(25)オトコの娘LOVEストーリー

 

~YUN~

 

顔のパーツがしっかりしている。

額の形がいい。

全身のバランスもとれている。

痩せた身体がいい。

中性的で儚げなところが特にいい。

小さな膝小僧が内股気味だ。

それに、あの子は男だ。

ますます、いい。

履歴書の性別欄は未記入だった。

迷いがそこに表れているって訳ね。

ガチガチに身体を固くしたチャンミンの周りを一周した。

そんなに緊張して、可愛い子だ。

顔を近づけると身体をこわばらせるから、ますます可愛い。

男慣れしていないな、あの様子じゃ。

ローテーブルに置いたスマートフォンが、通話着信を鳴らした。

ディスプレイに表示された発信者名を見て、俺は舌打ちした。

通話ボタンを2度押しした。

 


 

~ユノ~

 

Bとのすれ違いの生活は相変わらずだった。

Bが帰宅するのは深夜遅くで、夢うつつの中マットレスの反対側が沈み込むのを感じる。

俺にすり寄ってくることはもう、なかった。

安堵したけれど、かすかな寂しさも心をかすって、Bへの気持ちがまだ残っているのでは?とうろたえる。

Bに別れを告げられるだろうか。

気持ちは固まったのに、Bの反応を想像すると身がすくんだ。

罵りの言葉、非難の言葉をたっぷりと浴びせられるだろう。

...大丈夫、耐えられる。

これまでの生活を清算したいんだ。

Bのドレスをクリーニングに預け、Bの下着を洗濯し、Bが必要とする栄養素を含んだ食材で冷蔵庫を満たした。

トイレットペーパーを買い置きし、加湿器の水を補充し、髪の毛が散らばる洗面所を掃除した。

家の中をきちんと整えることは、俺の性に合ってるから苦じゃない。

気紛れに求められた時、セックスの相手をした。

ムラムラした時にたまたま近くにいたのが俺だった、みたいに。

ムシャクシャした気持ちをぶつけるためのセックス。

先日、Bに押し倒されたときに、気付いた。

俺にも心がある。

俺は恋人なんだよ。

Bのハウスキーパーじゃない。

この部屋に暮らし始めた当初、俺とBとの間で確かに燃えていた恋の炎は、数か月で勢いを失い、さらに数か月を経た現在は消える一歩手前。

2人仲良く穏やかな暮らしをしたかったのは、俺だけだったんだ。

俺は二人で共にする行為の中から幸せを見つけるタイプの人間だ。

ところが、Bはそうじゃないらしい。

彼女にとって、あくびが出るほど退屈な生活だったんだろう。

俺たちは相性がよくなかっただけのこと。

俺はBを責められない。

とっくの前に、Bの生活から俺の存在は閉め出されていた。

俺から同棲解消を切り出されても、あっさりと首を縦に振ってくれると思った。

 

 

俺とチャンミンとの生活は順調だった。

料理の腕は上達の兆しゼロで、オムレツという名のスクランブルエッグを毎朝食べた。

パセリが入っていたりチーズを混ぜていたりと、バリエーションを意識している姿が、微笑ましかった。

チャンミンの就職が決まった日の夜、外で飲むのを止めて宅配ピザを頼んで自宅飲みした。

Bは仕事に行ったのか不在だった。

「お仕事、頑張りますね」

俺たちはソファにもたれて、ローテーブルに2枚並べたLサイズピザをつまみにしていた。

ウキウキ浮かれた彼女は終始笑顔で、左右非対称に目を細めていた。

 

「どんな会社なの?」

「うーんと、その人が一人でやってるところです」

「仕事内容は?」

「アシスタントです」

「何をアシストする仕事なの?」

「実はー、よく分かんないです」

「そんなんで大丈夫なの?

