(1)オトコの娘LOVEストーリー

 

 

「悪いな」

「......」

友人Tに平身低頭で頼まれ、俺はしぶしぶ首を縦に振るしかなかった。

「悪いな。

うちには空いてる部屋がないんだ。

赤ん坊も生まれそうだし」

Tが説明するには、彼の妹が就職活動のため都会に出てくるとか。

ところが、彼には3歳になる三つ子とさらに臨月の妻もいて、家の中が戦場状態。

とてもとても妹を迎え入られる状況ではなく、2LDKと余裕のある部屋に住む俺に白羽の矢が立ったのだ。

「お前に妹がいたなんて初耳なんだけど?」

Tは高校の同級生だった。

「俺のオヤジ、再婚したんだ。

再婚相手の連れ子だ。

...会ったら驚くぜ」

「ふん。

で、その子は体重100キロだとか?

それとも超美人だとか?」

「さあ、どうかな」

そう濁したTは「くくくっ」と笑っている。

「美人だったら困るなぁ」と暗い気持ちになった。

「どんな奴かは会ってからのお楽しみだ。

妹の電話番号はメールで送るよ。

来週あたりに向かわせるから」

「1か月だけだからな」

俺は再度念を押した。

Tとの電話を切ると、俺はため息をついた。

(面倒なことに巻き込まれた。

Tは昔から強引な奴だった)

気持ちを重くさせるTからの依頼だったが、わずかながらも好奇心もかきたてられた。

そして、一週間後、俺はTの妹との初顔合わせで、息が止まるほど驚くことになる。


待ち合わせは最寄り駅前で、平日の昼間とあって改札口を通る人の数もまばらだった。

この日のために俺は有休を取っていた。

電話で聴いたTの妹の声は、女性にしては低めで話し方も落ち着いていて、俺は安心した。

キャピキャピした子だったら、ますます気が重くなっていたところだ。

改札口を正面から眺められる駅前のモニュメント前の土台にもたれて待つことにした。

(なんだかんだ言いつつも、ちょっと楽しみだったりして。

ヒゲが生えてるんじゃないかくらいの、男みたいな女の子だっても嫌だな)

俺が分かっていることといえば、

1.年下だということ

2.Tと血は繋がっていないこと

3.肥満体でも美人でもないこと。

針のように痩せている、革ジャンを着た刈り上げヘアのあの子か...?

違う。

赤いキャップをかぶった、厚底スニーカーのあの子か...?

違う。

電車が到着するたび、改札口から流れ出る人波に目を凝らす。

待ち合わせ時間5分前。

改札を抜けたその子は、真正面に立つ俺が待ち合わせの者だとすぐに分かったようだ。

(え!?)

ずんずんと俺に向かって歩いてきた。

(え!?)

女性にしては背が高かった。

大の男を運搬できそうな程巨大なスーツケースを2つ転がしている

(おいおい)

俺が驚いたのは、彼女の背の高さでも荷物の多さでもない。

枯草色に脱色した髪や整った顔立ちでもない。

(すげぇな...)

驚愕のあまり、俺は息が詰まって言葉が出ない。

「貴方がユノさん、ですね?」

俺の正面に立つと、身長差は5センチほどだと分かる。

「あ、ああ」

俺の顔を二重瞼の大きな丸い眼でじぃっと眺める。

電話越しで聴いたとおり、落ち着いた低めの声だった。

「......」

「兄が話していた通りですね。

いい男です。

あらら」

彼女は片手を口に添え、くすくす上品に笑った。

「びっくりさせちゃいましたね」

「あ...まあ、そうだね。

驚いたよ。

申し訳ないけど」

と、正直に認めることにした。

「僕の名前はチャンミンといいます」

「『僕』?」

見た目に反した一人称が意外過ぎて、つい反応してしまう。

「変ですよね。

でも、僕は『僕』なので」

俺の反応は承知の上なのだろう。

「じゃあ、行きましょう」

彼女は俺に先だって、巨大スーツケースを転がし始めた。

「俺が持つよ」

遠慮する彼女から奪ったスーツケースは案外軽かった。

「じゃあ、1つだけお願いします」

俺は薄ピンク色のスーツケースを、彼女は薄紫色のスーツケースを自宅に向けて転がしてゆくことになった。

「歩いて10分くらいだよ」

「はい」

車輪がアスファルト面を転がるガラガラ鳴る音がうるさい。

1週間降り続いた雨が止み、梅雨の晴れ間の本日は比較的過ごしやすい1日になりそうだった。

雨粒が大気を洗い、青空が綺麗に見える。

俺はついつい、隣を歩く彼女に目をやってしまう。

ひとつにくくった髪束からこぼれた一筋が、白いうなじで揺れていた。

カチューシャの白いレースも揺れている。

「こんなデカい奴がこんな格好、変でしょね?」

俺の好奇に満ちた視線が鬱陶しかったのかもしれない、無言で歩いていた彼女が口を開いた。

「好きでやってるだけです。

兄にもいい加減にしたらどうだ?と小言を言われます」

「似合ってるよ。

ただ、モデルさんみたいに背が高いし、スタイルがいいから...その...雑誌から抜け出したみたいに見えるだけ」

リップサービスなんかじゃない、俺の本音だった。

「ありがとうございます」

くすくすと彼女は笑った。

きりっとした眉が一気に下がって、目は左右非対称に細められた。

「ユノさんは優しいですね。

兄が言った通りです」

彼女の二重瞼は長いまつ毛に縁どられ、その下の黒い瞳が澄んでいた。

(見た目のインパクトも凄いが...)

青みを帯びた白目には濁りがなくて、俺は見惚れていた。

(綺麗な子じゃないか!)

「ユノさんは、彼女さんと暮らしているんですよね?」

「...Tから聞いたんだ?」

「ええ。

カノジョさんがいるから邪魔しないように、って」

「気を遣わなくていいよ」

俺たちがマンション前に到着した時、彼女はくるりと俺の隣から真正面へと回り込んだ。

その動きに遅れて彼女のスカートがふんわりとひるがえった。

「...B」

最初の一言が喉にひっかかってしまった。

(恋人の名前を口にするのが、こうも気が進まないこととは)

「カノジョさんの名前は?」

「Bさん、ですか。

分かりました」

エントランスのガラス窓に、ちぐはぐな組み合わせの2人が映っている。

トレーナーとデニムパンツ姿の俺の隣に、メイドさんが立っている。

 

(つづく)

 

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