(3)セーラー服と運命の君

 

 

 

兄が帰ってきた。

 

腫れぼったい瞼をしているからどうせ、ユノさんと喧嘩でもしたのだろう。

 

学校を卒業してすぐ、兄は「ユノと一緒に暮らすから」と言って家を出た。

 

正確に言うと、ひと足先に実家を出ていたユノさんの部屋へ、兄は転がり込んだのだ。

 

兄は思い詰めたら猪突猛進、想い人のそばに居たい一心の人なのだ。

 

兄の部屋はとっくに物置部屋と化してしまった為、仕方なく私の部屋に布団を敷かせてやった。

 

「××...」

 

「んー?」

 

照明を消して眠りにつく前、兄がぽつりとつぶやいた。

 

「...恋って辛いね」

 

「...そうだね」

 

ちょうど不倫に近い恋を終わらせたばかりだったから、同意する私の言葉は切実だ。

 

「××も辛いんだ?」

 

「辛いよ...」

 

兄は、「恋って辛いねぇ」と繰り返した。

 

「兄ちゃん。

電話鳴ってるよ?

いいの?」

 

兄の枕元に置いたスマホが振動している。

 

「いいんだ。

無視していればいいんだ」

 

それならバイブレーションも切っておけよ、と思ったけど、黙っておいた。

 

「兄ちゃんは...ユノさんのこと、好き?」

 

「...好きだよ」

 

「どれくらい?」

 

「...運命の人だと信じている」

 

あらら。

 

「それなら、電話を放っておいていいの?」

 

スマホは振動し続けている。

 

「...そのうち切れるよ」

 

切れて欲しくなんかないくせに。

 

「意地張っていないで、出たら?」

 

「意地なんか...張ってない!」

 

子供みたいにムキになってる兄を見て、ユノさんも大変だなぁ、と同情した。

 

 

 

 

兄には内緒にしていたけれど、昼間、ユノさんが我が家に来ていたのだ。

 

「××ちゃん、チャンミン来てるよね?」

 

持参したケーキの箱を私に手渡しながら、そう尋ねた(ここのケーキは母のお気に入りなのだ。さすがだ)

 

玄関ドアの向こうに立つユノさんは、相変わらずのいい男っぷりだった。

 

実家に帰って来たものの手持ち無沙汰な兄は、出かけていて留守だった(恐らく、フィギュア作りの道具でも見に行ったのだ)

 

「来てますよ。

ユノさん、兄を連れて帰って下さい。

腹ペコの犬みたいにウロウロしてて、家族みんな落ち着かないんです」

 

「迷惑かけてゴメン。

無理やり引っ張り出したら、大騒動になるからなぁ...。

あいつのこと...分かるだろ?」

 

あらら。

 

『あいつ』の言い方に、愛がこもっていた。

「...さすがユノさん、よくご存じで。

兄と...何かあったんですか?」

 

人の恋愛に首を突っ込むようなことはしたくなかったけど、ユノさんの元を飛び出してくるなんて初めてで、よっぽど酷い喧嘩をしたのでは?と気になったのだ。

 

苦笑したユノさんは、親指でドアの外を指し、私は頷いてサンダルをつっかけて表へ出た。

 

昼下がりの住宅街を、兄の想い人と並んで歩いた。

 

「...兄のどこがいいんですか?」

 

変わり者の兄が、ユノさんを惹きつけているワケってなんだろう?

 

兄がユノさんに夢中になっているワケは分かっていたけど、ユノさんの方はどうなんだろう?

 

「あいつと初めて会った時...稲妻が落ちたんだ。

...運命だったんだろうね」

 

あらら。

 

無言になってしまった私に、ユノさんはくすっと笑った。

 

「転勤が決まったんだ」

 

「え!

どこへ?」

 

転勤先の地名を聞いて、「遠いですね」とつぶやくしかない。

 

「兄は?」

 

「あいつにも仕事があるからね。

好きな業界に入れて、昇進したばかりで...活き活きとしてるよ。

遠距離になってしまうけど、長期休暇の時に会えるんだからって、説得したんだけど...」

 

「兄がどんな人がご存知でしょう?」

 

「ああ」

 

「言うこときかないと思いますよ」

 

「その通り」

 

「ユノさん、兄をよろしくお願いします」

 

頭を下げたら、ユノさんは「できた妹をもって、チャンミンは幸せな兄貴だな」と言って笑った。

 

兄よ。

 

あなたは幸せ者だ。

 

こんなに愛されて。

 

運命の人だって、ユノさん言ってるよ。

 

ユノさんの元に早く帰りなさい。

 

 

 

 

「うん...うん...ゆの...ごめんね」

 

パジャマ姿の兄は、鼻をぐずぐずさせている。

 

ユノさんからの着信を無視していられたのも、わずか1分くらい。

 

(ユノさんからの電話をずっと待っていたんだから、それも当然か)

 

通話を切った兄は、突然「帰る」と宣言して、着がえだした。

 

「今から!?

もう遅いよ?