怪しい仕事じゃないよね?」

「ご心配なく。

ちゃーんとした人ですから」

ほろ酔いチャンミンは、口をとがらせて俺の肩を押す。

 

「チャンミンちゃん!」

彼女の力が強くて、俺は手にしたビールを傾けてしまった。

体格がよいからか、力強い。

 

「もー」

「ごめんなさい...」

「仕事始めはいつから?」

「来月からです。

お義姉さんの出産日がもうすぐですし、カット・コンテストのバイトもあるので、それまでは週に3日、時短でいいって融通してもらいました」

「カット・コンテスト?」

 

彼女は「しまった」とばかりに両手で口を覆っていた。

初耳だった。

 

「内緒にするつもりが...!」

「どうして内緒にする必要があるの?」

「恥ずかしかったからです」

 

カット・モデルに採用された経緯を説明してもらった。

 

「それのどこが恥ずかしいの?」

「だって...僕は...僕は...」

彼女は立てた両膝に顔を伏せてしまった。

「『僕は』...何?」

「......」

 

待っていたが、その続きは聞けなかった。

「なんでもないです」

「そっか。

...で、コンテストはいつなの?

応援に行きたい」

「再来週です。

でも...平日なんです」

「そっかー。

残念」

「写真を見せてあげますね」

 

彼女のくせ毛の襟足や細くて長い首。

無防備に俺の目前にさらされたそれに色気を感じて、体温が1度上がったような気がした。

膝を立てて座る彼女に倣って、伸ばしていた両膝を曲げた。

 

「今日はお洋服を貸してくださって、ありがとうございました。

心強かったです」

 

恥ずかしくなった俺は、テーブルから新しい缶ビールを取ってぐびりと飲んだ。

 

「靴もありがとうございました。

ブラシをかけておきました」

「いいよ、そんなの...」

 

座高が一緒だから、彼女の横顔は俺の頬のすぐ脇にある。

彼女の頬からミルクのような甘い匂いがした。

 

「ユノさんにくっついていると、安心します。

不思議です」

 

彼女といる時に襲われる不思議な感覚の正体は何なのか、答えを見つけようと俺の頭はフル回転だ。

この感覚の分析は後日と言うことで...。

 

「こんなにあっという間に仕事が決まっちゃうとはね」

「とんとん拍子でした」

 

こんなことを言ったら彼女に失礼だけど、「就職活動が苦戦するのでは」と予想していた。

不採用の通知の際に、かけてやる慰めの言葉を考えていたくらいだ。

どこか世間知らずで呑気そうな彼女が、世知辛い都会でちゃんとやっていけるのかと心配していた。

俺が守ってあげないと。

純朴な彼女を騙したり、泣かしたりするような奴から守ってあげないと。

彼女は俺の妹じゃないし、彼女にはホンモノの兄がいるけれど、

身近で見守ってあげるのは俺が適任だと、不思議な使命感を抱いているんだ。

なぜだろう。

 

(つづく)

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(24)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

YUNにバックナンバーを見せながら、1年間の発刊スケジュールと各号のテーマを説明した。

ガラス天板のテーブルの上は、資料で埋め尽くされている。

予算の都合上、オリジナルに制作してもらうのは最終号のみで、残り5号分は既出の作品を使用することになっている。

作者近影の写真撮影日時や作品撮りの日程については、あらかじめメールと電話で伝えてあった。

しかし、そのいずれも都合がつかないとのことで、スケジュールの変更を余儀なくされた。

(マジかよ...)

イラっとする表情をひた隠しにして、「なんとかしてみます」と愛想笑いをした。

俺はその場で関係者に連絡を入れ、平身低頭で頼み込む羽目になった。

YUNという男からは、もの柔らかな言い方の陰に、有無を言わせない強引さがうかがえた。

(苦手なタイプだ。

整え過ぎたヒゲが、いやらしい)

「撮影日の詳細は、追って連絡します」

内心の思いを気取られないよう、俺はビジネスライクな笑みを浮かべた。

 

 

オフィスを辞去した俺とSは、帰りの車内でYUNについての話題になった。

「オーラが凄かったっすね」

「ああ。

向こうのペースに飲まれっぱなしだったな」

「今までの電話やメールって何だったんすか?

全部、無駄だったじゃないっすか。

酷いっすね」

「引き受けないと言い出されるよりは、マシだよ」

俺はため息をつく。

(好き嫌いを仕事に影響させたらいけないのは分かっている。

でも、あの人物は生理的にやりにくい相手だ)

「先輩。

見ましたか、あれ?

