<お赤飯を炊きましょうの巻>
2人の実家はお隣さん同士で、ユノの帰省についていくことは、チャンミンにとっても同じことだ。
ヒート臭をプンプンさせたチャンミンを連れて、公共交通機関を利用などできるはずがない。
同じ例えを繰り返しているが、ぷくぷくに肥えた子羊(チャンミン)を丸裸にし、バターとハチミツをたっぷり塗って、10日間絶食をさせ飢えたハイエナの群れ(アルファやベータ)に放り込むようなもの。
(俺のチャンミンはすこぶる可愛いときている。
ヒートじゃなくても、おちおち一人歩きさせられねぇ)
ヒート期(発情期)にアルファと交わったオメガの妊娠率は100%。
(ベータ相手の場合は、その確率は格段に下がる)
(アルファの生殖能力の高さがお分かりいただけるだろう)
万が一、襲われた結果、チャンミンは望まぬ妊娠を強いられる...これがオメガの運命であり、存在意義だと言われたら、あまりにチャンミンが可哀想だ。
『チャンミンが身ごもるのはユノの子だけだ』
これはユノとチャンミン、2人が共通して抱いている未来予想図だった。
他人との接触を減らすため交通手段は車で、チャンミンが横たえられるよう、大型ワンボックスカーをチョイス。
ユノが引っ越し作業で留守にする間は、チャンミンはホテルに引きこもる。
レンタカーとホテルの手配は済んだ。
狭い車内で、チャンミンのヒート臭に酔って具合が悪くならないよう、特殊フィルター付きガスマスクをバッグに詰めた。
「副作用がきついから、あまり増量させたくないのだが...」と、性欲抑制剤も多めに持ってゆく。
(俺の用意なんかより、チャンミンが道中、快適に過ごせるための用意の方が大事だ)
ユノは、毛布や枕、タブレットを出発時に持ち出せるよう、まとめて置いた。
(お菓子は行きがけに買えばヨシ)
最後に、電動ディルドとアナ●プラグを手に、しばしフリーズ。
(いるか?
いらないか?
いや、いるだろう。
運転中の俺は、疼き悶えるチャンミンの相手をしていられない。
...いる!)
気軽に出かけられない身体になったことが、情けなくて仕方がない。
(そうさ。
いっそのこと、持病があると思えばいい)
どう捉えるかによって、生きやすくも生きづらくもさせてくれる
ユノの隣でチャンミンは、ウキウキと荷造りをしている...のではなく、真剣な顔をして抑制剤をピルケースに詰める作業をしている。
根本的に楽観的で能天気なチャンミンだったが、今回ばかりは危機感を持っているらしい。
ユノはそのチャンミンの姿に、いじらしさを感じて胸が締め付けられそうになるのだった。
「チャンミン」
「なあに?」
くるくる天然パーマの前髪は、ヘアピンで留められている。
(気が狂いそうに可愛いぜ...と、萌えている間じゃない!
俺は真面目な話をしようとしているんだ!)
「アレも持っていけよ」
「アレ...」
チャンミンにはユノが何を指して言っているのか、直ぐに分かったし、それを持参していかないといけないオメガの身体を呪った。
「ユノが僕を守ってくれるから、必要ないよ」と、突っぱねた。
絶対必要なもので、必ず持っていくつもりでいたけれど、一度は抵抗してみるのだ。
「要らないよ。
それって、襲われるの前提にしてるじゃん。
僕は襲われないもん。
大丈夫だもん」
チャンミンは口を尖らせ、ユノを睨みつけた。
「分かっているさ。
俺はお前を全力で護るに決まってるだろう?
でもさ、俺も万能じゃない」
ユノの言う通りだ。
アルファは強くて賢い。
しかし、ベータやオメガと同じ人間なのだ。
「チャンミンの香りは、他のオメガよりも強烈で誘惑度が高いんだ。
お前は特別なオメガなんだよ。
その自覚はあるってことは、俺は知っている。」
チャンミンはずりずり四つん這いでユノに近づくと、ぴとっと身体を密着させて座った。
「ホテルの部屋で籠っていても、ドアを突破してくるヤツがいるかもしれない。
その時チャンミンが...!
