~YUN~
顔のパーツがしっかりしている。
額の形がいい。
全身のバランスもとれている。
痩せた身体がいい。
中性的で儚げなところが特にいい。
小さな膝小僧が内股気味だ。
それに、あの子は男だ。
ますます、いい。
履歴書の性別欄は未記入だった。
迷いがそこに表れているって訳ね。
ガチガチに身体を固くしたチャンミンの周りを一周した。
そんなに緊張して、可愛い子だ。
顔を近づけると身体をこわばらせるから、ますます可愛い。
男慣れしていないな、あの様子じゃ。
ローテーブルに置いたスマートフォンが、通話着信を鳴らした。
ディスプレイに表示された発信者名を見て、俺は舌打ちした。
通話ボタンを2度押しした。
~ユノ~
Bとのすれ違いの生活は相変わらずだった。
Bが帰宅するのは深夜遅くで、夢うつつの中マットレスの反対側が沈み込むのを感じる。
俺にすり寄ってくることはもう、なかった。
安堵したけれど、かすかな寂しさも心をかすって、Bへの気持ちがまだ残っているのでは?とうろたえる。
Bに別れを告げられるだろうか。
気持ちは固まったのに、Bの反応を想像すると身がすくんだ。
罵りの言葉、非難の言葉をたっぷりと浴びせられるだろう。
...大丈夫、耐えられる。
これまでの生活を清算したいんだ。
Bのドレスをクリーニングに預け、Bの下着を洗濯し、Bが必要とする栄養素を含んだ食材で冷蔵庫を満たした。
トイレットペーパーを買い置きし、加湿器の水を補充し、髪の毛が散らばる洗面所を掃除した。
家の中をきちんと整えることは、俺の性に合ってるから苦じゃない。
気紛れに求められた時、セックスの相手をした。
ムラムラした時にたまたま近くにいたのが俺だった、みたいに。
ムシャクシャした気持ちをぶつけるためのセックス。
先日、Bに押し倒されたときに、気付いた。
俺にも心がある。
俺は恋人なんだよ。
Bのハウスキーパーじゃない。
この部屋に暮らし始めた当初、俺とBとの間で確かに燃えていた恋の炎は、数か月で勢いを失い、さらに数か月を経た現在は消える一歩手前。
2人仲良く穏やかな暮らしをしたかったのは、俺だけだったんだ。
俺は二人で共にする行為の中から幸せを見つけるタイプの人間だ。
ところが、Bはそうじゃないらしい。
彼女にとって、あくびが出るほど退屈な生活だったんだろう。
俺たちは相性がよくなかっただけのこと。
俺はBを責められない。
とっくの前に、Bの生活から俺の存在は閉め出されていた。
俺から同棲解消を切り出されても、あっさりと首を縦に振ってくれると思った。
・
俺とチャンミンとの生活は順調だった。
料理の腕は上達の兆しゼロで、オムレツという名のスクランブルエッグを毎朝食べた。
パセリが入っていたりチーズを混ぜていたりと、バリエーションを意識している姿が、微笑ましかった。
・
チャンミンの就職が決まった日の夜、外で飲むのを止めて宅配ピザを頼んで自宅飲みした。
Bは仕事に行ったのか不在だった。
「お仕事、頑張りますね」
俺たちはソファにもたれて、ローテーブルに2枚並べたLサイズピザをつまみにしていた。
ウキウキ浮かれた彼女は終始笑顔で、左右非対称に目を細めていた。
「どんな会社なの?」
「うーんと、その人が一人でやってるところです」
「仕事内容は?」
「アシスタントです」
「何をアシストする仕事なの?」
「実はー、よく分かんないです」
「そんなんで大丈夫なの?
怪しい仕事じゃないよね?」
「ご心配なく。
ちゃーんとした人ですから」
ほろ酔いチャンミンは、口をとがらせて俺の肩を押す。
「チャンミンちゃん!」
彼女の力が強くて、俺は手にしたビールを傾けてしまった。
体格がよいからか、力強い。
「もー」
「ごめんなさい...」
「仕事始めはいつから?」
「来月からです。
お義姉さんの出産日がもうすぐですし、カット・コンテストのバイトもあるので、それまでは週に3日、時短でいいって融通してもらいました」
「カット・コンテスト?」
彼女は「しまった」とばかりに両手で口を覆っていた。
初耳だった。
「内緒にするつもりが...!」
「どうして内緒にする必要があるの?」
「恥ずかしかったからです」
カット・モデルに採用された経緯を説明してもらった。
「それのどこが恥ずかしいの?」
「だって...僕は...僕は...」
彼女は立てた両膝に顔を伏せてしまった。
「『僕は』...何?」
「......」
待っていたが、その続きは聞けなかった。
「なんでもないです」
「そっか。
...で、コンテストはいつなの?
応援に行きたい」
「再来週です。
でも...平日なんです」
「そっかー。
残念」
「写真を見せてあげますね」
彼女のくせ毛の襟足や細くて長い首。
無防備に俺の目前にさらされたそれに色気を感じて、体温が1度上がったような気がした。
膝を立てて座る彼女に倣って、伸ばしていた両膝を曲げた。
「今日はお洋服を貸してくださって、ありがとうございました。
心強かったです」
恥ずかしくなった俺は、テーブルから新しい缶ビールを取ってぐびりと飲んだ。
「靴もありがとうございました。
ブラシをかけておきました」
「いいよ、そんなの...」
座高が一緒だから、彼女の横顔は俺の頬のすぐ脇にある。
彼女の頬からミルクのような甘い匂いがした。
「ユノさんにくっついていると、安心します。
不思議です」
彼女といる時に襲われる不思議な感覚の正体は何なのか、答えを見つけようと俺の頭はフル回転だ。
この感覚の分析は後日と言うことで...。
「こんなにあっという間に仕事が決まっちゃうとはね」
「とんとん拍子でした」
こんなことを言ったら彼女に失礼だけど、「就職活動が苦戦するのでは」と予想していた。
不採用の通知の際に、かけてやる慰めの言葉を考えていたくらいだ。
どこか世間知らずで呑気そうな彼女が、世知辛い都会でちゃんとやっていけるのかと心配していた。
俺が守ってあげないと。
純朴な彼女を騙したり、泣かしたりするような奴から守ってあげないと。
彼女は俺の妹じゃないし、彼女にはホンモノの兄がいるけれど、
身近で見守ってあげるのは俺が適任だと、不思議な使命感を抱いているんだ。
なぜだろう。
(つづく)