(51)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

帰宅したら、洗面所で何やらしていたチャンミンが慌てて6畳間に駆け込んでしまった。

初めて見るワンピースを着ていて驚いた。

あっという間だったけれど、黒地に白い小花柄のミニ丈で、白い髪に青い髪飾りを付けていたところまで、しっかりと目に焼き付いている。

妖精みたいに綺麗だったんだ。

6畳間のドアをノックして、彼に声をかけた。

 

「チャンミンちゃん?」

 

「ユノさんですか。

おかえりなさい、です」

 

ドアは閉じたままだ。

 

「チャンミンちゃん...あの...ワンピースのことだけど...?」

 

「似合いませんよね。

恥ずかしいです。

おろしたてなんです。

ごめんなさい」

 

どうして謝るんだよ。

 

「似合っていたよ、すごく」

 

「......」

 

「チャンミンちゃんの雰囲気に、合ってた」

 

「お世辞...じゃないですよね?」

 

疑り深い言い方が、いつもの彼らしくてほっとした。

 

「本心で言ってるよ。

似合ってた」

 

「可愛い」って言えばいいのに。

俺と彼は1枚のドアを隔てて会話していた。

 

「ありがとうございます。

試着をしてたんです」

 

「せっかくだから、出ておいで。

ちゃんと見せてよ」

 

「えー、笑わないで下さいよ?

ユノさんに笑われたら、僕、落ち込んで立ち直れなくなりますから」

 

「笑うもんか。

出ておいで」

 

「ユノ!」

 

寝室からむくんだ顔を出したリアが、俺を呼んだ。

 

「何?」

 

俺は気付かれないようため息をついた後、リアに応えて振り向いた。

 

 


 

~YUN~

 

ワンピース姿のチャンミンを一目見て、思わずピュゥっと口笛を吹く。

 

(ずいぶんとガーリーな恰好で来たな...)

 

ウエストは同色のコルセットで細く細く絞り上げられている。

俺に気付いて振り返ったチャンミンは、パッと頬を赤らめた。

 

「あのっ...ひらひらした格好をしてきてしまってすみません...」

 

俺に見てもらいたくて精いっぱいのお洒落をしてきた、といったところか。

俺はくすくす笑って、俯いてしまったチャンミンの肩を叩いた。

 

「可愛い系のワンピースは初めてだったからね。

へぇ...いいじゃないか」

 

俺は顎を撫ぜながらチャンミンの周りを一周した。

 

(細い腰だな。

まさか、メイドで来るとは。

予想を裏切ってくれて、楽しい子だ)

 


 

~チャンミン~

 

YUNさん、きっと呆れてる。

はしゃいでお洒落してきた僕に呆れてる。

昨夜、ユノさんに見てもらえばよかった。

おかしくはないか、ジャッジしてもらえばよかった。

「見せて」と言っていたのに、勇気を出してドアを開けたらユノさんはドアの向こうにいなかった。

リアさんのいる寝室へ行ってしまった。

YUNさんの逞しくしなやかな身体から、男性的な香水の香りが漂ってきたのを、すうっと吸い込んだ。

 

(いい香り...)

 

YUNさんはこぼれ落ちた髪を背中にはらった。

すると、隙に隠れていた部分が露わになって、僕は見つけてしまった。

耳の後ろの辺りに、赤い痕。

 

(あ...れ...?)

 

僕の視線は“そこ”に、くぎ付けになる。

 

(あれは...キスマーク!?)

 

知識としては知っていた。

 

(耳の後ろの方だから、気付いていないんだ...。

あれって、キスマーク...だよね)

 

すっと体温が下がったかのようだった。

 

(嘘...。

誰が付けたの...)

 

僕の胸が焼かれるように痛む。

 

(どうしよう...僕、平気でいられない。

YUNさんは、こんなに素敵な人だもの。

恋人がいて当然...。

YUNさんの首にキスした人がいる。

やだ...涙が出てきそう)

 

僕は上を向いて涙がこぼれないように、まばたきした。

充血した目を気付かれないよう、さも痒いかのように目をこする。

 

「あのっ。

仕事の後、おうちへ帰る時間もありませんので...。

エプロンを持ってきたので、粘土仕事はできますから!」

 

「はははは。

汚したら大変だ。

今日は一日、オフィスで仕事をしてくれたらいいから。

早めに仕事を切り上げて、約束通り食事に行こう」

 

「ありがとうございます」

 

チャンミンは頭を下げると、小走りでオフィス奥のデスクへ向かっていった。

 

 

「美味しかったです。

あんな御馳走は、生まれて初めてです」

 

僕はYUNさんの高級外車の助手席におさまっていて、膝の上のバッグをギュッと握りしめた。

鮮やかなピンクのバッグは、都会に出てくるとき義母が買ってくれたものだった。

 

(お兄ちゃんはお義母さんに似たんだ。

大らかで豪快で、声が大きくて。

僕を可愛がってくれて...本当にありがたいことだ)

 

夕方から降りだした雨で、サイドウィンドウを流れ過ぎる夜の街灯りが、水滴ににじんでいた。

酒に弱い僕はたった1杯のワインでほろ酔い状態だった。

顔が熱い

車で来ていたYUNさんはミネラルウォーターを飲んでいた。

 

「寒くない?」

 

窓の向こうを無言で眺めていると、YUNさんに声をかけられた。

 

「寒くも暑くもないです」

「ちょうどよい、ってことだね」

 

YUNさんは小さく吹き出した。

 

(つづく)