あれって、キスマークっすよね」

「虫さされってことはないだろうな」

俺はYUNの白シャツの胸元を思い出す。

「ついつい目がいっちゃうんっすよ。

打ち合わせの間、見ないようにするのに苦労しました。

あれって、僕らに見せつけてるんですかね?」

「とか言いつつ、ガン見してたじゃないか。

ヒヤヒヤしてたんだぞ?

それに、『見せつける』って、誰に?」

「そりゃもう、先輩にっすよ」

「はあ?」

「あの人、先輩のこと気に入ったんじゃないすか?

妙にじろじろ見てましたよね」

「うーん」

「僕が見るに、あの人はゲイですね」

「おい!」

俺はSの頭をはたいた。

「先輩っていかにもゲイ好みって感じですもん」

「どこが?」

「先輩って、見れば見るほどイケメンっすね」

「はぁ?」

「鼻筋すーっと。

涼しげアイズ。

肌もきれいだし。

三十路なのに、禿げる気配なし」

俺はサイドミラーに顔を映してみる。

「女だけじゃなく男にもモテそう」

「はぁ?」

「超短髪でー、筋肉もりもりでー、髭生えててーっていうまんまじゃないところに、ツウ好みの心をくすぐるわけっすよ、先輩の場合」

「......」

「優柔不断っぽいところも、迫ったらOKそうだし」

「OKって、何をだよ!?」

「決まってるじゃないすか、ハハハ!」

(こいつの話に付き合ってられるか...)

俺はそっぽを向き、助手席の窓枠に肘をついて、歩道を行き交う人々を見るともなく眺めた。

「あ!」

チャンミンを目撃したのだ。

「なんすか、先輩?」

「いや...何でもない」

彼女は大きなストライドで歩いている。

ブラウスのボウタイが、胸元でたなびいている。

俺が貸した黒のパンツと黒い靴。

すらりとした体型、高い身長。

プラチナホワイトの髪。

見間違いようがない。

中性的な雰囲気を振りまいている。

女っぽい格好を見慣れていたから、余計に新鮮だった。

俺たちの車は間もなく交差点を曲がってしまい、彼女の姿はすぐに見えなくなってしまった。

「先輩、昼めし食っていきましょう。

どこにしましょうか?」

感動に浸っていたところを、後輩の一声がぶち壊した。

「任せるよ」

彼女はこの辺りで、面接を受けているのだろうか?

 

 

社に戻り、スケジュールの立て直しに頭を悩ませていると、スマートフォンが震えた。

俺は廊下に出て通話ボタンを押した。

「チャンミンちゃん!

どうした?」

『お仕事中のところ、ごめんなさい!

真っ先にお知らせしたいことがあってお電話しました』

ゆっくり話せるようにと、俺は給湯室へ足早に移動した。

「何かあったの?

大丈夫?」

『100%大丈夫です!

グッドニュースです!

僕、チャンミン...なんと...。

お仕事決まりましたー!』

「やったじゃん!」

「ユノさんに真っ先にお知らせしたかったのです」

俺はこぶしを作って「よし!」と小さくガッツポーズをした。

自分のことのように、嬉しかったのだ。

一番に知らせたい人物に、俺が選ばれたことが嬉しかった。

「お祝いしよう!

今夜、飲みに行こうか?」

『いいんですか?

Bさ...』

彼女は『Bと別れる』発言を気にしている。

「気を遣ってくれてありがとう」

別れを伝えるタイミングが頭を悩ませていた。

いつ、どこで、どのように、Bに切り出そうか。

恋人関係を解消するのは容易くない。

住まいを共にしている故に、どちらかが出ていかなければならない。

俺か、Bか。

昼過ぎに届いた通知内容が頭をよぎる。

『口座残高不足により、指定日に振替できませんでした』

3か月連続だった。

Bからの入金が滞っていた。

Bの求める条件に合わせて選んだ部屋だった。

Bの収入の方がはるかに多いに違いなかったが、男の意地で家賃は平等に折半しようと決めた。

ごく一般的なサラリーマンに過ぎない俺には、あの部屋の賃料を一人で支払い続ける資金力がない。

困った。

チャンミンには、あの部屋に住んだらいいと言っておいて、現実的に考えるとあの部屋を維持できないことに気付いたのだ。

Bとの同棲生活を解消したら、1LDK辺りにレベルダウンしなければならない。

1LDKでチャンミンと暮らすということは...チャンミンと同じ部屋で寝る...。

...無理か。

1LDKでは、彼女との同居は出来ない。

おい、ユノ!