終電も行った後だよ?」

 

そう止めたけど、こうと決めた兄は誰も止められない。

 

ユノさんと仲直りをしたのだ。

 

一刻も早く会いたくて仕方がないのだ、その気持ちはよく分かる。

 

「歩いて帰る」と言い張る兄をどうしようもできなくて、仕方なくユノさんに「迎えに来てください」と連絡を入れた。

 

(ユノさんの電話番号を知っている妹に、本気でヤキモチを妬く兄。どうかしてる)

 

ユノさんは洗いっぱなしの髪にスウェットの上下にコートを引っかけただけの恰好でやって来た。

 

なんだ、ユノさんも兄に会いたくて仕方がなかったのね。

 

「じゃあね」とふにゃけた顔で、寝ぼけまなこの家族に手を振って、幸せ者の兄はユノさんに伴われて帰っていった。

 

そして一か月後、ユノさんは転勤先へと引っ越してゆき、兄もユノさんを追ったのだ。

 

 

 


 

 

 

鏡に映る自分の姿は、自分じゃないみたいだ。

 

長いスカートの裾から、足を伸ばして真っ白なパンプスの先を出してみる。

 

ホテルの控室、ふかふかのカーペット、父はタバコを吸いに外へ出て行き、着物姿の母は挨拶に顔を出す親戚たちの応対をしている。

 

ノックの音の後、名前を呼ばれて振り向くと、スーツ姿の兄とユノさんがいた。

 

あらら。

 

二人とも淡い色味のスーツで、このまま並んでバージンロードを歩いてもおかしくないくらい、お似合いだった。

 

「これ、僕とユノからの結婚祝い」と持ちかさばるものを渡された。

 

「...ちょっと!

彼はこんなにブサイクじゃないわよ!」

 

兄から贈られたのは、私と夫となる人を模したフィギュアだった。

 

「××...綺麗...」

 

兄は鼻をすんすんさせていて、「お前が泣いてどうするんだよ」とユノさんに背中を突かれている。

 

ユノさんといると、兄は子供っぽく甘えん坊になってしまうようだ。

 

こんな風だけど、子供の頃は妹思いの優しく頼もしい兄だったのだ。

 

ユノさんが10年近く兄といるのは、端正なルックスだけじゃなく、兄の情の深さに惹かれ続けているからだと思う。

 

真顔のユノさんが、頷いて私に合図を送ってきた。

 

私は兄たちにお茶を勧めにきた母に目配せした。

 

母ははっとして、喫煙から戻ってきたばかりの父の腕を引っ張って、部屋を出ていった。

 

「私もちょっと...」と立ち上がった私を、ユノさんは止めた。

 

「××ちゃんはここにいなきゃ。

居て欲しいんだ。

ウエディングドレスでウロウロしてたら駄目だよ」

 

「...でも」

 

きょとんとしている兄とドアを交互に見ながら、私は激しく迷ったけれど、ユノさんの言う通りだなと、すとんと椅子に腰を戻した。

 

天井のスピーカーからピアノ曲がごく控え目な音量で流れている。

 

「ユノ...××も...どうしたの?」

 

無言の私と、神妙な面持ちになったユノさんを、兄は交互に見る。

 

仕方がない、彼らの証人となろうではないか。

 

突如ひざまずいたユノさんに、兄はあっけにとられている。

 

「チャンミン」

 

ユノさんは兄の手をとって、その甲に唇を押し当てた。

 

「俺と結婚してください」

 

「......」

 

フリーズした兄。

 

ぽーっと立ち尽くす兄。

 

私は固唾を飲んで、兄の様子を見守った。

 

ユノさんも、天使の眼差しで兄を見守っている。

 

兄の頭は、ユノさんの言葉の意味と、それを受け取った自分の感情の処理でフル回転なんだと思う。

 

ひざまずいたユノさんを見つめる兄の焦点が揺らいできた。

 

そして、ユノさんを虜にした真ん丸の目からぽろぽろと、透明な雫がこぼれ落ちる。

 

「...っく...っく...ユノの馬鹿ぁ」

 

(馬鹿!?)

 

「...待ちくたびれましたよ」

 

「待たせてゴメン」

 

「7年待ちましたよ」

 

「俺と一緒になって欲しい。

チャンミンの返事が聞きたい、今すぐ」

 

「『はい』に決まってるでしょう!

はい!

はい!

はい!!」

 

私はユノさんに、ドレッサー前に置かれた物を視線で指し示した。

 

私のブーケと同じお花で編んだ花冠。

 

ユノさんから計画の協力を頼まれた時、これを思いついて用意しておいたのだ。

 

兄は100%どころか120%、頷くって分かっていたから。

 

「未来の花嫁みたいだな」

 

花冠に添えたユノさんの指先から、愛情が溢れ出る。

 

「...っく...うっ...花嫁って...何ですか、それ?」

 

悔しいけれど、花冠をかぶった兄は、花嫁の私より綺麗だった。

 

 

 

 

 

ユノさんが、家出した兄を迎えにきた日のことを思い出していた。

 

昼さがりの住宅街を、ユノさんと肩を並べて歩いた数年前のことだ。

 

「セーラー服を着た兄...どうでしたか?」

 

