(64)オトコの娘LOVEストーリー

~チャンミン~

 

タクシーの中でのことを思い出していた。

「僕とキスできますか?」とユノさんに質問した。

YUNさんは「出来る人」なんだろうな。

それができちゃうYUNさんが大人っぽくて、悪い男の人みたいで、カッコいいなぁなんて矛盾した思いも抱えている。

でも、ユノさんには「恋人や好きな人がいながら、他の人とキスなんて出来ないよ」と言ってもらいたかった。

勝手でしょう?

僕からキスをおねだりされたと捉えたユノさん。

ユノさんの顔が近づいてきて、「くる!」ってすぐに分かった。

キスする場所がホテルでの時と同じように、口じゃなくて首だった。

今夜のキスは、あの日のもののパワーアップ版だった。

僕の思考はストップしてしまって、全神経は耳の下に集中していた。

ユノさんの体温が伝わってきて、唇の濡れた感触にぞくぞくっとした。

ちょっとだけ、変な声が出てしまった。

この感覚って、もしかして...「感じる」ってやつですか?

ユノさんったら、舐めるんだもの。

汗をかいてたから、しょっぱかったかなぁ。

お風呂に入ったばかりだから、臭くはなかったはず。

あー、どうしよう。

今思い出しても、ドキドキする。

でも。

僕の反応を楽しんでたら嫌だな、って思った。

だから、唇へのキスは「駄目です」って拒んだ。

だって、ユノさんの真意が分からない。

男の人に相手にされない僕を憐れんで、「代わりに俺がキスしてやろうか」みたいなノリなんじゃないかって、卑屈になった。

「駄目」って断っておきながら、本当は嬉しかった。

余程なことがないとキスなんて出来ないでしょう?

僕を味わうようなキスで...うん、素敵だった。

僕は『女』になってた。

ユノさんは誤解しているだろうけど、僕は女の子になりたいわけじゃない。

ユノさんのことを兄の友人、と慕うだけではいられなくなってきたのだ。

ユノさんは僕のことを、どんな風に見ているのか知りたくなった。

「そろそろ、嫁さんの様子を見に行ってくるよ。

ガキどもを頼んだぞ」

お兄ちゃんはカップの中のコーヒーを飲み干すと、僕の肩を叩いた。

「うん。

任せておいて」

お兄ちゃんの背中を見送った僕は、靴を脱いでベンチに長々と横になった。

僕は背が高いから、足首から先が飛び出している。

「はぁ...」

YUNさんに続きユノさんと...今夜の僕はキスめいている。

人生初だ。

ユノさんにメールを送ろうと、ポケットの中を探った。

 

 


 

~ユノ~

 

俺は大胆なことをしてしまった。

彼の首にキスをしてしまった。

唇にするやつよりも、うんと大胆でいやらしいキスだ。

彼の匂いや皮膚の感触、伝わる体温や震えに、俺は猛烈に「感じて」しまった。

あんなに可愛らしい声を漏らすとは。

あそこがタクシーの中じゃなかったら、本気で押し倒してたかもしれない。

異性に対して魅力に感じるところとは、性格や交わす会話の内容も大事だが、見た目や触り心地も重要だと思う。

女性らしい部分...丸みやくびれ、柔らかさなどに。

ところが、彼にはそれがない。

目の高さが俺と同じで、ぺたんこのお胸に小さなお尻、骨ばった手足。

チャンミンは男だ。

それなのに、彼から女の色気を感じるんだ。

さっきから手の中でもて遊んでいたものに、視線を落とす。

黒色のスマートフォン。

マンションに到着し、降りようとしたタクシーのシートに、緑色に点滅する光を見つけた。

チャンミンがメールを送信し終えた時、俺は彼の手を握ったり、キスをしたりしたから、驚いた末ぽろりと落としてしまったのだろう。

仕事帰りに届けてやろう。

困っているだろうから。

「ユノ先輩!」

後輩Sに肩を叩かれ、飛び上がった。

「いでっ!!」

弾みでデスク天板の裏にしたたか打ち付けた膝をさすった。

プリント用紙を抱えたSが呆れた顔で俺を見下ろしていた。

「先輩...。

いい年して『それ』はないっすよ」

「へ?」

「もしか気付いてないんすか?

これから会議があるんすよ。

『それ』はまずいですって!」

「なんだよ!

はっきり言えよ」

Sは顔をしかめて、囁いた。

「...キスマーク」

「!!!」

俺はトイレまで駆けて、鏡に映る自分に仰天した。

耳の後ろ。

昨夜のシャワーはぼーっとした頭で浴び、目覚ましで浴びた今朝のシャワーも、ぼーっとしていて気付かなかった。

犯人はリアだ。

キッチンの床でもつれあっていた時、そういえば強く首筋を吸われた。

彼に気付かれたか...?

大丈夫。

バルコニーもタクシーの中も、暗がりだった。

多分、見られていない。

「あ!」

自分の方こそ、彼に付けてやしないだろうな?

目をつむってあの時のことを思い出す。

強くは吸ってはいないはず。

終業時間が待ち遠しかったが「よし」と声に出し、気持ちを切り替えてSの元へ戻った。

「せんぱーい、絆創膏もらってきました!」

Sが戻ってきた。

 

(つづく)