彼女と『一緒に暮らす』前提でいるじゃないか。

こらー。

何、想像してるんだ!

髪をぐちゃぐちゃにかきむしった。

「ふう...」

缶コーヒーでも飲んで、おかしくなった頭を冷まそう。

でも...眠る彼女の顔を見てみたい。

きっと、ものすごく可愛い寝顔なんだろう、と思った。

 

(つづく)

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(23)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

「アポイントが11時に前倒しになりました」

「はあ!?」

翌号カタログの校正を行っていた俺は、後輩Sの報告に壁時計を確認した。

「あと1時間もないじゃないか!?」

「今からなら、ぎりぎり間に合いますよ。

おおまかな年間のスケジュールはまとめておきました」

「できる後輩を持った俺は幸せだよ」

「やっとわかってくれましたか?」

俺とSは、早歩きで中央エントランスを目指す。

「先輩!

足早いっす!

僕の脚の長さのことを、もっと考慮して下さいよ」

「悪い」

 

エントランス横の立体駐車場から、社用車が吐き出されるのをじりじりと待つ。

「どうして、あんな面倒くさそうな人に頼むことになったんですか?」

「イメージを変えるためだろうね。

ここ2年は女性モデルを使ってたから」

「その前は『世界の街並み』でしたっけ?

いいなぁ、その時の担当になりたかったっす。

海外へ行き放題だったんだろうなぁ」

「馬鹿だなぁ。

海外に行き放題だったのはカメラマンだけだ。

おい、車が来たぞ」

「僕が運転しますよ」と、後輩が買って出た。

 

 

俺が勤めるのは、中堅どころの健康食品会社だ。

インターネット注文が主流のこの世の中にあっても、未だに紙ベースのカタログ注文は根強い人気だ。

俺はカタログ製作部に所属している。

隔月に発行されるカタログ『へるし』は、美しいグラビア写真に加え読み応えのある記事も満載で、ちょっとした雑誌レベルだと、毎号好評なのだ。

俺は表紙と巻頭ページ制作のセッティングを担当している。

カメラマンやイラストレーター、ライターと、紙面制作部署との橋渡し的業務という、神経を使う仕事内容だ。

 

 

一昨年、1年間の表紙モデルに起用されたのがBで、撮影現場での初顔合わせでBに一目惚れをしたのだった。

当時の俺は文字通り、Bに「メロメロ」だった。

猛烈なアタックの末、残すところあと1号分の撮影が行われる頃になって、首を縦に振ってもらえた。

それまでの俺にしてはあり得ないほど、のめり込んだ恋だったのだ。

今となっては、遠い過去の話。

 

 

来年度からは、がらりと趣を変えたものになるという。

取締役の一人が海外の美術展である一作品を目にした瞬間、稲妻に打たれたのだとか。

そこで、そのアーティストの作品を年間6号分の表紙に採用することになった。

 

「芸術家ってやっぱり、気分屋で気難しい人なんすかねぇ?」

「芸術家に限らず、写真家であっても、イラストレーターであっても、誰でも気難しいもんだよ」

助手席の俺は、校正の続きをしながら答えた。

「さすが年長者の言葉は、重みが違いますねぇ。

先輩...もうすぐ着きますよ」

「10時45分。

間に合ってよかった」

 

俺と後輩Sの乗った社用車は、地下駐車場への急なスロープを下りて行った。

 

 

このビルは6階まではテナントが入っており、7階から10階までは居住スペースになっている。

俺たちは、守衛室の脇にあるエレベータで6階まで上昇した。

開いた扉の真正面がデンタルクリニックで、右手の奥まったところに指定されたオフィスがある。

 

「金持ちが通いそうな歯医者っすね」

Sはゴールド縁の自動ドアの向こうを興味津々にのぞき込んでいる。

俺は腕時計で、約束の時刻の5分前なのを確認する。

目立たないよう、廊下から1歩引っ込んだ位置にあるドアのインターホンを鳴らした。

 

