(8)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

俺は社員食堂で昼食をとっていた。

壁に取り付けられた大型TVは昼のバラエティ番組を流し、食事をとる社員たちでがやがやと騒がしい。

 

「先輩って、相変わらず大食いですね。

見るだけで腹がいっぱいになりそうっす」

きつね蕎麦だけをトレーに載せた後輩Sは、俺の正面の席についた。

「午後に備えて栄養をとらないと」

午後には気が重くなるアポイントが入っている。

「それだけで足りるのか?」

「昼に腹いっぱい食べると、眠くなるんです。

先輩はそうならないんすか?」

「全然眠く...。

ん?」

 

テーブルに置いたスマートフォンが震え出したのだ。

発信者を確認した俺は食堂を足早に出、自販機コーナーのベンチに座ると、通話ボタンを押す。

 

「もしもし?」

『チャンミン、です』

女性にしては低く、男性にしては高い声が耳をくすぐった。

電話越しの彼女の声を聴いた途端、俺の胸にほっとするような、わくわくするような気持ちがぱっと広がった。

 

『今、お時間よろしいですか?』

「うん、昼めし時だったから。

荷物はちゃんと届いた?」

『荷物は届きました』

「それはよかった」

『あの...ユノさんにご報告したいことがあります』

「ん?」

『Bさんが帰ってきました』

「Bが!?」

俺の背筋が一瞬に伸びた。

(帰りは明後日だったはず。

撮影の日程でも変更になったのだろうか。

参ったなぁ。

チャンミンを驚かせてしまった。

あのBのことだから、キツイことを彼女に言ったに違いない)

 

俺は恋人の反応よりチャンミンの心配をしていた。

「ごめんな。

チャンミンちゃん...大丈夫?

じゃないか。ハハハ」

『......』

「Bは?」

『寝室にいます。

お疲れのようでした』

「そっか...」

俺はため息をついた。

『ユノさんも呑気な人ですね。

Bさんに僕のことを話していなかったんですね』

 

1.Tからの依頼が急だったこと

2.Bが留守がちだったこと

3.相談する間も面倒で億劫だと感じていたため後回しにしていたこと

4.今日中に知らせるつもりだったのに予定より早くBが帰宅してしまったこと...

言い訳はたくさんあった。

例え1、2泊程度であっても同居している恋人の許可を取るべきなのに、親友の妹とはいえ他人を数週間単位で住まわせるのだ。

常識的にも礼儀的にも、やるべことをやっていなかった俺がすべて悪い。

 

「ごめん。

本当にごめん」

『僕じゃなくて、Bさんに謝ってください』

「そうだね」

帰宅次第、平身低頭になって謝るしかない。

『ユノさんはしっかりしていそうなのに、お間抜けさんなんですね。

Bさんに説明していなかったなんて』

「あ、ああ...。

ごめん。

いろいろ事情があって

言い訳のしようもない。

申し訳ない」

『別にいいですけど。

僕、Bさんに見つからないように隠れていました。

ユノさんが一緒にいる時に自己紹介した方がよいと思ったのです』

「気をつかわせてしまってごめんな」」

『Bさんに見つかりたくないので、家に居られません。

夕方まで外で時間をつぶしています』

昼食を終えた社員たちが、ベンチで項垂れる俺の前を通り過ぎていく。

 

(すべては俺が悪い。

Bと面と向かって相談をする時間がないことを理由に、ぐだぐだと先延ばしにしていた僕が悪い。

Bが納得するように、言葉を慎重に選ぶ手間すら面倒になっていた。

Bのご機嫌取りに疲れていた)

 

「ごめんな、チャンミンちゃん。

夜まで、どこかで時間を潰せるかな?

家へは一緒に帰ろう」

チャンミンの言う通り、2人揃って登場した方が、Bの承諾を得やすいと考えたのだった。

『うーん...。

いいですよ。

なんとかしてみます』

「本当に申し訳ない」

『ユノさん』

「ん?」

『謝らないでください。

ユノさんは悪くないですよ。

彼女さんがいるユノさんのところに、転がり込んだ僕が悪いんです。

お二人の邪魔をしたくないので、ここを出ますね』

「駄目だよ!」

 

俺は大声を出していた。

自販機コーナーにたむろしていた者たちが、一斉に俺に注目する。

俺は立ち上がって男子トイレへ移動した。

「チャンミンちゃん。

Bのことは気にしなくていいから。

俺のところを出たら、行くところはあるの?」

『ホテルに泊まります』

「それじゃあ、お金が続かないだろ?

俺が誰と住んでいようと、本当に気にしなくていいんだよ」

俺は必死だった。

彼女に出て行ってもらいたくなかったのだ。

『ホントにいいんですか?』

男にしては高く、女にしては低い彼女の声が聴こえる。

 

「チャンミンちゃんには、居て欲しいんだ」

鏡の中の自分と目が合う。

鏡に映る俺が『居て欲しい』と口を動かしていた。

『居てもいいんですか?』

「チャンミンちゃんに居てもらったら、俺は楽しいんだ」

『嬉しい、です』

電話の向こうでふふふっと彼女が笑うから、俺もつられて笑った。

鏡の中の俺は笑みを浮かべていた。

 

(つづく)

 

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