(4)オトコの娘LOVEストーリー

 

~チャンミン~

 

深夜過ぎ、僕は喉の渇きで目を覚ました。

フローリングに直接敷いた布団のせいで、少し腰が痛かったこともある。

音を立てないよう引き戸を開けて、リビングをつま先立ちで通り抜けた。

就寝前、優しいユノさんは「何でも自由に使っていいよ」と声をかけてくれたのだ。

冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出すと、流しに伏せてあったグラスに注いだ。

ユノさんの家は、全てのものがあるべきところにあってきちんとしている。

お風呂を使わせてもらったときも、僕のために新品のボディタオルが用意されていた。

大雑把で声が大きくて、ごついお兄ちゃんの友達だと信じられない。

僕は冷たい水を飲みながら、キッチンカウンターの上に整然と置かれた電化製品をひとつひとつ見ていく。

ピカピカに磨き上げられたそれらには、ご飯粒ひとつコーヒーのシミひとつない。

使ったグラスをきれいに洗って、食器かごに伏せておいた。

(さて、寝直そう)

ボトルを元に戻そうと冷蔵庫の扉を思いきり開いた瞬間のことだ。

ガツンと取っ手に衝撃が走り、同時に悲鳴が上がった。

「いでっ!」

扉の後ろで、ユノさんが鼻を押さえてうずくまっていたのだ。

 


 

~ユノ~

火花が散った。

自分の身の上に何が起こったのか、直ぐには分からなかった。

衝撃で背後によろめき、床にへたりこんだ。

遅れて激痛が鼻に走った。

「まあ!

ごめんなさい!」

声の主はチャンミンだった。

「まさかそこにいらっしゃるとは気づかなくて!」

彼女は俺の傍らにしゃがむと、苦痛に歪む俺の顔を覗き込んだ。

彼女が勢いよく開けた冷蔵庫の扉が、俺の鼻に直撃したらしい。

「鼻血出ましたか!?」

「どう...かな...」

「何か...何かないかしら」

彼女はカウンター周りを見回し、目についたものを俺に手渡した。

「これで押さえててください!」

「だ、だいじょうぶ...だから」

「僕ったら...どうしましょう」

手渡された布状のもので鼻を覆い、痛みが引くのを待った。

「どうしましょう。

どうしましょう」

おろおろする彼女があまりに可哀そうで、ひらひら手を振って問題ないことをアピールした(実際はめちゃくちゃ痛い)

「ユノさんの高いお鼻が折れたらどうしましょう!」

「大丈夫。

折れてたら、もっと痛いと思う」

つむっていた目を片方開けてみると、間近に彼女の顔があった。

今にも泣き出しそうな表情をしている。

彼女の吐息が頬に感じられるほどの近さに、鼓動が早くなった気がした。

「血、出てませんよね?」

鼻に押し当てていた布を見せた。

「ほら、鼻血は...出てないよ」

「よかったぁ」

彼女はよろめきながら立ち上がる俺の腕を支えた。

「くくくく」

彼女がとっさに渡したものがオーブンミトンであることが分かり、可笑しくてたまらなかった。

「何が面白いんですか?」

「いや...可愛くってさ。

これ...鍋つかみだよ。

くくくく」

「必死だったんです。

それしか見つからなくて」

「ありがとう」

俺たちはキッチンカウンターに並んで立った。

「チャンミンちゃんは、身長はいくつあるの?」と訊ねると、身長に触れられることが嫌なのだろう、彼女は鼻にシワをよせ消え入りそうな声で答えた。

「185か6センチです...多分」

「高いね」

「でか過ぎですよね。

コンプレックスなんです。

ドレスが似合うようになりたいのですが」

「いいんじゃない?

そのままで」

「ホントですか!

ユノさんにそう言ってもらえると、嬉しいです」

ほっそりとした指で前髪を耳にかける仕草に色気を感じた。

彼女は俺の食い入るような視線に気づくと、「どうしました?」と小首をかしげた。

「い、いや、なんでもない...」

「痛いんですよね?」

「いや...そうじゃなくて」

「見せてください」

「いやいや、大丈夫だ」

顔を近づける彼女から逃れようとしたところ、

「逃げないでください!」

彼女に手首をつかまれ、有無を言わさず俺の両手は脇へと下ろされた。

抵抗したくとも、彼女の腕力は凄まじかった。

その男並みの馬鹿力に驚く間もなく、彼女の視線が真正面からぶつかった驚きで、まぶたを閉じることになる。

彼女は指先で俺の眉間に触れた。

「...っ!」

鏡で見ていないから分からないが、赤く腫れているかもしれない。

どれどれと、鼻先が触れ合わんばかりに近づけるものだから、数センチ身動きしたらキスできるほどだった。

俺と同じシャンプーの香りを吸い込み、妙な気持ちになった。

 

(つづく)

 

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