『はい』と男性の声が応答した。

「お待ちしておりました」

 

ドアを開けたのは年齢は30代半ば、浅黒い肌、均整のとれた長身、そして目鼻立ちのくっきりとした美形の男性だった。

第3ボタンまで開けた麻の白シャツから、日に灼けた逞しい胸元が見え隠れしている。

 

(胸をはだけすぎだろ。

誰アピールだよ。

キザったらしい奴だなぁ)

 

背中まである長い髪を後ろでひとつに束ねている。

その男性はビジネスライクな笑顔を浮かべると、俺たちを中に招き入れた。

 

 

オフィスは仕切りのないワンルームで、そちこちに置かれた観葉植物と壁一面の窓ガラスにかけられた木製ブラインドが、ナチュラルな雰囲気を作っている。

(中央に螺旋階段があるから、アトリエと繋がっているのだろうか)

 

「時間を早めてしまい申し訳ありませんでした。

日にちをあらためようかと思いましたが、これまでに何度もこちらの都合で延期していますからね」

本来の打ち合わせの日時は一週間前だったが、度重なる予定変更に俺たちは振り回されていたのだ。

「飲み物をご用意しましょう。

アシスタントが不在ですので、私が淹れることになります。

アイスコーヒーでよろしいですか?」

「お構いなく」と頭を下げた。

 

俺たちは立ったまま、さりげなく目隠しされたミニキッチンに向かう男性の背中を見送る。

広い背中で揺れるその髪は、つやがあって手入れが行き届いているのが分かった。

(自身にお金をふんだんにかけるタイプと見た)

ラフなファッションだったが、上質で高価そうに見えた。

 

「先輩。

想像と全然違いますね」

Sのひそひそ声に、俺は頷く。

アーティストというから、痩せこけてボサボサ頭のトリッキーな服を着た奴を想像していたのだ。

「芸術家って儲かるものなんすか?」

恐らく計算のもと絶妙な位置に配置された家具も、量販店や通販で揃えたものには見えない。

座るよう促された透明アクリルチェアも、俺でさえ知っているブランド家具だ。

「1作品、何十万も何百万もするんですかね」

オフィスを見回しても不思議なことに、彼の作品らしきものは置かれていない。

 

飲み物を乗せたトレーを持った男性が戻ってきたため、俺はSの脇をつついて黙らせた。

Sはあたふたと名刺入れを取り出した。

名刺交換の際、ぐっと見据える彼の眼力に一瞬ひるむ。

上質な白い名刺には肩書がなく、彼の名前『YUN』とあるだけだ。

二人の名刺を受けとったYUNは、顔と名前を確認するかのように「ユノさんと、こちらがSさんですね」ともう一度、眼光鋭いまなざしで俺たちを見た。

Sがユンの胸元に視線をくぎ付けにしていることに気付き、慌ててSの背中を叩いた。

 

「それでは、始めましょうか」

各々の挨拶を終えた3人はテーブルにつき、打ち合わせが開始された。

 

(つづく)

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(22)オトコの娘LOVEストーリー

~チャンミン~

 

突き当りにエレベーターが2基あり、片方は貨物用の大きいものだった。

もう一方の黒塗りのエレベーター脇のキーパットに、メールで知らされた暗証番号を打ち込んだ。

すると扉が開いて、僕はエレベーターに乗り込む。

(すごい!

ハイテクだ)

階数指定ボタンはない。

昇るか下るかの三角ボタンがあるきり。

上昇するエレベーターの箱の中、僕は壁にもたれて深呼吸をした。

(この時のために僕は頑張ったんだ、うん)

何度も頷き、こぶしを握った。

エレベータを降りるとすぐに、琥珀色の木目が美しい玄関ドアがあった。

僕はもう一度深呼吸をした。

防犯カメラが作動中を知らせる赤いランプに緊張した。

インターフォンのボタンを押そうとしたところ、目前の扉が開いた。

「やあ、いらっしゃい」

(きゃー!)

