~チャンミン~
ユノさんは僕に対して悪いことなんか全然していないのに、恋人と抱き合うのは当然のことなのに、このことについて言い訳して欲しかったんだ。
新たに誕生した妹に、お兄ちゃんが横取りされたみたいな気持ちなのかな。
僕って、なんて子供っぽいのだろう。
「俺はこの6か月...7か月はいってるかな、リアと“アレ”はしていないよ」
「へ?」
「俺とリアがまるで“アレ”してる風に見えたかもしれないけれど、違うんだ。
どうしてあんな風だったのかは...いろいろあってね。
信じられないと思うけど、とりあえず...『違う』ってことを言いたかったんだ」
「......」
信じるか信じないかは脇に置いておくとして、ユノさんの弁解がきけて僕が嬉しかった。
「リアさんといちゃいちゃしてて悪かった」、って僕に対して思って欲しかった。
なんでだろうね。
「そうですか...分かりました」
嬉しいくせに、ちょっと不貞腐れた言い方をしてしまう。
「...さっきの話の続きだけど。
ほら、バルコニーで」
「?」
「ファーストキスの話。
チャンミンちゃんの言いかけてただろ、途中まで?」
「ああ!
そのことですか」
あの時は、「ファーストキスは3時間前ですー」って言うつもりだった。
ユノさんがリアさんといちゃいちゃしていたのを見て、腹立たしかった僕は対抗したくて惚気てやろうって思っていた。
でも。
ユノさんと手を繋いでいる今は、そんなこと言ったらいけないって気持ちになった。
ユノさんと手を繋ぎながら、他の人のこと...YUNさんのことを想っていたらいけないって。
なんでだろうね。
でも...大人の男は、それができるのかな。
恋人がいるのに、誰か他の人と手を繋いだり、ぎゅっとしたり、キスしたりできるのかな。
そんなことをできっこない僕は、お子様なのかな。
~ユノ~
手指の神経を研ぎ澄まして、彼の薄い手の感触を味わった。
彼と手を繋ぐのは、これで3度目。
1度目は、ビアガーデンに行った時のことだ。
2度目は、ラブホテルに連れて行かれた時。
これらの時と今では、彼へ抱く感情が大きく異なっている。
つい3時間前にリアの背を抱いていた手で、彼の手を握っている。
もちろん罪悪感はある。
だけど、「恋人がいるから」「好きな人がいるから」といった常駐している抑制が、ある時湧き上がった欲求によって外れることがある。
例えば今のように。
僕の隣でぶつぶつ言いながら携帯電話を操作していた彼の横顔に見惚れた。
肩を抱き寄せたり、キスしたりは出来ない。
だから代わりに、彼の白くてほっそりとした手をとった。
それは衝動的に近くて、先ほどまでリアを抱こうとしていた手であることなんか、すっかり忘れていた。
それはそれ、これはこれ。
こういった割り切り方ができるようになったのは、いくつかの恋愛を経験してきた大人だからなのだろうか。
恐らく、彼には理解できない部分だと思う。
それにしても、リアの要求をのんで、彼女と別れるためにコトを成そうとしたことは、許されるものじゃない。
くかくしかじか全部説明して、分かってもらおうなんて馬鹿げたことはしない。
話してどうなる?
俺の恥をさらすだけだし、何よりもリアの名誉を傷つけてしまうことは、いくら別れた相手だとしても、絶対に許されることじゃない。
彼がどう思っているか分からないけれど、俺は少しだけでもいいから彼に触れたくて仕方がなかったんだ。
俺に突然手を握られて、彼は一瞬ビクッとしたけど、手を引っ込めるでもなくそのままでいてくれる。
彼の細い指が、俺の手の甲をさわさわとくすぐっている。
ぞわっとした心地よい痺れが手から背筋へと走り、俺の下半身に火が灯る気配を感じて、焦る。
彼はそんなつもりはないだろうけど、手の甲への愛撫だけで感じるなんて。
「僕のファーストキスは...」
「うんうん?」
「まだ...です」
「ええっ!?」
「嘘です」
「なあんだ」
ファーストキスか...30過ぎた僕にとって遠くて、懐かしい過去だ。
そんなことよりも、ひっかかっていることがある。
今夜のデートの相手が『例の彼』じゃなく、職場の上司だと知って心底ほっとしたが。
「上司って...スケベ親父じゃないだろうな?」
「まっさか!
親父って年じゃありません」
「いくつ位?」
「40歳です」
「独身?」
「独身...と聞いてます」
心配になってきた。
彼がワンピースを着なくちゃいけないようなところ...値段のはるレストランか?...に連れて行くなんて、下心ありまくりじゃないか。
「大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。
そんな人じゃありません」
彼はきっぱりと言い切った。
「ユノさん」
「ん?」
「大人の男は...例えばですよ?
付き合っている彼女がいたとして。
もしくは好きな人がいたとして。
それでも、他の人とキスってできるものなんですか?」
バルコニーで俺が答えられなかった質問を、彼は再び投げかけてきた。
待てよ...。
彼に心を奪われているのに、リアと深いキスをすることができた。
だから、彼の質問に対する答えは「イエス」だ。
そう答えていいのだろうか?
リアともつれ合ってところを彼に目撃された時を、早戻ししてみる。
彼が帰宅した時は...俺とリアは...キスはしていなかった。
ということは、「リアと別れたがっていた俺が、彼女とキスできるのはなぜだ?」と問いただしてるわけじゃなさそうだ。
彼はどうしてこんな質問をするのだろう。
分かりやすい子だから、彼の中で何かがあったに違いない。
「どうしてそんなこと聞くの?」
すると、彼は泣き出しそうな切なさそうな、初めて見る表情を見せた。
俺の喉がごくりと鳴った。
「僕にキス...できますか」
「!」
「ユノさんだったら、僕にキスできますか?」
チャンミン発言に僕はフリーズした。
(つづく)