ずっと気になっていたことを、ユノさんに尋ねてみたのだ。

 

ずっと知りたくて、でも怖くて質問できなかった謎だ。

 

兄に貸したセーラー服。

 

兄はユノさんの前でセーラー服姿を披露したんだって、確信していたから。

 

兄ならあり得る。

 

兄はいつだって、兄らしく生きる人だから。

 

突然の私の質問に、ユノさんはぽかんとしていたけれど、「あーはっはっは!」と大声で笑いだした。

 

こんな眩しい笑顔を見せられたら...兄だったらイチコロだな、と思った。

 

「可愛かったよ。

すげぇ可愛かった」

 

あらら。

 

「××ちゃん。

セーラー服を貸してくれてありがとう。

あれが決定的だった」

 

セーラー服の何が「決定的」だったのか、私は首を傾げるしかないけど、二人だけの秘密なんだよね。

 

あの時、いつか二人にあのセーラー服を贈ろうと、心に決めたのだった。

 

妹からの洒落っ気たっぷりな贈り物。

 

セーラー服をどう使うのかは、彼らにお任せしましょう。

 

 

 

(おしまい)

 

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(2)セーラー服と運命の君

 

彼を家まで送る道のり、俺たちは手を繋いでいた。

朝10時に集合してからずっと一緒で、外灯が点灯する瞬間を目にして、帰らなければならない時刻を思い出したくらい。

彼といると時を忘れる。

彼の家の門扉の前で、俺は思い切って尋ねた...数日間温めてきた言葉を。

 

「俺んちに来る?」

 

そう言ったら、彼はぱっと輝かせた顔を、直後に曇らせてしまった。

 

「...でも、ご家族は僕が男だってこと、知らないんでしょ?」

 

彼の問いに、俺は「関係ないさ」と答えた。

 

「なんだか...緊張する」

 

俺の肩に額をくっつけて甘ったれた声でつぶやく彼に、胸がきゅっとしなる。

癖っ毛の襟足を撫ぜた。

 

「お前はお前らしくいればいい」

 

なんて言ってる俺だけど、彼は365日24時間、常に自分らしく生きている。

 

「そうします。

...ところで、ソレ。

気に入ってくれた?」

「ああ。

いい出来だよ」

 

ソレとは、下げた紙袋の中身...セーラー服を着た女の子のフィギュアが、アクリルケースの中に収まっている...についてだ。

 

 

家族には『付き合ってる子が来るから』と言ってあった。

我が家庭は所謂、教師をしている父を筆頭に、同じく教師をしている母、教師を目指す姉といった、折り目正しく厳格な、真っ当な一家だ。

彼を連れていったりしたら、アンビリバボー、歓迎の空気が秒速で凍り付くことだろう。

彼には気の毒だけど、ここは踏ん張ってくれ。

俺たちが恋愛関係にあって何が悪い。

生真面目すぎる家族に向けての宣戦布告じゃない、これは俺の宣言だ。

すぐには認めてもらえないだろうが、愛する息子が選択した道。

頭脳明晰な彼らだ。

「なぜ息子がこう至ったのか?」を都合よく修正させた道筋で、納得のいく...「息子の選択は最適解だ」...結論へと到達してくれるだろう。

とはいえ、俺の見込みでは数年はかかりそうだから、早い段階で彼をお披露目しておこうと考えたわけだ。

 

 

俺と彼との出会いについて触れておこうと思う。

SNSで知り合った。

(...と聞くと、軽々しい出会いだと思われるだろうね)

 

彼はフィギュアのフィニッシャーだ。

俺はフィギュアを集めて眺めるのが好きだけど、手先の器用さについては絶望的。

そこで、購入したキットを技術の確かなフィニッシャーに預けて、組み立て・彩色を依頼するのが常だった。

彼のテクニックは凄まじいのだ。

血色を感じさせる肌の彩色テクニック、パテを盛ってオリジナルを超える躍動感、表情は生命感あふれていて...一種の芸術作品だ。

まずは腕試しをと、1作品目のキットを送った。

二週間後(早い!)仕上がった作品を渡すからと、待ち合わせ場所で彼と初顔合わせした時のこと。

大き過ぎるチェックのシャツをボトムスのウエストに全部たくしこんでいて、脚が長すぎてボトムスから足首が出ている、その靴下の丈感も微妙で...そう、ダサかった。

 

ところが。

あらら...これはマズイ。

 

頭のてっぺんから足の親指まで、稲妻が走った。

俺はたちまち、恋に落ちた。

 

 

彼はスポンジが水を吸い込むかのように素直だった。

いくらなんでも酷い恰好だったから、買い物ついでに見立ててやった。

そうしたら、あらびっくり。

モデルばりにいい男が完成した。

 

 

彼が俺の家にやってくる日が訪れた。

最寄り駅まで迎えに行った。

指定の改札口の柱にもたれて、彼を待った。

あいつのことだから、待ち合わせ15分前には現れるはずだ。

想像してみる。

照れ屋な俺は、手にしたスマホに視線を落とし、「ユノ、お待たせです」と肩を叩かれるまで、気付かないフリをしていようと思っていたんだ。

改札口向こうの階段から見慣れた姿が現れ、俺を見つけて目を見開き、デカい口が笑顔の形になって、長い腕を振って俺の元に駆け寄ってくる。

その時の自分の表情ときたら...きっとメロメロに緩んだ、だらしのないものになっている...それは恥ずかしい。

そろそろかな?

