(9)俺の彼氏はオメガ君

 

<抑制剤はどんな味?の巻>

 

この世に抑制剤が存在するのは、オメガ属に発情期があるからだ。

 

前述したように、オメガ属は子を孕むために、反対にアルファ属は、オメガ属を孕ませるために誕生した。

 

本来、人類とは年中発情している生き物だが、生殖の為に生み出された哀しき生き物...特にオメガ属にはヒートと呼ばれる発情期間が現れる。

 

年に数回現れ、発情状態が数日間続く。

 

周期や期間はオメガによって差があるが、年に4回おとずれ5.6日間続くというのが平均値だ。(チャンミンは平均的な周期)

 

生殖行動の成功率を高めるために、発情していることをアルファに知らせるため特有のフェロモン(ヒート・フェロモン)を分泌させる。

 

ヒートフェロモンの独特の芳香はヒート臭と呼ばれている。

 

どのような香りかというと、多くのアルファたちは、『熟れすぎた桃のような甘い香り』と表現している。

 

ヒートフェロモンの影響を最も受けるのがアルファ属だ。

 

オメガのヒートフェロモンを浴びたアルファたちは、皆口を揃えて言う。

 

『目の前のオメガを犯したい。

種を植え付けたい。

ただそれだけだ』と、アルファたちは口を揃えてそう言う。

 

ヒートフェロモンは媚薬なんて生易しい表現じゃ物足りない、まさしく人生を狂わせる麻薬である。

 

ヒート期のオメガは半径30メートル以内にいるアルファを、わらわらと引き寄せ、彼らの理性を崩壊させる。

 

『人間辞めました...それくらいの衝動性です。

 

まるで、全身が生殖器になったかのような』と、アルファたちは説明する。

 

とにかく妊娠しさえすればいいのだから、オメガ属の肉体はアルファならば誰でもいいと言っている。

 

それでは、オメガ自身の精神は?

 

感情は?

 

人格は?

 

オメガ属の人生とは、このヒートに振り回され、アルファに犯される恐怖に怯えるだけで終えるのか?

 

アルファ属についても、オメガのヒートフェロモンに惑わされ、場合によっては、人間関係の崩壊、仕事の生産性の観点から重要なポストから外されることもある。

 

社会はアルファ属の先導によって成り立っていると言っても過言ではないため、それは困る。

 

ヒート中のオメガのフェロモンのコントロールが重要課題で、やはり、アルファ優先の社会であることは変わりない。

 

オメガ属のヒートから双方が開放される方法はあるが、アルファとオメガ双方の人生を決定づける一生に一度の決断だ(これについては後述する)

 

易々と用いられる方法ではないため、現実的ではない。

 

その代わり、ヒートの影響を『受けにくく』するために、アルファ属とオメガ属双方が日常的に取り入れている対策が、『抑制剤』の服用だ。

 

(前置きが長くなってしまった)

 

 

翌朝、ユノとチャンミンは故郷に向けて出発した。

 

昨夜の宴会で寮の者たちが眠りこけているうちにと、5時には社員寮を出た。

 

ユノは、大量の荷物をレンタカーに積み込み、フラフラなチャンミンに肩を貸して車に乗せる。

 

「ありがと...ゆの」

 

チャンミンの額には玉の汗が浮かび、口は半開きになっている。

 

眼は泣きはらした翌日のように充血していて、37.5℃まで体温が上がっていた。

 

 

日づけが変わる頃、チャンミンのヒートが始まったのだ。

 

幸いなことに、昨夜の宴会メンバーにアルファは混じっていなかったようだ。

 

ユノとチャンミンの部屋のドアは目張りしてあるが、開閉の際にどうしてもヒート臭が漏れてしまう。

 

鼻の効くアルファだ、漏れ出たわずかなヒート臭を嗅ぎつけ、チャンミンを襲わんとドアをたたき壊しにかかるかもしれない。

 

(俺は身を挺してチャンミンを守り抜く)

 

野球バッドを片手に、寝ずの番をするユノの傍らで、チャンミンはスヤスヤと愛らしい寝顔で...ではなく、悶え苦しんでいた。

 

「ゆ、ゆのぉ...」

 

ベッドの下のユノに、チャンミンの手が差し伸ばされた。

 

「チャンミン...辛いか?」

 

ユノはその手の甲にキス...は出来ないから、代わりに撫ぜてやった。

 

軍用ガスマスクを装着しているからだ。

(以前も説明した通り、ユノは抑制剤の服用のし過ぎの副作用としてヒート臭に過敏に反応してしまう。嘔吐や眩暈等、その症状は重い)

 

「うん...うずいて疼いて...くるちぃ...」

 

「そうか、辛いかぁ」

 

チャンミンはこの時、どのような状態になっているのか?

 

発情期という名の通り、繁殖したくてたまらないのだ。

 

セックスしたくてたまらないのだ。

 

アルファに種付けされたくて仕方がないのだ。

 

男性のオメガ属は子宮を有するが、膣口はないから、お尻が『濡れる』

 

どうせパジャマを濡らしてしまうからと、バスタオルを敷いた上で下着を身に付けただけの恰好で横になっている。

 

オメガになって以来、チャンミンの肉体は中性的に変化していた。

 

体毛は薄くなり、筋肉量が落ちた代わりに、全身薄い脂肪をまとっている。

 

薄い胸にピンク色の胸先、細い首と腰...。

 

男性でもない女性でもない、清純そうなのにアルファを誘う艶めかしさがある。

 

幼児体型というのでもない(ユノにはショタの趣味は一切ない)

 

ユノの目には、すべてがたまらなく魅力的に映っていた。

 

「ゆのは...薬飲んだ?

