(34)オトコの娘LOVEストーリ

 

~チャンミン~

 

粘土の捏ね方の指導を受けている間、粘土を捏ねるYUNさんの手を食い入るように見ていた。

YUNさんの大きな手の中で、石膏粘土の真っ白な塊が形を変える。

YUNさん手の甲に浮かんだ血管だとか、節が太くて力強そうな指だとか、短く整えられた爪だとかに目を奪われていると。

 

「チャンミンくん?」

(YUNさんは僕のことを『チャンミンくん』と呼ぶ)

 

「届いたばかりの粘土は固すぎるから、水を少し加えて練ることで、手の平の体温でほど良い柔らかさになる」

 

YUNさんは、ポリ容器からどろりとしたものを、捏ねかけの粘土にひと垂らし加えた。

 

「これは水を加えてゆるくした粘土ペーストだ。

液状にまでゆるくしたものも、完全に硬化させたものも使うよ。

作品の部位によって、使い分けているんだ。

君には『頃合いのいい』粘土をあらかじめ作っておいてもらいたい」

 

ステンレス製のラックにずらりと並んだポリ容器を指した。

 

「へぇ...使い分けるんですね」

「君の仕事になる」

「はい」

 

YUNさんは脇にどき、いよいよ僕が粘土を捏ねる番になった。

べニア板を貼っただけの作業台にかがんで、両手でぎゅっと押し、ひっくり返してまた押しを繰り返した。

彼の高い身長に合わせて作られた台だったから、高さはちょうどよい。

 

(ひっ)

 

耳の後ろに生温かい息がかかった。

YUNさんが僕の真後ろに、触れそうで触れない距離に接近している。

 

近いです。

近すぎます!

 

これっていわゆる、セクハラ...?

シチュエーション的にそう感じてもいいはずなのに、YUNさんの場合は全くそう思わないの。

もしYUNさんが、私の好みじゃない中年オヤジで、異性としての好意を持てない人だったら、張り倒してた。

でも、僕はYUNさんのことが好きだから、全然そんな風に思ったことない。

 

「そんな優しいやり方じゃなくて...」

 

背後からYUNさんの日焼けした腕が伸びて、僕の手の上にYUNさんの手が重なるから、私は卒倒しそうになった。

 

「もっと力いっぱい」

 

(まるで映画のワンシーンみたい!)

 

「分かった?」といった感じで横目で見られて、そのくっきりとした二重瞼の下の黒い瞳に吸い込まれそう。

 

「あとは、一人でやってみて。

それにしても...君の腕は細いね」

 

彼は粘土で白く汚れた手を、濡れタオルで拭きながら言った。

 

「...そうですか?」

「栄養足りてる?」

「毎日、お腹いっぱい食べてます。

横にじゃなく、縦に栄養が取られてるんだと思います...」

 

男の身体。

脂肪になりにくいのだ。

ここでふと疑問に思うのは、YUNさんは僕のことを女の子だととらえているのだろうか?

どっちなんだろう...と心の中で首を傾げいたところ、

 

「それじゃあ、横にも栄養がいきわたるように、美味しいものを食べさせないとね。

来週あたりに夕飯を食べに行こうか?」

「え...?」

 

彼からの突然のお誘いに、粘土を捏ねる手が止まった。

 

「はい...お願いします」

 

上司にあたる人と、勤務時間外に1対1で食事をするなんて...YUNさんが初めて。

YUNさんは誰に対してもいつもこんな感じなんですか?

前にいたアシスタントの子にも、こんな感じで接してたんですか?

スキンシップとか誘ったりしたら、僕、いっぱい勘違いしてしまいますよ。

下のオフィスから、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 

「行かなくちゃ!」

 

YUNさんはちらりと壁の時計を確認すると、慌てて応対しようとする僕を押しとどめた。

 

「俺が行ってくる。

手が汚れているだろ?

君はこの続きをやっていなさい」

私の肩をポンと叩くと、YUNさんは螺旋階段を下りて行った。

 

「ふう」

 

YUNさんに“ポン”とされると、僕のハートもポンと跳ねて、腰から力が抜けてしまいそうになる。

ユノさんに頭を“ポン”とされる時、僕の気持ちはどんな風だったっけ...?

 

 


 

~YUN~

 

俺の言動一つで、振り回される相手を目にするのは愉快だ。

自分の外貌が周囲に与える影響を承知しているから、恵まれた条件を利用させてもらっている。

飛んで火にいる夏の虫。

光に誘われて集まる不快な虫たちの中には、稀に美しい蝶が迷い込んでくる。

羽を休めて眠りについている時刻になのにも関わらず。

 

 

俺は美しいものが好きだ。

俺の手のひらにひらりと止まったそれを、眺めて愛でた後その羽をむしる。

羽を失い毛虫と成り下がったそれも、しばし眺めた後、手の平を傾げて地面にポトリと落とす。

残酷だろう?

真白な造形を指先から創造するには、破壊行為が必要なんだ。

 

「YUNさん...」

 

液状粘土の入ったポリバケツを下げたチャンミンに呼ばれた。

 

「あの...出来ました」

 

必死に作業していたのだろう、長めの前髪が汗で額に張り付いていた。

細かくちぎった粘土に水を少しずつ加えて揉みこんで、どろどろの状態にするよう指示をしておいたのだ。

粘土10㎏分。

前のアシスタントだったら1日かかったものを、この子は半日でやり遂げたか。

細い腕を肘まで白く汚していて、汗をぬぐった時に付いたのか額に乾いた粘土がこびりついている。

 

「こんな感じで...よろしいですか?」

 

丸いカーブの上瞼の下のみずみずしい瞳が、俺の言葉を待っている。

褒めてもらいたがってる顔をしている。

 

「付いているよ」

 

チャンミンの額の汚れを親指で拭ってやる間、ギュッと目をつむったりして、可愛い顔をするんじゃないよ。

滅茶苦茶にいじめたくなるじゃないか。

まさか本気にするとはな。

面白半分で「来ないか?」と誘ったのを真に受けて、ここまで訪ねてきた。

飲み込みも早く、真面目で賢そうな子だと、接客してもらった時に見抜いていたが、そんなことよりも、民の見た目や佇まいが好みだったというのが、チャンミンを誘った最大の動機だ。

悪いが俺は、残酷な男だ。

疑うことを知らない純真な眼を見ていると、君の羽をむしりたくなるんだよ。

チャンミンの尻に手を伸ばしかけたが、「まだ早い」と思いとどまった。

 

(つづく)