンの妹は中学生だ)

 

「そうよ~。

お母さん、本気で心配してたのよ~」

 

チャンミンの母と妹は、「ね~」と顔を見合わせた。

 

「そうじゃなくて、安心したわ。

オメガになったのなら、アレがきても仕方がないわね」

 

恥ずかしさと悔しさで顔を真っ赤にさせたチャンミンに、母は優しく言った。

 

「運命のアルファと出逢って、子供を作って、アルファに大事にされて、幸せに生きて欲しいのよ」

 

「......」

 

チャンミンのこれからの苦労をよそに、キャッキャ賑やかな母と妹。

 

さすがに父は、複雑な心境になっただろう。

 

父はしばらく無言だったが、「チャンミン、お代わりいるか?」と、チャンミンの茶碗に赤飯をよそってくれた。

 

「うん...ありがと」

 

チャンミンはうつむいて、大盛り赤飯をモクモクと口に運んだ。

 

深刻な雰囲気にならないよう気を遣っている家族に、チャンミンは感謝したのだった。

 

(つづく)

 

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