ディスプレイのまとめニュースサイトなんて、さっきから全然頭に入ってこなかった。

 

「...ん?」

 

俺の真ん前から動かない焦げ茶色のローファー、黒い靴下...。

骨ばった膝頭...紺色のプリーツスカート、えんじ色のスカーフ...視線を上へ上へと辿る。

 

「!!!!!」

「ユノ。

お待たせです」

 

女子高生だった。

セーラー服姿の恋人だった。

驚嘆、絶句、思考停止となるべく状況なのに、俺はすんなり受け入れた。

彼ならあり得る。

深く納得した。

動揺した俺の心も、平常に戻った。

やたらとデカい女子高生に仕上がってるが、童顔の彼に似合っていた。

 

「行こうか?

母さんが昼飯を用意して待ってる」

「はい。

...緊張します」

 

セーラー衿から伸びる長い首と、ほんのり桜色をした唇。

あらら。

俺の手の中に滑り込んできた彼の手を握りしめた。

ごつい男の手。

俺の彼氏は今、セーラー服を着て、俺の隣を歩いている。

 

 

彼の意図はすぐ読めた。

妹がいると聞いていたから、セーラー服もグロスも彼女に借りたんだろう。

全く...お前は可愛い奴だよ。

ところで、家族になんて紹介すればいいんだ?

 

「俺の『彼女』」か?

「こんな格好してるけど、俺の『彼氏』」か?

 

ひらひら揺れるミニ丈のプリーツスカートを、ちらちらと横目で見ながら俺はふぅ、とため息をついた。

事態がややこしくなってしまい、俺の家までの道のり、俺の頭はフル回転だった。

 

 

案の定、家族はフリーズした。

でも、常識ある礼儀正しい人たちだから、露骨に嫌な顔はしない。

笑顔を取り繕って、客人に昼食を振舞った。

俺が焦ったのは一度だけ。

知り合った経緯を尋ねられ、フィギュアの話を始めようとした彼の口を塞いだ(若い女の子のフィギュアに狂っていることは内緒なのだ)

「美味しい」を連発して、用意された料理をきれいに平らげた彼は、好印象に映ったようで、この点は胸をなで下ろした。

しかし、どう頑張っても男だ。

「そうなんです、うふ」だなんて女言葉を使っていても、声が男だ。

毎日何百人もの高校生の前に立つ両親の目は、誤魔化せなかった。

彼が手洗いに立った隙に、ずばり問われた。

 

「あの子...男の子?」と。

 

俺は素直に認めた。

 

 

「スカートの中ってどうなってるの?」

「いやん!」

 

裾をめくろうとする俺の手は跳ねのけられた。

 

「ユノ、痴漢は駄目ですよ?」

「俺しかいないんだから、女のフリはもういいんだって」

「でも...。

『お茶のお代わりはいかが?』って、ドアが開くかもしれないでしょ?」

「その時はノックするから。

速攻、離れればいい」

 

面白かったから、とっくに男だとバレていることは内緒にしておいた。

 

「でも...セーラー服を着ていると、女の子の気持ちになったみたい」

 

ベッドに腰掛けた彼は、太ももを半分しか隠していないスカートをぎゅうっと握った。

両膝をくっつけた内股な座り恰好は、セーラー服を着ているからじゃなく、彼の場合、これがデフォルトなのだ。

 

「目覚めちゃった?」

「まさか!」

 

俺の方を振り向いたところを狙って、彼の唇を塞いだ。

塗り直したグロスのせいで、しっとり潤ったキスだ。

開いた隙間で、舌先をくすぐり合う。

彼が漏らすくぐもった甘い声に、俺の欲が刺激されてしまっても仕方がない。

彼の方も同様で、俺の太ももに乗った彼の指が遊びだす。

俺の手も、彼のスカートの中に忍ばせる。

(残念、女ものの下着だったら、それはそれで興奮を煽る材料になったのに)

 

「女子高生なのに、余分な何かがくっ付いてるよ?

ムッキムキに元気いっぱいなのが?」

「男だから仕方がないでしょう?」

「セーラー服着てるのに?」

「それはっ!

...だって」

「わかってる。

俺の為に、セーラー服を着てくれて、ありがとう」

 

「う...ん...付き合ってる子が男だって知ったら、ユノのご両親驚くでしょう?

だから...あっ...だめ。

ユノ!

触んないで!」

 

押し倒した時の振動で、棚の上のセーラー服フィギュアがぐらりと揺れた。

 

 

息子の彼氏が、セーラー服を着てご登場。

余計に驚かせてしまったことは事実だけど、彼を責めるつもりは毛頭ない。

ぶっ飛び過ぎて、逆に両親を納得させてしまったんだから。

もし、ここまでが計算の上だとしたら、彼は相当の策士だ。

 

 

彼との初めてが、セーラー服姿だなんて...。

そんなコスプレじみたこと...俺がすると思う?

