~ユノ~
Tから電話があった。
『チャンミン、仕事決まったんだってな』
相変わらず声が大きい。
「ああ。
喜んでるよ」
『町に出てくるって聞いた時は、大反対したんだ。
あいつは頑固だから、言い出したらきかないからな。
仕事が決まって一安心だ』
「しっかりした子だと思うよ」
『ユノ、ありがとうな
お前のおかげで助かった』
「大したことはしていないよ」
『騙してしまって悪かった』
チャンミンの口から、前夜の事件を聞かされていたようだった。
俺に嘘をついたことや、ずっと黙っていたこと自体は非常に腹立たしいが、不思議なことに、その怒りはすっと、消えてしまっていたからだ。
チャンミンとは既に仲直りをしていたことだし、騒ぎたてるのもどうかと思った俺は、わざわざTに電話をかけなかった。
Tからの謝罪の電話を待てばいい、と思っていた。
チャンミンが男だった事実については、未だ消化できずいるのだが...。
「しょうがねぇなぁ。
ま、いっか。
許してやる」
『ほんとすまなかった。
とっとと住むとこ探させるからな。
...だがなぁ、チャンミンは騙されやすいところがあるからなぁ。
面倒ついでに、アパート探しを手伝ってやってくれないか?』
「俺の部屋に住んだらどう?」と言えなくなってしまった事情が悔しい。
『1階は駄目だぞ。
一応オトコだが、女ものの服が紛らわしい。
営業マンにのせられてほいほい決めてきそうだから、お前がジャッジしてやってくれたら助かる』
「俺が見張っておくよ」
互いの近況を報告しあった後、Tとの通話を終えた。
仕事と住まいを決めたら彼は出て行く。
MAXで一か月。
そういう約束で彼を迎い入れた。
あっという間に仕事を決めてきた行動力を考えると、とんとん拍子に新しい住まいを見つけてきそうだった。
彼に出て行ってもらったら、俺は困る。
あんなに面白い子と暮らせたら、毎日笑っていられそうだ。
抜けてる彼の為、あれこれ俺が世話をしてやるのも楽しい。
・
別れ話のタイミングを図りながら、このことを常に頭の片隅に置いて、ベッドの反対側で眠るBを横目に出勤した。
業務に追われている間は忘れているが、ふとした時に「そうい言えば」と思い出した。
別れを決心してからわずか数日間で、俺は消耗していた。
ぐずぐずしている自分が不甲斐なかった。
べた惚れだった自分だっただけに、NOを突き付けるには気合が必要だった。
これを解決しなければ、前へ進めない
一方、チャンミンの存在は摩耗した俺の心を癒してくれる。
・
彼の初出勤の日、洋服を貸してやった。
その日は、淡い水色のストライプシャツ。
スタンドカラーが彼のほっそりした首を引き立てて、俺が着るよりずっと似合っていた。
女ものの洋服を除いてしまうと、彼のワードローブは乏しいものだった。
「お洋服を買う余裕がなくて...」と、恥ずかしそうにうつむく彼の頭を「ちょっとずつ揃えればいいよ。俺が貸してあげるから」ってポンポンした。
チャンミンに自分の洋服を着せることを、密かに楽しんでいた。
彼に洋服を買ってあげたいけれど、兄妹でもない、友人でもない、恋人でもない相手に買い与えるなんてやり過ぎだろうから。
彼は親友の『弟』だ。
それじゃあ、『友達』?
それだけのものなのか?
彼は『兄の友人』、としか見なしていないだろうけどね。
俺のシャツを着て、彼は張り切って出勤していった。
~チャンミン~
仕事場へ行くには、正面エントランスのエレベーターを利用する。
面接の日に使った黒い扉のエレベーターは、ビルの上階に住むYUNさん専用のもの。
10階建てのこのオフィスビルのオーナーなんだって。
このビルの他にもいくつか不動産を所有しているんだって。
凄いなぁ。
「一番おいしいのは、田舎の商業施設に駐車場用地を貸すことだ。
税金も安い、面積は広大で、余程のことがない限り貸し続けることができる」
彼はそう言ってニヤっとし、その『悪そうな』笑いにしびれてしまった僕はおバカさんだ。
彼と僕が接点を持てたのが、以下の通りだ。
当時、彼は現地の仲介業者さんとの打ち合わせの為、僕が住んでいた田舎町に訪れていた。
僕はショッピングセンターの電化製品店で、フルタイマーとして働いていた。
仕事用のノートPCの調子が悪いからと、急遽買い替えを迫られた彼の接客を担当したのが僕だった。
YUNさんが求めるスペックを聞き取って適切なものを選び、データ移行と必要とされるソフトのセットアップまで行った。
僕の仕事ぶりに満足してくれた彼は、会計カウンター越しに名刺を渡してくれた。
常識的に考えてみても、ホイホイと見ず知らずの、会ったばかりの大人の男性の車に乗るなんて、世間知らずもいいところだ。
でも僕は男だから何かされる心配はない。
YUNさんの車に乗っても大丈夫なのだ。
彼の車の助手席に座ったおかげで今の仕事にありつけたのだから。
(つづく)