(32)オトコの娘LOVEストーリー

 

~チャンミン~

 

6階の奥まったところにあるオフィスが、YUNさんの仕事場になる。

木製の家具とポップなカラーの張地、沢山の観葉植物(僕が知っているポトスとかゴムの木とかじゃないものばかり)が温かみを醸し出していた。

オフィスの中央に、螺旋階段がある。

黒い鉄製の手すりが、ナチュラルポップな雰囲気をキリっと引き締めている。

木製パーテーションに仕切られた箇所に、ガラス天板の大きなテーブルがあって、椅子が透明でここだけが未来的だった。

出勤してきたらオフィス内を整える。

例えば、打ち合わせテーブルを拭き、掃除機をかけて、観葉植物に水を与える。

1階エントランスの花瓶の水を取り替え、自動ドアのガラスをピカピカに磨き、彼宛に届いたメールをチェックし、打ち合わせ等に訪れる方たちへ、お茶を出す。

ビルやマンションを所有することで発生する細かい雑事を受け持つのも僕の仕事だ。

「管理会社に任せていたら駄目だ。

オーナー自らが心配りをしてやる面も持たないと、店子が逃げてしまうからね」と、YUNさんは言っていた。

デスクに置いたスマートフォンが鳴った。

彼は大抵、外出しているか上の階にいるから、用事がある時は電話をかけて僕を呼ぶ。

彼に呼ばれて螺旋階段で7階へ上がると、「忙しいところ悪いね」って口元だけで笑いながら振り向くんだ。

彼のまっすぐな背筋や、がっちりと広い背中、分厚い胸を見ると思わず抱きつきたくなってしまう。

そんな気持ちをグッと隠して、彼からの指示を待つ。

男の人にドキドキしてしまう自分は「もしかして...」って思ってしまうけど、今は取り上げたくない事案だ。

彼はいつも白いシャツとチノパンを身に着けている。

よくよく見ると、少しずつデザインや素材が違っているから、相当のお洒落さんだな、って感心している。

「配合を教えるから、覚えるんだ」と、僕の肩を抱いて奥の作業テーブルへ案内した。

彼のスキンシップに毎回、ドキッとする。

心臓の音が彼に聞こえないか心配になるくらい。

彼がかがむと艶やかな長い髪がさらさらと肩からこぼれ落ちて、いい香りが広がる。

至近距離の精悍な横顔が眩しくて、心臓が口から飛び出しそう。

彼は身を固くする僕に気付いて、「申し訳ない」と手を離す。

彼のことが好きな僕はもっと触れて欲しいのに、って残念に思うんだ。

やっぱり僕は「もしかしたら、僕は男の人が...」

 


 

~ユノ~

 

「仕事はどう?」

 

夕食後、俺はソファに、チャンミンはソファにもたれて、のんべんだらりと過ごしていた。

2人とも風呂上がりで真っ赤な頬をして、首にタオルをひっかけていた。

彼はソーダ―味のアイスキャンディーを舐めながら「頑張ってます」と、答えた。

兄弟のように、交際5年のカップルのように、俺たちはリラックスしていた。

 

「仕事内容は?」

「アシスタントです」

 

『アシスタント』という響きが怪しかった。

 

「雑用係です。

観葉植物に水をあげたり、電話をとったり。

ひとつひとつは大したことありませんが、やることは沢山あります」

 

「そっか」

 

俺は正面のTVが流すバラエティ番組をよそに、携帯電話を操作していた。

『明日、外で食事をしないか?』と、Bにメールを送信していた。

 

「チャンミンちゃん!

垂れてるよ」

 

溶けたアイスが彼の指に垂れていた。

 

「あー!」

 

慌てた彼は、指に滴ったシロップをぺろりと舐めとり、角がとれた水色のアイスキャンディーを口に含んだ。

「ちゅるっ」と頬張る彼の口元に視線は釘付けになって、「ごくり」と喉が鳴った。

 

(こらー!

こらー!

何を想像してるんだ!)

 

「あわわわ...」

 

彼は軸が抜けてしまったアイスを大きな口で丸ごと受け止めた。

きーんとこめかみが痛いのだろう、ぎゅーっと目をつむり、鼻にしわを寄せている彼が可笑しくて。

この時の俺の眼差しは、とても優しかったと思う。

彼は背中を見せていたから、俺がどれだけゆるんだ顔をしていたのかを知られずに済んだ。

 

「あ~あ、冷たかったです」

 

彼はこめかみを揉みながら、俺の方を振り返った。

への字に眉を下げて「てへへ」と笑っていた。

俺はこの笑顔に弱いんだ。

 

「チャンミンちゃん。

ペディキュアが剥がれかけてるよ」

 

胸がきゅっとしたのをごまかしたくて、彼の足先を指さして言った。

 

「え、嘘!」

 

彼は床に長々と伸ばしていた脚を、引き寄せて爪先を確認している。

 

「ホントに...どうしよう」

 

ゆるいTシャツの衿から、彼の長い首と薄い肉付きの背中がのぞいていて、慌てて目を反らした。

俺はおかしい...。

どんどんおかしくなってゆく。

そこはかとなく漂わせている色気に、欲情が揺れてしまう。

彼は男だ。

彼の感情が真っ先にあらわれる、ピンと立った耳。

柔らかそうな耳朶を「はむ」っと咥えたくなってしまう俺は、いやらしいオヤジと化している。

突然彼は、「コンビニに行ってきます!」と立ち上がった。

 

「今から!?」

 

彼は6畳間から愛用のリュックサックを背負って戻ってきた。

 

「ユノさんも、一緒に行きます?」

 

君の誘いを断るわけないじゃないか。

 

(つづく)