ご想像にお任せするよ。

言い忘れたが、恋人の名はチャンミン、という。

 

(つづく)

(1)セーラー服と運命の君

 

 

 

最近の兄の様子がおかしい。

 

もともと挙動がおかしい兄だったから、そわそわと落ち着かないのも珍しいことじゃない。

 

けれども、手にしたスマホを飽きもせず、じぃーっと見つめていたかと思うと、「にたり」と笑ったりして、気持ちが悪い。

 

よれよれのTシャツを着て、後頭部の髪をくしゃくしゃさせているところを、学内の女子たちに見せてやりたい。

 

兄はわりかし...どころか相当モテる。

 

理由は単純で、兄はそこそこの...どころか相当なイケメンなのだ。

 

妹である私は、級友や部活の後輩たちに兄への橋渡しを頼まれることもしばしばだ。

 

でも、彼女たちに勝算はゼロだということを私は知っているから、「止めた方がいい」とやんわりと断るのだけど...。

 

彼女たちは揃って、私を『ブラコン』扱いするのだ。

 

そんなんじゃないのに。

 

彼女たちが女子度をフル発揮させて、兄に迫ったとしても、彼を振り向かせることは出来ない。

 

私は知っているのだ。

 

兄には今、熱烈に片想いをしている人がいることを。

 

兄はよそ見が一切できない人だ。

 

兄の口から聞いたわけじゃないけれど、彼は感情がすぐに言動に出るタイプなので、「恋をしているのでは?」とピンときたのだ。

 

これまで恋愛じみたエピソードが皆無だった兄に訪れた、初めての『春』

 

この恋が実るまでまっしぐら、一直線に全力で突き進むだろう。

 

命がけで恋をするタイプだ。

 

一応、17年そばで兄を見てきた私だから、多少は彼の性格や生き方は分かってるつもり。

 

「兄には好きな人がいるのよ」情報なんかよりも、兄の趣味の内容を明らかにするだけで、彼女たちをドン引きさせられる自信がある。

 

(でも、妹の権限で、兄の崇高な趣味を貶めるような行為はできない)

 

フィギュア...それも若くてグラマーな女の子(セーラー服や戦闘服、水着を着たやつ)を作ることが、兄にとっての至福の時なのだ。

 

フィギュア作りと、恋の本気度がどうつながっているのかを説明すると、近ごろの兄はフィギュア作りへ費やす時間が減ってきたように思われるからだ。

 

何か気を散らせることがあるらしい、と。

 

それだけじゃなく、兄のファッションがマシに...いや、かなりよくなった。

 

兄に思いを寄せる彼女たちも、彼の私服姿を見たらやっぱり、ドン引きしたと思う。

 

この3か月で兄は垢抜けてきた。

 

もともと土台がいいから、体型を活かす服を着て、綺麗な頭の形を活かした髪型にしたりなんかしたら、家族じゃなくても「お!」と驚く。

 

休日は部屋に閉じこもってフィギュア作りに熱中していたのが、外出する頻度も高くなってきた。

 

デートだな...。

 

片想いだったのが、いよいよ付き合えるようになったのなら、と喜ばしい。

 

お次は、外泊か?

 

ある日の夕飯後、兄の部屋で私はストーブの前に陣取って、コミック本を読みふけっていた。

 

(兄の部屋には、コミック本が大量にあるのだ。その大半が少女ものだ)

 

兄は学習机に新聞紙を広げ、段ボール箱で自作した塗装ブースで、女の子に肌色をつけていた。

 

部屋はシンナー臭く、肌寒さが残る初春の夜だったけど、換気のために窓を開けていた。

 

「ねえ、××」

 

(これは兄の恋愛物語だから、私の名前は重要ではない)

 

わずかなバリが気になったようで、フィギュアのおっぱい部分に紙やすりをかけていた兄が、私の名前を呼んだ。

 

「んー?」

 

「貸して欲しいものがあるんだけど?」

 

「ふぅん」

 

主人公が片想いの彼に抱きしめられて...という胸きゅんシーンに差し掛かっていたため、私の返事は適当だ。

 

「××のを貸して欲しいんだ。

1日でいいんだ。

汚さないようにするからさ」

 

兄は潔癖気味の綺麗好きだから、汚される心配はない。

 

「いいよ。

何を貸せばいいの?」

 

「××の制服」

 

「は?」

 

「セーラー服を貸して欲しいんだ」

 

「......」

 

驚嘆、絶句、思考停止になるべき『セーラー服』のワードなのに、私はすんなり受け入れた。

 

「...いいよ」

 

兄なら、あり得る。

 

私より身長が20センチも高いけれど、痩せているから着られるはずだ。

 

コスプレの趣味が加わった訳ではない。

 

兄の恋がセーラー服に関わっている、と直感したのだ。

 

 

 

 

次の週末、私は兄にセーラー服を貸してやり、週明けにはきちんとクリーニングされて戻ってきた。

 

セーラー服を兄は一体、何に使ったのか。

 

家族だからこそ知りたくないこともある。

 

