~ユノ~
俺たちはダイニングテーブルについていた。
「できあいのものばかりで悪いんだけど、好きなものだけ食べていいからな」
彼女の好みが分からない俺は、彼女が昼寝をとっている間に何種類もの総菜を買いこんできていた。
「お皿に移しかえるなんて、ユノさんはきちんとされている方なんですね」
と彼女に褒められて、俺は照れるよりも寂しく虚しい感情に陥っていた。
(Bだったら、こんな小さなこと絶対に気付かない。
チャンミンが座っている席には、普段はBがいる。
もっとも俺たちが共に食事をすることはほとんどなくなった。
俺が帰宅する前にBは出かけてしまい、俺が出かけた後にBは帰宅する)
「Bさんはお仕事ですか?」
「えっ?」
急に同棲相手の話が出たことで、総菜を皿によそう手が止まりむせてしまった。
「Bさんに申し訳ないです。
彼氏さんと住んでいるところにお邪魔しちゃって」
そう言ってチャンミンは眉をひそめた。
「あ~...あいつは。
あいつはほとんど家にいないから、気にするな」
何と俺は、チャンミンがしばらくここに寝泊まりする件をBに知らせていなかったのだ。
典型的なサラリーマンの俺と、自由業のBの生活時間帯が重なることがまれだった。
すれ違い続きで滅多に顔を合わせないくせに、嫉妬深いところがあるからトラブルの種になりそうな今回の件は伝えづらかった。
(変わったファッションに身を包んではいても、チャンミンは美人だ。
Bは気にするだろう。
親戚関係にしておくのが最善かもしれない。
あとでチャンミンと打ち合わせておかないと)
「Bさんは、どんなお仕事をされているんですか?」
「えっと...モデルをやってる」
俺は口ごもった後、渋々答えた。
「へぇぇ」
チャンミンは目を見開いた。
「モデルさんなんですか。
お2人が並んで歩いたら、美男美女で周りは振り向くでしょう?
ユノさんは背が高くてかっこいいんですもん」
頬を赤らめる姿が可愛らしくて、彼女の笑顔から目が離せずにいた。
(この子はきっと、素直に育ってきたんだろうな。
笑顔を見れば、そんなことすぐわかる。
それに、感動するくらい目が綺麗だ)
チャンミンは夕飯をきれいに平らげると、「私は居候なんです。せめてこれくらいさせてください」と食卓の片づけを買って出た。
「ありがとう」
こちらに背を向け食器を洗う彼女を遠慮なく観察していた。
半袖から伸びたしなやかな腕や長い脚、頭も小さくモデルといっても通じるだろう。
(何かスポーツでもやっているのだろうか)
スレンダーとはいえ平均的な女性よりは肩幅はあり、バスケットボール選手のように体格はよい。
視線を下に移すと、俺並みに大きな裸の足にくぎ付けになる。
「大きなサイズも用意されているんだな」と、彼女が昼間履いていたワンストラップシューズが思い浮かんだ。
「オーダーメイドなのかな?」と、想像を巡らせた。
突然、テーブルに置かれたスマートフォンが震えた。
「はいはーい」
チャンミンはTシャツの裾で濡れた手を拭って、電話に出る。
「あ~、兄ちゃん?
うん...すごくいい人だよ...そうなの!
びっくりした!」
兄が相手だと、俺との時と違ってくだけた口調で受け答えてしている。
まだ初日だから仕方ないけれど、彼女とこんな風に言葉を交わせるようになりたいと、俺は思った。
「ユノさん」
「...」
「ユノさん!」
いつの間にか兄Tとの電話を終えたチャンミンが、俺の肩を揺らしていた。
「あ、ごめん!
ぼーっとしてた、何?」
「あの~、お風呂を貸してくださいませんか?」
「気が利かなかったね。
どうぞ、自由に使って」
俺はバスルームへ彼女を案内した。
すみずみまで掃除をしたバスルームは、爽やかなレモンの香りがする。
「タオルはここ。
シャンプーなんかは、ボトルにシール貼ってあるから。
洗濯機も自由に使っていいよ」
「はい」
「俺のと一緒に洗ってもいいのなら、洗濯機に放り込んでいいから」と冗談を言ってみたところ、彼女は「その方が効率的ですね。そうさせてもらいます」と答えるものだから、俺は焦ってしまった。
家族でもあるまいに、他人の...それも男のものと同じ洗濯機で洗われることに抵抗はないのだろうか。
例えば「一緒に入浴する?」と彼女に提案したりなんかしたら、「その方が時間もお湯も無駄になりませんね」と答えて従ってしまいそうだ(さすがにそれはないか)
「あの...ユノさん」
「?」
「何から何まで、ありがとうございます。
しばらくの間、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
深々と頭を下げるチャンミンに、俺は慌てて言う。
「そんな!
気にしないでいいから。
Tの妹さんなんだから。
いろいろと気付いてやれない時は、遠慮なく言って。
自由になんでも使っていいからな」
すると彼女は「ありがとうございます」と深々と頭を下げたのだった。
・
T。
お前の妹のユニークさに驚いた。
「あ~ん」とスプーンを近づければ、雛鳥のように「あ~ん」と素直に口を開けそうだった。
世間知らずの“お嬢さん”。
お前の妹だから、うかつなことはできないけれどあの子を見ていると、妙な気分になるんだ。
(つづく)