(39)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

「さてさて、ユノさん。

どのお部屋にしましょうか?」

 

俺はチャンミンの足元でしゃがみこんでいた。

 

「おー!

すごいですよ、プールがありますよ、このお部屋!

...でも、お高いですね。

もうちょっと、リーズナブルなところにしましょうね。

ユノさんはどれがいいですか?」

 

「好きなところを選んだらいいよ」

 

「了解です」

 

ぐらぐらする視界の端で、彼はパネルに並ぶ写真の中から品定めをしている。

後から入ってきた20代カップルに先を譲った。

俺はとろんとした目で、エレベータの扉が閉まるまで彼らを見送った。

 

「ピンクのお部屋にしました。

ほら!立ってください!

行きますよ」

 

俺は差し出された彼の手を握った。

点滅するライトを頼りに目当ての部屋を探し当て、ドアを開ける。

 

「わあぁ...!」

 

立ち尽くす俺をすり抜けて、目をキラキラ輝かせて彼は中央に据え付けられた円形のベッドに倒れこんだ。

 

(メンタルが弱っていると、駄目だな。

あれっぽっちの量でここまで酔っぱらうとは!)

 

彼は部屋の設備を1つ1つチェックして、そのいちいちに感嘆の声を上げている。

俺は合成繊維のすべすべするベッドカバーに、じっとり火照った横顔をくっつけて、ぼーっとしていた。

 

「サービスでご飯が食べられますよ。

あとで注文しましょうね」

 

ワクワクを隠し切れない彼は、ラミネートされたメニューを手に歌うように言った。

 

「さて、と。

ユノさん、お風呂はどうします?」

 

「家でもう入ってきた」

 

俺はくぐもった声で答える。

 

「了解です。

僕はお風呂に入ってきますね」

 

彼は俺のビーチサンダルを脱がせ、ベッドカバーで身体を包んだ。

 

「ユノさんは、寝ててくださいね」

 

そう言って彼はバスルームに消えた。

 

「ひゃー。

すごいですよ、ユノさん!

お風呂、広いですよー。

ライトアップできるんですねぇ」

 

俺はうとうとしながら、彼のはしゃぎ声を聞いていた。

 

「一緒にはいりませんかぁ?」

 

(は!?)

 

俺の目が瞬時で開く。

 

「冗談でーす」

 

...全く。

俺は一体どうして、『今』、『チャンミン』と『ラブホテル』にいるんだ?

彼は悪くない。

一人になりたくて街に出てきたのに、独りは寂しくて彼を呼び出してしまった。

彼の顔を無性に見たくて...。

俺が『帰りたくない』と言い張って、彼を困らせたくて。

 

 

「!!」

 

突然、耳たぶに冷たいものが押し当てられ、俺は飛び起きた。

 

「お水ですよー。

冷蔵庫の中も無料ですって。

冷たくて美味しいですよ」

 

「君...それ」

 

俺は彼を一目見るなり、思わずぷぷっと吹きだした。

薄ピンク色のシャツ型ガウンは、彼が着るとつんつるてんだった。

 

「変...ですか?」

 

甘ったるく安っぽいボディーソープの香りを漂わせていた。

 

「変じゃないよ」

 

(変どころか...可愛い)

 

俺はベッドの上にあぐらをかいて座り、彼から手渡されたミネラルウォーターをあおった。

からからに干上がった俺の喉を、冷えた水が滑り落ちていく。

彼は俺の隣に座ると、ごくごくとオレンジジュースを一気飲みし、ぷはーっと息を吐いた。

 

「さて、と。

さっぱりしたところで、ユノさんのお話を聴きましょうか?」

 

ハイテンションだったこれまでとうって変わって落ち着いた、労わるような口調だった。

 

「大丈夫じゃないですよね。

辛いですね」

 

「......」

 

彼は俺の頭を撫ぜながら、静かに話し出した。

 

「僕は誰かとお付き合いしたことがないので、フる側の気持ちは想像するしかできませんし、誰かと両想いになったことなんてありません。

お付き合いしていた人との関係を終わらせるのって、大変なんだろうなぁ、って思います」

 

俺の鼻先は、合成繊維の布越しに彼の細い鎖骨を感じていた。

 

「......」

 

「僕でよければ話を聴きますよ。

男同士じゃないですか。

独り言だと思って、お話しくださいな。

楽になりますよ」

 

「チャンミンちゃん...」

 

ぶわっと、俺の目に涙が湧いてきた。

俺は堰を切ったかのように、リアとの出会いから同棲を始めるまでの経緯、その後の虚しい日々まで全部語っていた。

俺の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

 

「別れたいと口に出さなければ、今までのように暮らしていけたのに...」

 

(リアへの恋愛感情は消えてしまったけれど、彼女と過ごした1年を思い出すと、胸が切なくて苦しいんだ)

 

「ユノさんは、今までの暮らしに戻りたいんですか?

もしそうなら、リアさんとやり直せるんじゃないんですか?

間に合うんじゃないですか?」

 

俺は激しく左右に首を振った。

 

「...別れなくちゃいけなかったんだ。

俺はもう、リアの彼氏でいたくなかった。

気持ちが無くなっていた」

 

「ユノさんは、そう決めたんでしょ?

自分の気持ちに正直でいることは大事、だと僕は思ってます」

 

(悲しいのは、俺たちは『終わってしまった』、という事実だ)

 

彼は肩を震わせて泣く俺の背中をポンポンと、あやすように優しく叩いた。

 

「失恋は...辛いですねぇ。

別れを告げたのはユノさんの方からだったとしても、やっぱり失恋ですね」

 

彼のガウンに、次々と溢れる俺の涙が染みを作った。

 

(チャンミンの前で泣いてしまった。

俺の色恋沙汰を赤裸々に暴露してしまった。

甘ったれた姿を見せてしまった。

彼なら全てを受け止めてくれそうな、安心感がある)

 

「ほらほら、涙を拭いてくださいな」

 

彼はガウンの裾を引っ張って、俺の顔を拭った。

すると、彼の黒いショーツが目に飛び込んできて、俺はここにきて初めて自分たちがどこにいるのかをリアルに認識した。

 

ラブホテルの円形ベッドの上...。

 

ヘッドレストの上には、ティッシュの箱とコンドームが2個並んでいて...なんていう光景だよ。

 

(つづく)