具体的な光景については、想像しないようにした。

 

そして2週間後の週末、私は兄の恋のお相手と初対面することとなった。

 

我が家に連れてきたのだ。

 

我が家族に「紹介したい人がいる」と。

 

紹介したい人、とくれば、イコール『彼女』でしょう。

 

母なんて朝から浮かれていて、念入りにリビングに掃除機をかけていた(ダイニングチェアのダサい座布団は全て除けられていた)

 

玄関ドアの開く音、三和土の靴音、いそいそと出迎えた母の高い声。

 

兄と客人を案内してリビングに戻ってきた母が、あやふやなおかしな表情をしていた。

 

「あれ?」と思った。

 

戸口の暖簾をくぐって、まず現れたのが兄。

 

次いで現れた人物に、私の周囲から数秒間、音が失われた。

 

その後、深く深く納得した。

 

「あらら...」と、思わずつぶやいてしまった。

 

端整な兄と、兄以上に端整なその人。

 

男。

 

あらら。

 

お似合いだと思った。

 

私は兄と兄の想い人を、交互に見る。

 

振り子のように何度も。

 

二人は視線だけで会話をしていた。

 

「えっと...こちら、ユノ」

 

兄に紹介されて、兄の想い人ユノはぺこりと会釈した。

 

そして頭を上げると、にっこりと笑った。

 

その笑顔に胸が打たれた。

 

こりゃ駄目だ。

 

兄の心がさらわれたワケを、深く納得した。

 

世の女子ども。

 

あなたたちには100%どころか120%、勝ち目がない。

 

兄の目には、ユノという想い人しか映っていない。

 

そして、ユノの目にも兄しか映っていない。

 

言い忘れていたけれど、兄の名はチャンミンという。

 

 

 

(「中編」につづく)

 

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(3)別れられるかよ

 

 

チャンミンは5日経っても、帰ってこない。

 

部屋にひとり残されたユノの心には、チャンミンの捨て台詞の棘が刺さったままで、ズキズキと痛み、化膿しそうだった。

 

『売りを買うなり、ハッ□ンに行くなりしてやる!』

 

ユノとチャンミンにとって、今回のような喧嘩は珍しくもなく、思う存分言い争い、どちらかが謝り(大抵はユノの方から)、仲直りする...スタートからゴールまでが最長で3日が常だったのだが...。

 

今回の5日は初めてだった。

 

意地っ張りのチャンミンのことだから、プライドが邪魔をして帰るに帰れなくなっているのだろうと、高を括っていたのだが...。

 

ユノへの見せしめと興味本位で入店して、見学だけで済ませるつもりが、どっぷりハマってしまって出て来られなくなった可能性が浮上した。

 

ユノは青ざめた。

 

「チャンミンは可愛い顔をしている...奪い合いになるだろう...なんとしてでも連れ帰らないといけない!」

 

ユノはチャンミンを追って、部屋を飛び出した。

 

チャンミンが居そうな場所の検討はついていて、件の店を訪れる前に寄ってみたが、そこにはいなかった。

 

「くそっ!」

 

チャンミンの捨て台詞が現実になってしまう可能性が高まった。

 

 

ここは駅裏手の通り、ユノは5階建てのビルディングを見上げていた。

 

「......」

 

Tシャツの脇が緊張の汗でぐっしょり濡れていた。

 

歩行者たちが立ち尽くすユノを邪魔っ気に避けてゆく。

 

このビルディングに用がある者が現れ、いい男過ぎるユノに物欲しげな視線を送るあたりから、彼とユノの目的地は同じ店だと思われた。

 

舐めるようにユノを見るその男が、エレベータの扉の向こうに消えるまで、ユノは目を伏せてやり過ごした。

 

「ふ~、緊張した...」

 

どのような所かの知識はあるが、利用したことは一度もない。

 

「料金を払って、鍵とタオルを貰って...ロッカーで全部脱いでしまって...部屋が並んでいて...気に入った奴がいたら...」

 

宣言通り、チャンミンが来店なんかしていたら...どうしたらいいのだろう。

 

「知りたいけど発見したくない、俺の恋人がここに居るはずがない」

 

ボヤボヤしていられない...ユノは決心した。

 

何度も言うが、ユノはこの手の建物に近づいたことも、恋人以外の者にその気を起こしたこともなかった。

 

チャンミン・オンリーなのだ。

 

このビルディングは他のテナントも入居しているため、目的の店が何階にあるのか分かりにくい。

 

エレベータのランプが点灯している3階こそが、あの男の行き先...目的地だと判断した。

 

戻ってきたエレベータに乗り込み、3階のボタンを押した。

 

旧式のエレベータはとても狭く、目的階に停止する際、ガクンと大きく揺れた。

 

「『もし』チャンミンがここに居たりなんかしたら...俺はどうなってしまうのだろう」

 

ユノの頭の中で悲観論がぐるぐる渦巻いていた。

 

5日間チャンミンを放っておいた罪悪感と、彼を失ってしまうかもしれない恐怖心が、悲観的な感情を増幅させてしまっていた。

 

チーン。

 