心の中で感激の悲鳴を上げる。

僕を招き入れたその人物は、卒倒しそうになるほどの美丈夫だった。

穏やかな笑みを浮かべている。

「お邪魔します...」

「遠いところありがとう。

靴を履いたままでいいんだよ」

僕は中へと招き入れられた。

その重厚な扉は音もなく閉まり、カチリと電子ロックがかかった。

 

 

「お昼は食べてきた?」

優しく問われて「はい」と元気よく答えたが、実際は緊張のあまり昼食どころじゃなかったのだった。

(カッコいい!

この世にこんなに、カッコいい人がいるなんて!)

僕の喉はカラカラで、出されたアイスコーヒーを一気飲みしてしまう。

「お代わりは?」

「す、すみません。

お願いします...」

僕は空になったグラスを、捧げるように差し出した。

(恥ずかしい!

喉が渇いてたから、

がぶ飲みをしてしまった!)

「あの...YUNさんはご迷惑じゃなかったですか?

YUNさんの言葉を本気にして、僕...ここまでやってきたりして...」

この男性の名前はYUNさんという。

「いや。

俺は本気だったよ、最初から」

彼は提出した履歴書を、時間をかけて目を通している。

(YUNさん!

胸が...お胸が見えてます!

シャツがちょっとばかし...はだけすぎてやしませんか?

...そんなことより、履歴書大丈夫かなぁ)

何度も書き直して、無駄にした用紙の数を思い出す。

彼はあごの髭を撫ぜながら、観察する目で僕をとっくりと見る。

彼の視線に耐えられない僕は、俯いてしまった。

(そんなに僕のことを見ないで!)

彼の唇の片方がわずかに持ち上がった。

そして、こう言った。

「君を採用する」

「ホントですか!?」

「君は無鉄砲な子だね。

もし、私に追い返されたり、ノーと断られたらどうするつもりだったの?

まさか、あの誘いだけを当てにして、ここまで来たんじゃないだろうね」

「!!!」

図星だった僕は、ぎくりとしたのであった。

(イエスです。

YUNさんの言う通りです)

 

 

僕の行動が、突拍子もないことは分かってる。

YUNさんに会いたくて、YUNさんの側で仕事をしたい一心でこの半年間、アルバイトを掛け持ちして引っ越し費用を準備した。

単なる気紛れな気持ちで、田舎者の僕をからかうつもりで誘ったのだとしても、都会まで出てこようと決心するきっかけを作ってくれた彼に感謝している。

「その時は、身の丈に合った仕事を探すつもりでした。

...田舎から出て新しいことに挑戦したかったですし...」

世間知らずな子だって、呆れられても仕方がないな。

僕は恥ずかしくて顔を上げられない。

ユノさんに借りた、ピカピカのローファーに視線を落とす。

「早速、契約書にサインしてもらおうか?

こういうことはきちんとしないと、君も不安だろうからね」

「いえいえ!

不安なってことは...!」

「条件等はここにある通り」

ローテーブルに置いた1枚の書類に印刷された要項ひとつひとつに、YUNさんは指し示しながら説明をした。

彼はスパイシーないい匂いがする。

きっと私の3日分のアルバイト代でやっとのことで買える、高級な香水なんだろうな。

「多くはあげられないけれど、妥当な金額を支払うよ」

用紙にプリントされた金額を見て、驚いた。

「こんなに沢山?」

目を丸くした私を見て、彼はくすりと笑った。

目尻のしわとか、カッコいい髭とか、大人の男って感じ。

「朝9時から午後6時まで。

半分はオフィスで、もう半分はアトリエで仕事をしてもらうことになる。

ここまでで、何か質問は?」

「今のところ、思いつきません...」

彼の顔が間近にあって、胸が破裂しそう。

「アシスタントがいなくて、不便だったんだ。

何人か面接をしたんだが、これという子が見つからなくてね。

だから、君から連絡をもらって、私は助かったんだよ」

「あの...。

失礼を承知で質問してもいいですか?」

「どうぞ」

「僕を雇うのは、同情...からじゃありませんよね?」

 

 