...っく...!」
ユノはそのシーンを想像し、噛みしめた唇から血がにじんだ。
「ゆの...オメガな僕でごめんね」
チャンミンはぺろり、とユノのぽってり下唇を舐めた。
「謝るな。
守りきれない時もある俺こそ、チャンミンに謝らなければならない」
「ゆのぉ...」
2人は熱いハグをした...が、行為に及ぶ時ではない。
接着剤でべったりくっついた物を、むしりとるように、2人は互いの身体から引き離した。
チャンミンはペンダントのロケット部分に、緊急避妊薬を入れた。
一緒に、一時的に発情を止める劇薬も入れた。
・
ワガママ小悪魔に見えるチャンミンだが、オメガに変性して以降、彼なりに苦い思いをしてきている。
子宮を有したことで生理が訪れるようになり、ナプキンを入れたポーチのやり場に苦慮した。
常にアルファに犯されるのではないかと、怯える日々。
そして何よりも、年に数度、ヒートに振り回されることが最もつらかった。
・
少しずつ、実家への距離が縮まるにつれ、チャンミンは思い出すのだ。
自身がオメガであることを打ち明けた日のことを...。
オメガだと判明した時、チャンミンの家族たちの反応は普通じゃなかった。
...想像していたものと、随分違った。
憐みの涙を流すことも、嘆き悲しむのでもない。
なんと、くす玉を割らんばかりにチャンミンを祝福したのだった。
チャンミンは唖然とした。
我が家族は狂っている...と。
彼ら曰く、ベータだろうがオメガだろうが、チャンミン一家の一員に変わらない。
言いにくかっただろうに、カミングアウトしたチャンミンを褒めたたえたのだ。
「チャンミンは、とても貴重な存在になったのよ。
絶滅危惧種なんだから、国が、世界が、お前を大事にしてくれる」
家族の言うことももっともだが、現実はそう甘くはない...チャンミンも家族も承知していたけど、物事は捉えようによって、絶望から救ってくれるのだ。
もしアルファだったとしたら...そのオーラに圧倒され、恐れ多くて距離を置いた接し方をされていただろう。
と言いつつ、オメガであるよりアルファに変性した方が、圧倒的に喜ばしいことに変わりはない。
オメガになったことを、彼らは内心絶望していたかもしれないが、それを露ともチャンミンに悟られないよう振舞ったに違いない。
あっぱれである。
・
チャンミンの告白の翌日、夕飯の食卓に並んだものに彼は絶句した。
「マジですか...」
「お赤飯を炊いたの」
「...母さん...」
チャンミンはがっくりと首を折り、ため息をついた。
冗談なのか、本気なのか。
はたまた、息子がオメガになってしまい、そのショックでおかしくなってしまったのか...。
「どうりでおかしいと思ったのよねぇ」
チャンミンの妹は、兄に似て美人の類に入るが、オメガになったチャンミンには負ける。
(オメガは例外なく、美しい容貌をしている)
「お兄ちゃんは、妙に綺麗になるし」
「前はお風呂上がりに、パンツだけでウロウロしていたのが、ある日突然、うっかり脱衣所のドアを開けただけで、『きゃっ』って叫ぶし。
バスタオルを胸の位置で巻いてるし」
「私のナプキンがごっそり減ってるときもあったし」
(やべっ)
買い置きが無くて、妹のものを失敬した時があったのだ。
「最初は、お兄ちゃんに変な趣味が出来たかと疑っていたの」
「『変な趣味』って何だよ?」と、チャンミンはムッとした。
「オムツに執着する人がいるって聞いたことあるから、ナプキンを使っていろいろしてるんじゃないかって」
(※当時、チャンミンの妹は中学生だ)
「そうよ~。
お母さん、本気で心配してたのよ~」
チャンミンの母と妹は、「ね~」と顔を見合わせた。
「そうじゃなくて、安心したわ。
オメガになったのなら、アレがきても仕方がないわね」
恥ずかしさと悔しさで顔を真っ赤にさせたチャンミンに、母は優しく言った。
「運命のアルファと出逢って、子供を作って、アルファに大事にされて、幸せに生きて欲しいのよ」
「......」
チャンミンのこれからの苦労をよそに、キャッキャ賑やかな母と妹。
さすがに父は、複雑な心境になっただろう。
父はしばらく無言だったが、「チャンミン、お代わりいるか?」と、チャンミンの茶碗に赤飯をよそってくれた。
「うん...ありがと」
チャンミンはうつむいて、大盛り赤飯をモクモクと口に運んだ。
深刻な雰囲気にならないよう気を遣っている家族に、チャンミンは感謝したのだった。
(つづく)
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