(56)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

リアのキスを受け止めた俺は、やけくそだった。

「抱かないのなら死んでやる」の言葉に、俺の心臓が凍り付いた。

単なる脅しだったのだとしても、ここまで捨て身になったリアが哀れで、同時に怖かった。

最後に1度セックスをすればリアが納得するのなら、抱いてやろうと思った。

本心は、嫌でたまらなかった。

リアの激しくて濃密なキスに引きそうになったが、ここで彼女を拒否したりなんかしたら、次も自分を傷つけそうだ。

リアは俺の首に巻き付けた腕に体重をかけるから、俺は仰向けになった彼女を組み敷く格好となった。

俺の心はしんと冷えていた。

リアがからめてくる舌に機械的に応えながら、チャンミンのことが頭をよぎった。

「リアと別れたい」と彼の肩で涙を流した夜を思い出した。

俺を慰めてくれたチャンミン。

優しい子だ。

あの夜の出来事が遠い。

 

「!」

 

リアの手がTシャツの下から忍びこんできた。

俺の胸の先端を、指先でいじりだした。

 

「リアっ...」

 

彼女が指摘したように、俺はここに弱い。

 

「待てっ!

ここでするのか?」

「うんっ...ここで抱いて。

お願い...激しくして」

 

俺の首筋にリアが吸い付く。

リアは俺の手を取ると、自身の豊かな胸に添えさせる。

手の平の下に、リアの柔らかくて弾力に富んだ胸を感じているけれど、これっぽちも欲情が湧いてこない。

チャンミンには好きな人がいる。

片想いだと言っていた。

『例の彼』に人を見る目が備わっている男ならば、女の子みたいな彼が無意識のうちに放つ、性差を超えた妖しい魅力に気づくだろう。

彼のユニーク過ぎる性格や性根の優しさに気づくだろう。

彼の透明で澄み切った瞳に映るのは、自分だけなんだと独占してしまいたくなるだろう。

例えば、俺のように。

チャンミンの想いが『例の彼』に伝わらなければいいのに。

『例の彼』が、彼の美しさに気づかなければいいのに。

 

「!!」

 

リアの片手が俺の胸から腹、腰へと下りていった。

他の誰がのことを考えながらリアを抱くなんて。

リアにすごく失礼だ。

何よりも、チャンミンへの裏切りだ。

 

「リア...!

...ダメだ」

 

俺のパンツのウエストゴムにかかった彼女の手をつかんだ。

 

「こんなの...よくない」

 

「放して!」と、俺の手を払いのける。

リアの顔が遠い他人に見えた。

 

「!!」

 

俺の股間を確認したリアの手が、ぱたりと床に落ちた。

 

「リア、ごめん」

 

わっとリアが声を上げて泣き出した。

リアを抱き起した俺は、背中を叩いてやった。

ごめん、リア。

他に好きな人が出来た俺が悪いんだ。

今の俺は君を愛していない。

 

「ごめん」

 

俺はリアの頭を贖罪の気持ちを込めて撫ぜた。

かちゃりと鍵を開ける音がした。

 

「!!!!」

「ただいまでーす...。

お~っと...皆さまはもうお休みのようですね」

 

小声の主は...チャンミンだ!!

電子レンジのデジタル時計を確認すると、23時45分。

ふんふんと調子っぱずれの鼻唄を歌っている。

よかった、帰ってきた。

キッチンの床に座り込んだ俺は、立ち上がってチャンミンの元へ駆け寄ろうとした。

ところがリアが放してくれない。

舌打ちしたい気持ちを抑える。

リビングに現れた彼は、ワンピースを着ていた。

昨日はちらっとしか見られなかった。

黒地に白い小花が散ったミニ丈のワンピースは、ほっそりとした身体のラインを控えめにひろいながら広がっている。

ウエストがきゅっと細かった。

襟ぐりが広く開いていて、白いデコルテとそこから繋がる長い首が華奢なイメージを醸し出していた。

アシメトリーに分けた白い前髪が、青い髪飾りで留められている。

ヤバい...可愛い。

リアと抱き合っていることを弁解することも忘れて、彼の姿に見惚れてしまって口もきけない。

女装している男には全然、見えなかった。

俺の目というバイアスがかかっていたとしても、彼は綺麗だった。

そっか...。

今夜、帰りが遅かった理由は...『例の彼』と会っていたんだ。

胸がきゅっと痛くなった。

俺たちの気配に気づいて、彼はパッと振り向いた。

 

「チャンミン...ちゃん」

「ユノさん、こんば...」

 

彼の目がまん丸に見開かれた。

 

「...リアさん」

 

続いて、俺の腕の中のリアにも気づくと口もポカンと開いている。

 

「ごめんなさい!」

 

彼は目を伏せると、180度身体を回転させた。

 

「びっくりしました...。

僕は、何にも見てませんからね。

...お風呂をお借りしますね。

ではでは、ごゆっくり...」

 

彼は顔を背けた状態で浴室の方へ消えた。

キッチンカウンターの下に、紙袋が横倒しになっている。

リアともみ合いになった時、手足が当たったのだろう。

カップケーキがいくつも床に転がっている。

「チャンミンちゃんのために貰ってきたんだ。全部食べてもいいからね」って、勧められなくなったカップケーキ。

誰かと会っていたチャンミン。

俺とリアは復縁したのだと誤解したに違いない。

ワンピースを着たチャンミンが綺麗で。

彼が遠くなっていく。

 

「チャンミンちゃん...!」

 

俺は引きはがすようにリアの身体から離れると、立ち上がった。

 

「ユノ!」

 

リアの不服そうな声を無視する。

浴室からシャワーの音が聞こえる。

シャワーを浴びる彼の元へ乱入して、抱きしめて誤解を解きたかった。

けれども、俺は彼の兄の友人に過ぎない。

俺にはリアとのことを弁解する義務もないし、彼の恋に口出す資格もない。

リアと別れるために、リアとディープなキスをしたし、リアを抱こうとしていた。

途中で止めたからセーフだなんて、言いわけにもならない。

だから、俺は閉ざされたドアを開けることができない。

 

(つづく)