僕が実家を出た理由。

YUNさんに「街に出てこないか?君に手伝ってもらいたいことがある」って名刺を渡されたのがきっかけだ。

僕の背中にあるやる気スイッチが、バチっと入った瞬間だった。

友達にこのことを話したら、「騙されてるんだよ」「売り飛ばされるよ」「チャンミンはウブな世間知らずなんだから」って、ボロクソに言われた。

でも、こんなに素敵な人になら騙されてもいい、と思った。

僕は女の子を好きになったことがない。

だからといって、男の人が好きなのかどうかと問われるとあいまいな返事しかできない。

狭い町、偏見だらけの田舎町、狭い交友範囲で彼氏候補の人もいなかった。

仕方ないよね。

これといった特技も資格もなく、フリーターだった僕はアルバイトをもう一つ増やして頑張った。

ドレスを新調するのも我慢した。

僕はYUNさんに見込まれたのかな。

何を?

なんでだろ?

彼はぷっと吹き出した。

「同情で人を雇うほど俺は優しくないよ。

向こうで君を一目見た時に、ピンときたんだ。

君は使える子だって。

...それに」

彼はそこで言葉を切ると、僕の前髪にそっと触れた。

ゾクゾクっとした。

(ひぃぃ!

ち、ちか、近いです!)

彼の眼光が突き刺さる。

「ルックスも申し分ない。

私の作品のモデルになってもらいたいくらいだ。

その時は、ギャラは別口で支払うからね」

「...モデル?」

こっちに来てからの僕はモデルめいている。

カット・コンテストのモデルでしょ、Bさんはモデルでしょ。

「そんな!

モデルだなんて...とんでもない!」

私は両手を激しく振った。

彼は数歩下がって、僕の顔と身体を舐めまわすように見るものだから、困惑してしまった。

(そんなに見ないで下さい、恥ずかしいです)

 

(つづく)

 

 

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(21)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

「俺のところでよければ、ずっと居てもいいんだからね」

思わず出た言葉だった。

「へ?」

コーヒーのお代わりを俺のカップに注ぎながら、チャンミンはきょとんとしている。

「家賃が浮くだろ?

この辺りは高いからね。

あの部屋をずっと使ってもらって構わないからさ」

「ユノさん...」

彼女の口がへの字になって、眉毛も思いっきり下がった。

何か変なことを言ったかな、と不安になっていたら、

「ユノさん、大好きです!」

そう言って、彼女が俺に抱きついてきた。

「!!」

「ホントは、すごく心細かったんです。

人がいっぱいいて、地下鉄の乗り方もよく分からなかったし、お兄ちゃんにも頼れないし。

昨夜、泣いちゃったんです。

ユノさんが優しい人でよかったです!

ユノさん、大好きです!」

彼女の腕が、俺の首にぎゅうっと巻き付いている。

「え、えっと...」

チャンミンちゃんからいい匂いがして(あのシャンプーの香りかな?)、肉付きの薄い体つきなのに胸がドキドキした。

彼女が口にした『大好き』に、恋愛感情が込められていないことは分かっていたけど、すごく嬉しかった。

俺は宙に浮いた手を彼女の背中にまわそうとした。

「朝っぱらから何やってんの?」

まわしかけた手が止まった。

顔を上げると、冷めた顔をしたBがリビングに突っ立っていた。

「あなたには、Bと言う『彼女』がいるのよ?」

「...B」

「Bさん、おはようございます」

屈託なく挨拶をするチャンミンを無視したBは、そのまま浴室に行ってしまった。

「......」

「ユノさんの申し出はありがたいです。

でも、Bさんとの邪魔はできません」

俺の首から腕をほどくと、チャンミンは食べ終わった俺のお皿を片付け始めた。

「チャンミンちゃん...」

俺は彼女の手首をつかんでいた。

「俺はBとは別れるつもりだ」

「え...?」

彼女は俺に手首をつかまれたままフリーズしている。

そして、俺の顔を真っ直ぐな眼差しで見つめていた。

「別れる...?」

「うん。

あ!

