~ユノ~
「ユノさん」
チャンミンが俺を覗きこんでる。
俺は枕に顔を埋めたまま、じっとしていた。
俺がこの後どう出るのか、不安いっぱいの表情をしているのだろう。
さて、どれだけ知らんぷりを決めこもうか。
いい加減、落ち込んだ姿を見せている自分が、いよいよ恥ずかしくなってきた。
顔を上げるタイミングをはかっていた。
「ユノ...さん?
あの...ごめんなさい。
僕...」
つんつん、と俺の肩を突いている。
「......」
よくよく考えると、チャンミンは何も悪くない。
彼が男だったからって、俺が腹をたてる理由はないはずだ。
俺はチャンミンの兄の言葉をまともに受け取り、彼が実は男だとミリほども疑いを持っていなかった。
せいぜい、兄弟そろって俺を騙していたことや、すっかり騙されていた俺自身の間抜けさ程度。
それほどチャンミンは、「女子」に見えたのだ。
可愛らしい面立ちをしているし、メイド服やワンピースがよく似合っていた。
...しかし、チャンミンが男だったからって、今後の生活に何ら影響はないはずなのに、腹正しかった。
着替えや話題など、かえって気を遣わずに済むというのに。
なぜ?
なぜだろう?
チャンミンが『女の子じゃなかった』ことを残念がっているのだろう。
・
「くくくく...」
男の証を目の当たりにして、究極な形でチャンミンが実は男だと知らされた。
彼もまさかあのタイミングで、あんな形でバレてしまうとは思いもしなかっただろう。
すってんころりと見事に転んだシーンを思い出すと、可笑しくて仕方なくない。
「くくくく...」
腹の底から笑いがこみあげてきた。
「ユノさん?」
俺は跳ねるように身体を起こすと、「わ~はははは」と笑った。
チャンミンは目を丸くしている。
「分かった。
君の弁明を聞くよ」
俺ときたら、「弁明」だなんて意地悪なことをついつい言ってしまった。
チャンミンは遠慮がちに、ベッドの足元あたりに腰を下ろした。
「ごめんなさい」
俺は手を伸ばし、しゅんぼりと猫背になっている彼の肩を叩いた。
「『弁明』って言い方が悪かったね。
君は何も悪いことしていないのに。
君が女の子だと思い込んでいたのは、俺の方だったよね」
「女の子の格好をしている僕が悪かったんです」
「君は悪くないさ。
人は誰しもお気に入りなことがあるからね。
それにしても...不自然さがなかったらなぁ」
「ふふっ。
そう言ってもらえると嬉しいです」
「自分のことを『僕』って呼んでたことを、突っ込んで聞いてみるべきだったね。
たまにそういう子もいるっていうしね」
「そうかも、ですね」
そう言って、チャンミンは肩をすくめた。
彼は自身を『わたし』呼びしない、女装男子。
「それにしても、Tのやつめ。
妹って...さあ。
あいつの言葉に騙されたよ」
「お兄ちゃんは悪くないんです。
40%くらいは悪いかも...へへへ」
「俺の勘違いを訂正しなかったからなぁ。
酷いなあ」
「ごめんなさ~い。
いつかは教えてあげようと思ってたんです。
だって僕は男ですもん」
「そっか...」
チャンミンの趣味や主義、目指す姿が、現段階の俺には理解できていない。
彼はバスタオルの裾をくるくるいじっている。
ドライヤーで髪を乾かす間がなかったせいで、濡れ髪のままだ。
今さら気づいたのだが、バスタオルを巻き付けただけの格好だった。
ぶらぶらしている足が、やはりデカい。
「騙すなら身近な人から、って言うじゃないですか」
「その点は成功してるよ」
彼に、女の心があるのか、女になりたいのか、女の格好をしたいだけなのか分からない。
俺の気持ちを悟ったのか、「いろいろと気になることがあるでしょう?」と言った。
「ああ」
「ですよね?」
俺は大きく伸びをした。
「ま、いっか。
君は君だからな」
「そうですよぉ」
「君のことに興味津々だよ」
自然について出た言葉だった。
「いっぱい教えてあげますよぉ」
先程までしょんぼり元気がなかったのが嘘のようだった。
俺もチャンミンも。
・
「安心したら眠くなってきた」と言って、チャンミンは寝室に直行してしまった。
「興味津々だよ」の言葉通り、質問攻めにしそうだった俺は、肩すかしをくらった気分だ。
・
「チャンミンちゃん?」
コツコツとドアを叩いてみたが、返事がなかった。
そっとしておけばいいのに、俺は放っておけなかった。
「入ってもいい?」
そっとドアを開けると、室内は真っ暗だった。
「チャンミン...ちゃん...?」
彼は横座りした格好で、畳んだままの布団に突っ伏していた。
(やっぱり...寝てた)
バスタオルを巻き付けただけの姿で、細い脚を折り曲げ、上に置いた枕を抱きしめる恰好で眠っていた。
「風邪ひくよ」
指の背で彼の頬に触れた。
ミルクみたいな香りがする、すべすべで柔らかい頬。
初めての土地で慣れない電車に乗って、仕事の面接を受けて緊張したり、採用されて喜んで。
秘密がバレたことで、平身低頭謝ったり。
疲れて当然だ。
布団に横顔を埋めて眠っていた。
彼の寝顔を、こんなに早く見られるなんて思いもしなかった。
洗面所からタオルを持ってきて、チャンミンの頭を包み込んだ。
濡れた前髪を耳にかけてやると、キリっとした眉の下のまぶたが優しいカーブを描いて閉じていた。
扇形に広がった彼のまつ毛がわずかに震えて、俺の指が思わず止まる。
純粋に、綺麗だと思った。
緊張の解けた彼の寝顔はあどけなくて、想像通り可愛かった。
リビングですってんころりんした彼の真ん丸の目ときたら...。
くすくすと、思い出し笑いがこぼれてしまった。
(つづく)