~ユノ~
「嘘...でしょ?」
「嘘じゃない。
俺は、本気だ」
「ユノの口からそんな言葉で出てくるなんて、信じられないんですけど?」
「信じられない」を繰り返して、リアは顔をゆがめて笑った。
「...ユノのくせに...」
「え?」
「ユノのくせに、そんなこと言っていいわけ?」
からかうような笑いを含んだ言い方だった。
ユノのくせにって、一体どういう意味なんだよ。
君にとって俺は下の立場なのか?
彼女に押し倒された数日前にも、同じセリフを聞かされた。
彼女との別れを決心させた台詞をもう一度聞かされた俺には、怒りすら湧いてこない。
寂しい気持ちでいっぱいだった。
「俺だって、『そんな言葉』を口にできるんだよ」
「あんなに好きって言ってたじゃない?
私のことを愛しているって。
リアじゃなければ駄目だって。
リアのために何だってするって。
その言葉は嘘だったわけ?」
「嘘じゃなかったよ、当時はね。
でも今は...違う」
「大嘘つき」
彼女の目に涙が膨れ上がり、口が斜めに歪んでいた。
彼女の唇にキスすることは、永遠にない。
「この部屋に住み続けることは、俺には出来ない。
俺は出て行...」
ピシャリと冷たいものが顔にかかった。
「!!」
リアがグラスの中身を浴びせたのだった。
「信じられない...!
急に別れたいとか、住めないとか言われて、私はどうすればいいのよ!
ユノ!
私を捨てるっていうこと?」
「捨てるだなんて...。
俺たちはもう終わってたじゃないか?」
前髪からジントニックがポタポタとしたたり落ちた。
「俺たちはずっと別々だった。
俺はいつも独りだった。
何のために同じ部屋に住んでいるのか、分からなくなったんだ」
「分かったわ」
リアが大きなため息をついた。
「私、これから早く帰るから。
それで、いいでしょ?」
「そういう問題じゃないんだ」
リアと過ごす時間がこれから増えたからといって、俺の意思が翻ることはない。
俺の心はもう、別のところに向いているんだ。
「嫌よ!
別れたくないから!」
俺は絶句した。
『別れたくない』だって?
「分かった、別れましょう」って、リアはあっさり頷いて、この別れ話はさくさく進むと高を括っていた。
「ユノとの暮らしは退屈だったの。
私もいつ言い出そうかタイミングを見計っていたのよね。
で、あなたはいつここを出て行くの?」ってな感じに。
ところが、予想外の彼女の拒絶っぷりに、俺は驚いていた。
「リア...」
顔を覆って泣き崩れた彼女の肩を抱こうとするところだった。
リアを傷つけたくなかったけど、別れ話をしている時点で十分傷つけている。
残酷な言葉だけど、今ここではっきり言葉にしないといけない。
俺はすっと息を吸った。
「俺はもう、恋人として君を、愛していない」
リアが投げつけた空のグラスが、俺の胸に当たった後、床に落ちてガシャンと割れた。
(つづく)