誤解しないで。

チャンミンちゃんが来たからが理由じゃない」

彼女は、驚くほど透明な目で俺を見返していた。

何の思惑も隠していないその瞳が、俺の決心を揺るぎないものにした。

ぐずぐずと決心できずにいたこと。

Bにぶつけられた言葉が決定的にしたのは確かだ。

それ以上に、チャンミンに居心地の良い環境を作ってあげたくて仕方がない気持ちを優先させたかったんだ。

彼女は俺に手首を握られたまま、すとんと椅子に座った。

「お二人のことに口は出せませんけど、

ユノさんは、そう決めたんですね...。

僕でよければ、相談にのりますね。

頼りないかもしれませんが、一生懸命考えますから」

そう言いながら彼女は、俺の手の甲をさわさわと撫でるから、くすぐったくて仕方がなかった。

 


 

~チャンミン~

 

「この辺り、かな」

携帯電話に表示された地図を頼りに、電車で15分の距離のオフィス街をうろついていた。

約束の13時まであと15分。

(僕は遅刻するわけにはいかないんですよ。

あ!

ここだ)

目的地は白いタイル張りの地上10階建てのビルが、目的地だった。

案内された通り、地下駐車場へのスロープを下りる。

車20台分はある駐車スペースに、見覚えのある黒い外車が停めてあった。

(この車に乗せてもらったんだな)

ショーウィンドウのガラスを利用して、身だしなみをチェックする。

ドレープのきいた白のブラウス。

透け感があるので、中に黒のタンクトップを着ている。

黒のセンタープレスパンツとローファー。

僕は男だから腰の丸みがない。

(ユノさん、ありがとうございます)

パンツも靴も彼からの借り物なのだ。

 


 

~ユノ~

 

今朝のことだ。

「ユノさん。

今日、お仕事の面接があるんです」

「え?

もう?」

俺は驚いた。

ここにやって来て数日しか経っていないのに、いつの間にか就職活動をしていたようだ。

のほほんとしているが、やるべきことはやる子なのだろう。

「僕...何を着ていいか分からなくて...。

メイドさんはダメ...ですよね?」

下を向いてもじもじする彼女の頭を撫ぜたくなる衝動を抑えて、「ちょっと待っててね」と声をかけるとクローゼットの扉を開けた。

寝室のクローゼットはBに占領されているため、俺の洋服類は玄関からリビングをつなぐ廊下の収納スペースを使用していた。

浴室からはBが浴びるシャワーの音がする。

「これなんかは、どうかな?

俺のパンツなんだけど。

チャンミンちゃんは背が高いし、俺のサイズに合うと思うんだ...」

ハンガーにかかった一着を、彼女の腰に当てた。

俺の予想通り、彼女の脚の長さは俺と同じだった。

「うん、これがいいよ。

シンプルだし、細身だから無駄にダボつかないと思う」

「お借りします」

彼女はハッとした表情を見せた。

「あ、あの!

靴はどうしたらいいですか?

僕、厚底ヒールとスニーカーと、サンダルしか持ってないんです!」

「そうなの?

う~ん...どれも面接には向かないなぁ」

「何も考えてなくてごめんなさい」

「いいや。

初日は地味な方がいいと思うだけだよ。

白のシャツは持ってる?」

「白のブラウスがあります」

「いいんじゃないかな。

それに合わせる靴は...っと」

俺はシューズラックから一足を選び、彼女を玄関まで手招きした。

黒のローファーだ。

手入れの行き届いたその靴は、彼女の足にぴったりだった。

「今日のコーディネイトは髪の色によく似合ってるよ」

(アルコールが入っていなくても、すらすらと彼女を褒められるようになったぞ)

「ユノさんって、お洒落が好きなんですか?」

「うーん。

好きな方に入るのかなぁ。」

(実際は、Bの隣を歩くにはそれなりの恰好をしていないと散々文句を言われてた。

Tシャツやトレーナー、パーカーなんて言語道断だった)

彼女はシューズラックの鏡に足元を映して満足そうだ。

「いい感じです。

ありがとうございます」

ユノさんこそ大人の男って感じです...」

と目をキラキラさせて褒められるものだから、照れくさくて仕方がない。

(でも、全然、悪い気はしない)

「今日もカッコいいですよ。

お仕事、頑張ってください」

「チャンミンちゃんも、頑張りすぎないように頑張ってね」

「は~い。

ユノさん、いってらっしゃーい」

といった風に、俺は彼女に見送られて出勤していったのであった。

 

(つづく)

 

 

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