~チャンミン~
お腹が空いてきた。
冷蔵庫の中にユノさん手製のおかずが入っているが、Bさんがいつ起きだしてくるか分からない状況でキッチンを使うのはリスキーだ。
ご近所を探索するのもいいかもしれないと、昼食がてら外出することに決めた。
Tシャツワンピースを脱ぎ、コルセットを手に取ったところで、届いたばかりの荷物の存在を思い出した。
ぶらぶら散歩に、昨日みたいなドレスはトゥーマッチだ。
ワンピースとフリル付きエプロン、スカートを膨らませるパニエがハンガーにかかってぶら下がっている。
僕の一張羅。
お兄ちゃん曰く、僕を居候させてくれるユノさんはきちんとした人だというから、僕もきちんとした格好で会いたかった。
ファーストインプレッションが大事だと聞いている。
だから昨日の僕は、持ちうる最上のお洋服でおめかししたのだ。
洋服ばかり詰め込んだ段ボール箱からスタンドカラーのシャツワンピースを引っ張り出し、胸に当て裾を揺らしてみた。
(今日はこれにしよう)
僕にはいろいろと事情があって、襟元が大きく開いた洋服は似合わない。
僕は世の女の子たちと比較して、背が高く肩幅も広い。
だから、サイズの合う洋服や靴を見つけるのに苦労しているのだ。
窓から燦燦と、初夏の太陽が差し込んでいる。
外は暑そうで窮屈な下着を身に付けるのは気が進まないけれど、まだ2日目だ。。
(僕は女の子!)
気を抜いたらいけない。
着替えを済ませた僕は、シュシュで結んでいた髪をほどき、ヘアターバンで前髪をまとめた。
僕のお化粧は控えめだ。
唇をつやつやにし、マスカラでまつ毛をくるんとさせ、アイラインで目尻をくっきりさせ、チークで血色のよい頬にする。
童顔で、ちょっと男顔の背が高い女の子の出来上がり。
ユノさんの反応を見る限り、バレていないみたい。
この街へ引っ越してくる際、お兄ちゃんと企んだのだ。
『いいか、チャンミン。
新しい自分として生きたいのなら、徹底的に貫くんだ』
「うまくいく...かな?」
お兄ちゃんは僕思いで、いたずら好きな人だ。
『幸いユノは人を疑うことのないお人好しだ。
チャンミンをありのままに受け入れてくれるさ』
「そうかなぁ。
騙すのは申し訳ないよ」
『バレたとしても、ユノなら怒らないさ』
「う~ん」
『いずれカミングアウトしないといけない時がくるかもしれないが、ユノならばお前に幻滅することは絶対にない。
せっかく、お前を知る奴が誰もいない土地に引っ越すんだ。
お前が望み続けた姿で暮らしなよ』
こっそりと狭い自分の部屋でドレスを身に付け、鏡の前だけで満足するだけの生活から抜け出したい。
だからと言って、ありのままの姿で外出しようものなら、嘲笑を浴びる自分を想像しては悔し涙を流していた。
「分かった!」
僕は19年暮らしてきた故郷を出ることを、心に決めた。
僕は男だ。
女の子の洋服を着るのが好きなだけなんだ。
(つづく)
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