(5)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

「おはようございます、ユノさん」

コンロに向かっていたチャンミンは、起床してきた俺にきづいて振り向いた。

「!」

昨日から我が家に滞在していることを忘れていた。

目が覚めた。

「おはよう」

彼女はTシャツワンピース姿で、肩まであるくせ毛はシュシュでまとめられている。

メイド服は似合わないとは言わないけれど、個人的に言うと今のようなリラックスした恰好が好きだ。

(!)

ここで、俺はあることに気付いてしまった。

彼女のワンピースから慌てて目を反らすしかなかった。

挙動不審な俺に対し、彼女は「この服...変ですか?」と不安そうに眉を下げた。

「いやっ!

変じゃないよ」

(変じゃないけど!

全然変じゃないけど!)

薄い生地ごしにつん、つんと2つの突起物が浮き出ている。

(乳〇が透けてる。

『君はブラをしないんだ?』...なんて本人には絶対に言えない)

「こっちで暮らす時用に買ったワンピースです。

ちょっと丈は短いですけど」

彼女は俺の前でくるりと回って見せた。

膝上丈のカットソー生地がふわっと広がって彼女の白い太ももが露わになり、俺は再び目を反らすこととなった。

無駄な贅肉のない細い太ももだった。

ターンし終えた彼女は「ユノさんって...男の人なんですね」としみじみと感心したようにつぶやいた。

「どこが?」

「あらためて言われるようなところなんてあったっけ?」と首をひねる間もなく、彼女が何を指しているのか分かってしまった。

(しまった!)

俺はスウェットパンツをつまんで、腰をかがめた。

(油断していつものように起きてきてしまった!

男の朝の生理現象を見られたか!?)

「いえ。

そこじゃなくて」

「へ?

どこ?」

「ヒゲです。

泥棒さんみたいな顔になっています」

俺の顔を指さしくすくす笑う彼女に、仕返しのつもりでこう言った。

「そういうチャンミンちゃんこそ、髭面になってるよ」

「ひっ!」

彼女の顔が一瞬で凍り付いた。

「どうした?」

彼女は両手で顔を覆うと、俺に背を向けた。

「見ないでぇ!!」

「えっ?」

「恥ずかしいから、僕を見ないでください!」

「チャンミンちゃん?」

彼女が洗面所へ駆けていってしまった理由が分からず、俺はぽかんとその後ろ姿を見送るだけだった。

(どうしたんだ?

君に髭が生えるわけないじゃん。

...冗談がきつかったのかな)

焦げ臭い匂いが漂ってきた。

「卵!」

俺はコンロに飛びつき火を止めた。

調理が途中放棄されたフライパンの中身は、黒焦げになってしまった。

 

 

数分後、洗顔を済ませたチャンミンと朝食のテーブルについた。

メニューは珈琲とバタートースト、そして彼女が再チャレンジした卵料理だ。

彼女は「オムレツのはずが、炒り卵になっちゃいました」と申し訳無さそうに言った。

料理は...下手な方かもしれない。

俺は皿の上に乗った黄色いぐちゃぐちゃを見下ろした。

ひどい仕上がりだったとしても、誰かに用意してもらった朝食は久しぶりだった。

コンソメスープ(レトルトもの)のカップに口を付けかけたところで、

「Bさんは?

まだ寝ていらっしゃるんですよね?」

と訊ねられた。

「明後日まで帰ってこないんだって。

それに、Bは朝ごはんを食べない主義なんだよ」

と答え、次いで心の中で「体重管理に命をかけているからな」と付け足した。

今朝、枕もとで点滅するスマートフォンに「撮影旅行で3日程留守にする」と簡潔なメッセージが届いていた。

「そうですか...」

「Bのことはいいから、食べよう!」

「はい」

チャンミンがBの席に座っている。

1年前まで俺とBはほぼ毎日、こんな風にに向かい合って朝食をとっていた。

西欧の血が混じった美しい顔とパーフェクトな身体をもつBに、見惚れる気持ちをまだ持っていた頃のことだ。

 

 

あの頃は、Bの恋人が自分であることが自慢で幸せだった。

Bの仕事が忙しくなると帰りが遅くなったり、外泊する日が増えてきて、数日間顔を合わせない日が当たり前になってきた。

深夜にベッドに滑り込んできたBを後ろから抱きしめると、鬱陶しがって僕の腕を跳ねのけられる日もあったっけ。

かと思えば、ベッドサイドに置いた俺の携帯電話をチェックしていることもある。

褒められた行為じゃなかったとしても、ちゃんと俺のことが気になっているんだと、少しだけ嬉しかった。

B以外の女性と浮気なんてあり得ない。

Bの方が浮気をしているとか...?

まさか。

自分以外の男と浮気だなんて絶対にない、と根拠のない自信があった。

どんなに帰りが遅くなろうと外泊が続こうと、Bは必ず俺たちの部屋に帰ってきたから。

ここは俺とB、2人の家だった。

...しかし、今はどうなんだろう。

これまで俺はBの帰りを待ち続けてきた。

この部屋で1人を過ごす日を積み重ねていくと、それが当たり前になってくる。

実は俺は寂しかったんだろうな。

だから、Tからの依頼に渋々な様子を装いながらも承諾したんだ。

「Bが嫌がるのでは?」と一瞬迷ったし、Bが納得するように何て説明しようか頭を悩ませたけれど、結局はチャンミンちゃんを受け入れた。

この停滞した部屋に、新しい風を取り込みたかったのかもしれない。

 

 

「そうでした!」

お代わりの珈琲を飲んでいた時、チャンミンは胸の前でパチンと音を立てて手を合わせた。

「?」

「今日、実家から荷物が届くんです。

受け取りまで家で過ごしててよろしいですか?」

「いいに決まってるだろう。

俺の許可はいらないよ。

好きに使っていいから」

「ありがとうございます。

僕、早く仕事を見つけて住むところを見つけますね」

「慌てなくていいよ」

「そういうわけにはいきません。

早く出てゆきますから」

「いいんだ。

いくらでも居てていいからね。

大歓迎だ」

だなんて、余裕めいたことを言っているが、俺は未だ肝心なことを後回しにしている。

 

(つづく)