~ユノ~
YUNにバックナンバーを見せながら、1年間の発刊スケジュールと各号のテーマを説明した。
ガラス天板のテーブルの上は、資料で埋め尽くされている。
予算の都合上、オリジナルに制作してもらうのは最終号のみで、残り5号分は既出の作品を使用することになっている。
作者近影の写真撮影日時や作品撮りの日程については、あらかじめメールと電話で伝えてあった。
しかし、そのいずれも都合がつかないとのことで、スケジュールの変更を余儀なくされた。
(マジかよ...)
イラっとする表情をひた隠しにして、「なんとかしてみます」と愛想笑いをした。
俺はその場で関係者に連絡を入れ、平身低頭で頼み込む羽目になった。
YUNという男からは、もの柔らかな言い方の陰に、有無を言わせない強引さがうかがえた。
(苦手なタイプだ。
整え過ぎたヒゲが、いやらしい)
「撮影日の詳細は、追って連絡します」
内心の思いを気取られないよう、俺はビジネスライクな笑みを浮かべた。
・
オフィスを辞去した俺とSは、帰りの車内でYUNについての話題になった。
「オーラが凄かったっすね」
「ああ。
向こうのペースに飲まれっぱなしだったな」
「今までの電話やメールって何だったんすか?
全部、無駄だったじゃないっすか。
酷いっすね」
「引き受けないと言い出されるよりは、マシだよ」
俺はため息をつく。
(好き嫌いを仕事に影響させたらいけないのは分かっている。
でも、あの人物は生理的にやりにくい相手だ)
「先輩。
見ましたか、あれ?
あれって、キスマークっすよね」
「虫さされってことはないだろうな」
俺はYUNの白シャツの胸元を思い出す。
「ついつい目がいっちゃうんっすよ。
打ち合わせの間、見ないようにするのに苦労しました。
あれって、僕らに見せつけてるんですかね?」
「とか言いつつ、ガン見してたじゃないか。
ヒヤヒヤしてたんだぞ?
それに、『見せつける』って、誰に?」
「そりゃもう、先輩にっすよ」
「はあ?」
「あの人、先輩のこと気に入ったんじゃないすか?
妙にじろじろ見てましたよね」
「うーん」
「僕が見るに、あの人はゲイですね」
「おい!」
俺はSの頭をはたいた。
「先輩っていかにもゲイ好みって感じですもん」
「どこが?」
「先輩って、見れば見るほどイケメンっすね」
「はぁ?」
「鼻筋すーっと。
涼しげアイズ。
肌もきれいだし。
三十路なのに、禿げる気配なし」
俺はサイドミラーに顔を映してみる。
「女だけじゃなく男にもモテそう」
「はぁ?」
「超短髪でー、筋肉もりもりでー、髭生えててーっていうまんまじゃないところに、ツウ好みの心をくすぐるわけっすよ、先輩の場合」
「......」
「優柔不断っぽいところも、迫ったらOKそうだし」
「OKって、何をだよ!?」
「決まってるじゃないすか、ハハハ!」
(こいつの話に付き合ってられるか...)
俺はそっぽを向き、助手席の窓枠に肘をついて、歩道を行き交う人々を見るともなく眺めた。
「あ!」
チャンミンを目撃したのだ。
「なんすか、先輩?」
「いや...何でもない」
彼女は大きなストライドで歩いている。
ブラウスのボウタイが、胸元でたなびいている。
俺が貸した黒のパンツと黒い靴。
すらりとした体型、高い身長。
プラチナホワイトの髪。
見間違いようがない。
中性的な雰囲気を振りまいている。
女っぽい格好を見慣れていたから、余計に新鮮だった。
俺たちの車は間もなく交差点を曲がってしまい、彼女の姿はすぐに見えなくなってしまった。
「先輩、昼めし食っていきましょう。
どこにしましょうか?」
感動に浸っていたところを、後輩の一声がぶち壊した。
「任せるよ」
彼女はこの辺りで、面接を受けているのだろうか?
・
社に戻り、スケジュールの立て直しに頭を悩ませていると、スマートフォンが震えた。
俺は廊下に出て通話ボタンを押した。
「チャンミンちゃん!
どうした?」
『お仕事中のところ、ごめんなさい!
真っ先にお知らせしたいことがあってお電話しました』
ゆっくり話せるようにと、俺は給湯室へ足早に移動した。
「何かあったの?
大丈夫?」
『100%大丈夫です!
グッドニュースです!
僕、チャンミン...なんと...。
お仕事決まりましたー!』
「やったじゃん!」
「ユノさんに真っ先にお知らせしたかったのです」
俺はこぶしを作って「よし!」と小さくガッツポーズをした。
自分のことのように、嬉しかったのだ。
一番に知らせたい人物に、俺が選ばれたことが嬉しかった。
「お祝いしよう!
今夜、飲みに行こうか?」
『いいんですか?
Bさ...』
彼女は『Bと別れる』発言を気にしている。
「気を遣ってくれてありがとう」
別れを伝えるタイミングが頭を悩ませていた。
いつ、どこで、どのように、Bに切り出そうか。
恋人関係を解消するのは容易くない。
住まいを共にしている故に、どちらかが出ていかなければならない。
俺か、Bか。
昼過ぎに届いた通知内容が頭をよぎる。
『口座残高不足により、指定日に振替できませんでした』
3か月連続だった。
Bからの入金が滞っていた。
Bの求める条件に合わせて選んだ部屋だった。
Bの収入の方がはるかに多いに違いなかったが、男の意地で家賃は平等に折半しようと決めた。
ごく一般的なサラリーマンに過ぎない俺には、あの部屋の賃料を一人で支払い続ける資金力がない。
困った。
チャンミンには、あの部屋に住んだらいいと言っておいて、現実的に考えるとあの部屋を維持できないことに気付いたのだ。
Bとの同棲生活を解消したら、1LDK辺りにレベルダウンしなければならない。
1LDKでチャンミンと暮らすということは...チャンミンと同じ部屋で寝る...。
...無理か。
1LDKでは、彼女との同居は出来ない。
おい、ユノ!
彼女と『一緒に暮らす』前提でいるじゃないか。
こらー。
何、想像してるんだ!
髪をぐちゃぐちゃにかきむしった。
「ふう...」
缶コーヒーでも飲んで、おかしくなった頭を冷まそう。
でも...眠る彼女の顔を見てみたい。
きっと、ものすごく可愛い寝顔なんだろう、と思った。
(つづく)
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