(24)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

YUNにバックナンバーを見せながら、1年間の発刊スケジュールと各号のテーマを説明した。

ガラス天板のテーブルの上は、資料で埋め尽くされている。

予算の都合上、オリジナルに制作してもらうのは最終号のみで、残り5号分は既出の作品を使用することになっている。

作者近影の写真撮影日時や作品撮りの日程については、あらかじめメールと電話で伝えてあった。

しかし、そのいずれも都合がつかないとのことで、スケジュールの変更を余儀なくされた。

(マジかよ...)

イラっとする表情をひた隠しにして、「なんとかしてみます」と愛想笑いをした。

俺はその場で関係者に連絡を入れ、平身低頭で頼み込む羽目になった。

YUNという男からは、もの柔らかな言い方の陰に、有無を言わせない強引さがうかがえた。

(苦手なタイプだ。

整え過ぎたヒゲが、いやらしい)

「撮影日の詳細は、追って連絡します」

内心の思いを気取られないよう、俺はビジネスライクな笑みを浮かべた。

 

 

オフィスを辞去した俺とSは、帰りの車内でYUNについての話題になった。

「オーラが凄かったっすね」

「ああ。

向こうのペースに飲まれっぱなしだったな」

「今までの電話やメールって何だったんすか?

全部、無駄だったじゃないっすか。

酷いっすね」

「引き受けないと言い出されるよりは、マシだよ」

俺はため息をつく。

(好き嫌いを仕事に影響させたらいけないのは分かっている。

でも、あの人物は生理的にやりにくい相手だ)

「先輩。

見ましたか、あれ?

あれって、キスマークっすよね」

「虫さされってことはないだろうな」

俺はYUNの白シャツの胸元を思い出す。

「ついつい目がいっちゃうんっすよ。

打ち合わせの間、見ないようにするのに苦労しました。

あれって、僕らに見せつけてるんですかね?」

「とか言いつつ、ガン見してたじゃないか。

ヒヤヒヤしてたんだぞ?

それに、『見せつける』って、誰に?」

「そりゃもう、先輩にっすよ」

「はあ?」

「あの人、先輩のこと気に入ったんじゃないすか?

妙にじろじろ見てましたよね」

「うーん」

「僕が見るに、あの人はゲイですね」

「おい!」

俺はSの頭をはたいた。

「先輩っていかにもゲイ好みって感じですもん」

「どこが?」

「先輩って、見れば見るほどイケメンっすね」

「はぁ?」

「鼻筋すーっと。

涼しげアイズ。

肌もきれいだし。

三十路なのに、禿げる気配なし」

俺はサイドミラーに顔を映してみる。

「女だけじゃなく男にもモテそう」

「はぁ?」

「超短髪でー、筋肉もりもりでー、髭生えててーっていうまんまじゃないところに、ツウ好みの心をくすぐるわけっすよ、先輩の場合」

「......」

「優柔不断っぽいところも、迫ったらOKそうだし」

「OKって、何をだよ!?」

「決まってるじゃないすか、ハハハ!」

(こいつの話に付き合ってられるか...)

俺はそっぽを向き、助手席の窓枠に肘をついて、歩道を行き交う人々を見るともなく眺めた。

「あ!」

チャンミンを目撃したのだ。

「なんすか、先輩?」

「いや...何でもない」

彼女は大きなストライドで歩いている。

ブラウスのボウタイが、胸元でたなびいている。

俺が貸した黒のパンツと黒い靴。

すらりとした体型、高い身長。

プラチナホワイトの髪。

見間違いようがない。

中性的な雰囲気を振りまいている。

女っぽい格好を見慣れていたから、余計に新鮮だった。

俺たちの車は間もなく交差点を曲がってしまい、彼女の姿はすぐに見えなくなってしまった。

「先輩、昼めし食っていきましょう。

どこにしましょうか?」

感動に浸っていたところを、後輩の一声がぶち壊した。

「任せるよ」

彼女はこの辺りで、面接を受けているのだろうか?

 

 

社に戻り、スケジュールの立て直しに頭を悩ませていると、スマートフォンが震えた。

俺は廊下に出て通話ボタンを押した。

「チャンミンちゃん!

どうした?」

『お仕事中のところ、ごめんなさい!

真っ先にお知らせしたいことがあってお電話しました』

ゆっくり話せるようにと、俺は給湯室へ足早に移動した。

「何かあったの?

大丈夫?」

『100%大丈夫です!

グッドニュースです!

僕、チャンミン...なんと...。

お仕事決まりましたー!』

「やったじゃん!」

「ユノさんに真っ先にお知らせしたかったのです」

俺はこぶしを作って「よし!」と小さくガッツポーズをした。

自分のことのように、嬉しかったのだ。

一番に知らせたい人物に、俺が選ばれたことが嬉しかった。

「お祝いしよう!

今夜、飲みに行こうか?」

『いいんですか?

Bさ...』

彼女は『Bと別れる』発言を気にしている。

「気を遣ってくれてありがとう」

別れを伝えるタイミングが頭を悩ませていた。

いつ、どこで、どのように、Bに切り出そうか。

恋人関係を解消するのは容易くない。

住まいを共にしている故に、どちらかが出ていかなければならない。

俺か、Bか。

昼過ぎに届いた通知内容が頭をよぎる。

『口座残高不足により、指定日に振替できませんでした』

3か月連続だった。

Bからの入金が滞っていた。

Bの求める条件に合わせて選んだ部屋だった。

Bの収入の方がはるかに多いに違いなかったが、男の意地で家賃は平等に折半しようと決めた。

ごく一般的なサラリーマンに過ぎない俺には、あの部屋の賃料を一人で支払い続ける資金力がない。

困った。

チャンミンには、あの部屋に住んだらいいと言っておいて、現実的に考えるとあの部屋を維持できないことに気付いたのだ。

Bとの同棲生活を解消したら、1LDK辺りにレベルダウンしなければならない。

1LDKでチャンミンと暮らすということは...チャンミンと同じ部屋で寝る...。

...無理か。

1LDKでは、彼女との同居は出来ない。

おい、ユノ!

彼女と『一緒に暮らす』前提でいるじゃないか。

こらー。

何、想像してるんだ!

髪をぐちゃぐちゃにかきむしった。

「ふう...」

缶コーヒーでも飲んで、おかしくなった頭を冷まそう。

でも...眠る彼女の顔を見てみたい。

きっと、ものすごく可愛い寝顔なんだろう、と思った。

 

(つづく)

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