片開きの扉がスライドして、向こうの景色が開けてゆく...。

 

「...っ...」

 

緊張で頬を強張らせていたユノの顎が弛緩した。

 

ユノと対面した人物の口も、あんぐりと開いた。

 

「......ユノ...」

 

「チャンミン...」

 

二人の間で音が消え、時計の長針が半周するほどたっぷりと、丸くなった眼で見つめ合っていた。

 

途中でエレベータのドアが閉まりかけ、ユノは肩を突き出してそれを止めた。

 

ガツンと派手な音をたてたが、肩の痛みは気にならなかった。

 

ユノの色白の肌が、首から頬へと順にぐんぐん紅潮していった。

 

ユノを魅力的にしている黒目がちの瞳が、くっとひと回り縮んだ。

 

ユノの中で何かがプツン、と切れた。

 

「...来い」

 

地底から響くかのような、ドスのきいた低くて太いユノの声に、チャンミンは蛇に射竦められたネズミになってしまった。

 

ユノはチャンミンの二の腕を掴むと、エレベータの中へ力づくに引きずり込んだ。

 

「痛いっ!

痛いよ!」

 

チャンミンの二の腕にユノの指が食い込んで、痛みのあまり抗議しても、ユノは容赦しなかった。

 

エレベータが地上に到着し、通りに出ると、ユノはチャンミンの腕を掴んだまま歩き出した。

 

実は、チャンミンの心境もユノと同じだったのだ。

 

ユノの恐ろしい形相のせいで、チャンミンは自身の怒りを放出する隙を与えてもらえず、口をパクパクさせるしかなかった。

 

『ハッ□ンに行くなりしてやる!』

 

...現実となってしまった...ユノは絶望していた。

 

顔を歪めるチャンミンに気づいて、ユノはチャンミンから手を離した。

 

その後、二人は一切口をきかず、共に暮らす部屋へと帰っていった。

 

 

玄関のドアが閉まったのを合図に、ユノは玄関ドアを背に立つチャンミンの頭の脇に片手をついた...いわゆるこれは壁ドンだが、当然萌える時ではない。

 

チャンミンの鼻先すれすれに、ユノの顔が迫った。

 

「あの喧嘩でムカついていた事は分かる。

だけどな...。

やっていいことと悪いことがあるって...わかんないのかなぁ?」

 

「ぼ、僕は、悪いことなんてしてない!

裏切り行為を犯したのは、ユノだ」

 

「はあぁぁ?

俺の何が裏切りなんだよ?」

 

チャンミンの眼は寝不足のせいで充血し、真っ赤だった。

 

ユノの眼も似たようなものだったが。

 

「なぜ、あの店に行った?

経験したくなったのか?」

 

「ば、馬鹿っ!

そんなわけないよ!

ユノを探しに行ったんだ!」

 

「俺がどうしてハッ□ンに行くんだよ!」

 

「僕があんなことを言ったから...僕に仕返ししたくなって、行ってみたくなったんじゃないかって。

...探しに行ったけど、ユノがあんなところに来るはずないって思い直して、直前で引き返したんだ。

受付から中は1歩も踏み入れてないよ」

 

「俺だって、お前を探しに来たんだよ。

お前があんなこと言うから!

ハッ□ンに行ってやるなんて言うから...」

 

「行くわけないだろ!

ねえ、ユノ...いつまでここにいるんだよ。

話をするなら中に入ろうよ」

 

玄関にユノを残し、チャンミンは逃げるように部屋に上がってしまった。

 

キッチンで水道水をグラスに汲むと一気に飲み干し、深呼吸をした。

 

「上がっておいでよ。

とりあえず...僕らはお互い裏切っていなかったことが分かったんだから。

それぞれが探しに行って、鉢合わせしただけでしょ?

ははは、僕ららしいよね。

一件落着したんじゃないの?」

 

このネタにこだわり過ぎると、こじれて大げんかになると察し、チャンミンは会話を打ち切ろうとした。

 

「どこが一件落着だよ...」

 

ユノも遅れて部屋に上がると、コンロにもたれて立つチャンミンと対面した。

 

「一件落着ってなぁ、俺ん中では解決してないんだよ!

5日間、どれだけ心配してたか分かんないだろ?」

 

「ユノだって、僕を放っておいたくせに!

僕だって不安だったよ」

 

「不安なら帰ってくればいいだろ!

心配したから、あんなとこまで迎えに行ったんだろうが?」

 

「迎えに...って。

利用なんてしてないよ!

さっきも言ったでしょ?

ユノを探しに行ったんだって!」

 

「お前、自分が言った言葉、忘れたのか?

俺が特に怒っているのはどこなのか、分かってるのか?

言っていいことと悪いこともわからないなんて、どこまでガキくさいんだよ!