シンドイでしょ?」

 

「俺は...平気さ」と強がりを言ってみたが、実際は相当、辛かった。

 

(さっき飲んだばかりだから、次は早くて5時間後か...。

吐きそうだ...。

チャンミンが可愛くて仕方がないし、キスの一つくらいしたい)

 

ユノが服用している抑制剤はアルファ専用のもので、時と場合に応じて幾種類もあった。

 

日常的なものは性欲を減退させ、不特定多数のオメガのヒート臭に反応しづらくするためのもので、注射タイプだ。

 

やむを得ずヒート中のオメガと接近しなければならない時用の錠剤。

 

まさに襲いかからんと理性が吹き飛ぶ寸前の時に、緊急抑制用に鼻腔にスプレーするタイプ。

 

チャンミンがヒート中、ユノは日常的な注射に、今挙げた2番目の錠剤をプラスする。

 

飲みやすくするため、ストロベリー風味だ。

 

身体への負担が大きく、アルファの身体能力が3割減退する。

 

2番目の抑制剤を服用するのをアルファたちは敬遠しがちだ。

 

なぜなら...。

 

ヒートを迎えたチャンミンを前にして、彼を襲わずに済んでいたのも、この抑制剤のおかげなのだ。

 

襲おうにも、肝心なアソコがうな垂れている。

 

欲情は存在するのに、肉体が拒否をしている...これは非常に辛い。

 

「ゆのぉ...辛いよね。

あっちの部屋に行っていいよ。

僕ひとりで平気だよ」

 

「いや。

チャンミンをひとりに出来ない。

俺は平気だから」

 

気丈に言うチャンミンに、ユノは胸が張り裂けそうだった。

 

(ユノに抱かれたい。

僕を心から愛してくれるユノに抱かれたい。

...でも、それは今じゃない)

 

チャンミンは目をつむった。

 

(ユノに抱かれたい。

ユノにかき回されたい。

擦って欲しい。

辛い、辛いよぉ)

 

疼きは耐えられそうになかった。

 

お尻から湧き出るもので、バスタオルはぐしょぐしょに濡れているのがよく分かる。

 

この様子じゃ、シーツまで沁みてしまっているだろう。

 

(ユノが居るから我慢してたけど...。

少しだけなら)

 

チャンミンの指がそろりと、下半身へと落とされた。

 

その指は、オメガの洪水の源流に指を突き立てることなく、ごくりと飲み込まれた。

 

入口内部は、中へ中へと侵入物を送り込むよう、収縮している。

 

一度飲み込むと、今度は侵入物を出すまいと、窒息させんばかりに締め付けた。

 

「...んっふ」

 

指を1本、また1本と、4本まで増やしていった。

 

とろとろに熟れて熱い腸壁を、かき回した。

 

「いっ...いい...ユノっ...いいっ...」

 

すぐ側にユノがいるのに、止められない指と我慢できない喘ぎ声。

 

ユノを想って慰めた。

 

(僕は獣だ)

 

チャンミンは悔しかった。

 

性欲に支配されてしまう自分を恥じた。

 

自分の存在が、エリートの道を歩めるはずだったユノの人生を邪魔している。

 

(僕はユノを束縛している...!)

 

ヒート期のオメガは、喜怒哀楽が激しくなり、チャンミンの場合はネガティブな方向に傾きがちだった。

 

(大人しく施設に行ってしまえばよかったんだ...!)

 

「チャンミン」

 

ユノの声で、チャンミンは現実に引き戻された。

 

「おかしなことを考えていただろう?」

 

「......」

 

「俺はお前と居ることが、俺の人生だし、最高の幸せなんだ。

俺から離れることは許さないぞ?」

 

「......」

 

「チャンミンは俺と離れたいの?」

 

チャンミンはぶんぶんと首を振った。

 

「俺から離れないでね。

分かった?」

 

「うん」

 

「俺が擦ってやろうか?」

 

ユノは立ち上がり、ベッドに腰掛けた。

 

「ううん、いい。

もっと欲しくなるから。

今回のヒートは軽めだから...自分ので我慢できる」

 

 

朝まで悶々と耐えたユノ。

 

追加の抑制剤を水なしで飲み込むと、出発の準備に取り掛かった。

 

「チャンミン...行くぞ?」

 

布団にもぐり込んでいたチャンミンは、もぞもぞと這い出てきた。

 

ふわっとヒート臭があたりに漂った。

 

「うっぷ...」

 

チャンミンのヒート臭は、その他のオメガのものとはいくつかの点で異なっていて、2人がベータ社会に紛れて暮らしている理由でもある。

 

ユノは運転席におさまると、シートベルトを締めた。

 

バッグミラーを調節する際、後部座席のチャンミンと目があった。

 

「さあ、出発だ」

 

チャンミンはシートを全て倒した後部座席で、毛布にくるまって横になっている。

 

フルフェイスヘルメットをかぶって運転している姿は異様で、人目をひく(どこかで警察に呼び止められるかもしれない)

 

しかし、ユノは必死で一生懸命で命がけなのだ。

 

笑ってはいけない。

 

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