大人になれよ!」

 

両脇に落としたユノのこぶしが、プルプルと震えていた。

 

ユノの指摘は、チャンミンが深く反省していた点を鋭く突いていた。

 

ところがチャンミンは、謝るどころか、痛いところを突いてきた事に腹を立てたのだ。

 

「俺...お前についていけない。

マジで疲れる」

 

チャンミンはユノを睨み返した。

 

「僕についてゆけないなら...別れればいいじゃん。

僕の方から...別れてやる!」

 

「ほう、そうかい。

別れてやるよ」

 

ユノの言葉を受けてチャンミンの中でぷつん、と何かが音をたてて切れた。

 

チャンミンはとっさに、水切りラックのしゃもじを掴んだ。

 

くるりと背を向けて部屋を出て行くユノに、それを投げつけた。

 

チャンミンの為に補足しておくが、しゃもじを投げつけたのは「行かないで」とユノを引き留めたい意味も込められていた。

 

「ふん、勝手にしろ」

 

 

「振り返ってみると、2回目の喧嘩もアホらしいな」

 

「うん...もぐもぐ」

 

激しい運動の後は腹が減る。

 

二人は取り寄せた無料サービスの軽食を、むしゃむしゃ頬張っていた。

 

「チャンミンは、嫉妬深いし、怒りっぽいし、潔癖気味だし、とんでもねぇコト言うし...つくづくめんどくせぇ奴だ」

 

「あのさ。

それって...悪口でしょ?」

 

「最後まで聞きたまえ。

快楽に弱くてすぐにイっちまうし、俺の帰りを起きて待ってるし、肩を揉んでくれるし。

俺を探してハッテ□まで行くし。

それって全部...俺のことが大好きだからなんだろ?」

 

「うーー...」

 

ユノの言葉はすべて図星で、チャンミンの顔からぽっぽと湯気が出た。

 

ユノはソースの付いたチャンミンの口元をナプキンで拭いてやる。

 

「これからも、好きなだけ『別れてやる』って言っていいぞ。

俺と別れられないくせに、『別れてやる』だなんて...ホント、可愛い奴だなぁ」

 

「もお!」

 

チャンミンはユノにとびかかった。

 

恥ずかしさで全身のもぞもぞ感に耐えられない。

 

「でも...。

やっぱり傷つくからさ、3回に1回まで減らして欲しい」

 

「そんな程度でいいの?」

 

「う~ん。

じゃあ、10回に1回」

 

「分かった」

 

チャンミンはユノの首筋に、頬を摺り寄せた。

 

「もう一回する?」

 

「ん~、後にする。

今はチャンミンとくっ付いて眠りたい」

 

「へぇ~、可愛いことを言ってくれるんだね~」

 

「ふふん」

 

ユノはチャンミンの頬を両手で包み込み、顔を覗き込んだ。

 

「なあ。

もし、俺の方がチャンミンより先に『別れてやる!』って言ったら...どうする?」

 

「ユノはそんな言葉、絶対に言わないよ。

僕は分かっているもん」

 

その通りだよ、とユノが心の中でつぶやいたのは、チャンミンはお調子者だから。

 

「もう寝ようか。

ネカフェじゃ熟睡できなかったんだ」

 

「ネカフェに居たんだね」

 

「チャンミンこそ、どこに居たの?」

 

「僕もネカフェ。

ユノはどこの店だった?」

 

「××。

お前と知り合った店だよ」

 

「そうなんだ!

思い出の場所だからね~。

『もしかしたら、ユノが迎えに来てくれるかも』って思うと、ホテルだと分かんなくなるし」

 

「もしかして...と思って、そのネカフェにも顔を出したんだぞ。

でもチャンミンは居なかった。

ってことは...宣言通りにハッ□ンに行ったのでは!?...そういう訳さ」

 

 

ユノとチャンミンは午前8時まで眠り、それからシャワーを浴びた。

 

「ユノーーー!?」

 

チャンミンは鏡に映った自分の首筋に、いくつものキスマークを発見して悲鳴をあげた。

 

「酷いよ!

衿からはみ出すじゃん。

最低最悪!」

 

チャンミンにポカスカ肩を突かれ、よろめいたユノは同様のことをチャンミンにやり返した。

 

「チャンミンこそ、思いっきり噛みつきやがって。

お湯が沁みて痛い!」

 

ユノは水に切り替えたシャワーを、チャンミンの頭からぶっかけた。

 

「冷たいなぁ!」

 

チャンミンはユノの背中に飛びついて、反対側の肩に噛みついた。

 

「このやろ!」

 

ユノはチャンミンの腕の中で身体を反転させると、チャンミンの乳首をつねった。

 

「痛い痛い!」

 

「感じているくせに!」

 

「うるさいうるさい!」

 

子供みたいな取っ組み合いが絡み合いになり、アレへと突入してしまったのは予想通り。

 

チェックアウトまで、二人は濃く深く繋がり合った。

 

二人は喧嘩ばかりしている。

 

『別れてやる!』

 

交際中、相手の気を引くためや、脅しのつもりだったとしても、その言葉は本心でない限り口にしたらいけない。

 

今後、彼らは何度も大喧嘩をするだろうし、『別れてやる!』も飛び出すかもしれない。

 

それでも、言葉通り別れることは、おそらくないだろう。

 

別れてやるつもりなんて、さらさらないのだから。

 

喧嘩するほど仲がよい。

 

まさしく彼らの為にある言葉だ。

 

 

(おしまい)