(5)俺の彼氏はオメガ君

 

 

~潤いの大洪水の巻~

 

次の休日、引っ越し作業の助っ人に呼ばれたユノ。

 

実家に帰ることに気が進まない理由は、手伝いが面倒なわけでも、家族と不仲なわけでもない。

 

理由は2つあった。

 

1つ目は、アルファの能力を隠すために神経をすり減らさないといけないことだ。

 

オメガ属に仲間入りして2度目の生理が終わった頃、チャンミンの身体にさらなる変化が起きた頃を振り返ってみる。

 

ベータ時代、学力はチャンミンの方がやや上だったが、転性した以降の初めての中間試験で、ユノの学力がとんでもなく急上昇していたことが判明した。

 

そのことを知らなかったユノは、うっかり満点をとってしまったのだ。

 

職員室前に貼り出された成績一覧表に、ユノとチャンミンは喜ぶどころか内心で大汗をかいていた。

 

一番端に、ユノの名前があったのだ。

 

学年成績の中間あたりをウロウロしていたユノが、いきなりの学年トップ。

 

生徒たちはザワザワ。

 

(...マズい)

 

ユノはカンニングを疑われ、職員室に呼び出されたほどだった。

 

その日の放課後、チャンミンはユノを緊急ミーティングに呼び出した。

 

「手を抜かないとアルファだってバレるよ」

 

「気を付ける」

 

「普通でいるんだよ。

分かった?

目立ったら駄目だよ。

お馬鹿なフリをするんだよ」

 

「お馬鹿ぁ?

ベータだった時の俺は、馬鹿だったってことか?」

 

チャンミンは抑制剤をピルケースに移す作業の手を止め、拗ねたユノをなだめた。

 

「違うよ。

アルファ目線のお馬鹿は、ベータで言う“中の中”レベルってこと。

意識して手を抜きなよ、ってことだ」

 

(お兄さんぶるチャンミン...かわゆす)

 

「分かった」

 

以降、宿題は2回に1回は忘れる、教諭に指されたら「分かりません」、試験では3問に1問は敢えて間違える...。

 

学問については注意深く中の中の維持を心がけていたが、それ以外の能力UPに関して油断していた。

 

部員不足の陸上部の助っ人に、無理やり出場させられた陸上大会の800m走。

 

大会出場選手の多くはベータ属で、公平を期する為アルファ属は事前申告が義務付けられている。

 

ユノはベータとして出場。

 

そして、ぶっちぎりの1位。

 

大会新記録、地区新記録を叩き出してしまったのだ。

 

(アルファ...すげぇ)

 

結果、ニュース記者や大学のスカウトマン、大会関係者の注目を浴びてしまった。

 

その夜、ユノはチャンミンにこってり絞られた。

 

2人は向かい合わせに正座し、ユノはしょぼんと背を丸めている。

 

「だ~か~ら!

本気を出したら駄目だって」

 

「ごめん...」

 

「ユノがアルファだってことは、秘密なんだからね」

 

「分かってるって」

 

「ホントに気を付けてね!

分かった?」

 

「分かったよ」

 

「僕はいつも心配してるんだからね」

 

(お兄さんぶってるチャンミン...すげぇカワユス)

 

「じゃあ、チャンミンのいう事聞くから、キスしていい?」

 

チャンミンは、にじり寄ってきたユノを一旦押しとどめると、ユノの唇に人差し指をあてた。

 

「いいけど...。

ディープはダメ」

 

「なんで?」

 

「えっろいキスすると、お尻が変になるんだ」

 

「どんな風に?」

 

「キスしながら、お尻に触ってみてよ。

どこが変なのか、よく分かるから」

 

「触っていいの?」

 

オメガになってから、チャンミンの尻の触り心地が変わってきた。

 

ユノはその触り心地が好きで、隙あればさわさわもみもみしていた。

 

「うん...いいよ。

触って...」

 

チャンミンはもじもじと、頬を赤らめ俯いた。

 

「よしよし。

抱っこしてやるから、ちこう寄れ」

 

手招きするユノの傍へ、チャンミンは四つん這いになって近づいた。

 

そして、ユノの広げた両脚の間にすっぽりとおさまった。

 

ユノはチャンミンの顎に手を添え、自身の方へ振り向かせて口づけた。

 

唇を重ねなおすたび、チャンミンの甘い吐息が漏れる。

 

(甘たれ坊やなのに、こういう時は色っぽいんだよなぁ。

なんなの、このギャップ)

 

ねっとりと粘着質なキスを交わしながら、ユノの片手はチャンミンの後ろに落とされた。

 

ユノの指と手の平は、制服のスラックスの上からチャンミンの感触を楽しんだ。

 

(やわっこ~い。

小さなお尻は変わらないのに、触り心地は最高だ)

 

オメガになってから、チャンミンの尻は明らかに変化した。

 

丸みを帯び、柔らかな揉み心地となった。

 

(ほっぺを楽しんだ次は、谷間を...。

パンツに手を入れるのはまだだ)

 

ベータの頃からもそうだったが、アルファになってからのユノは、よりチャンミンの身体に夢中になっていた。

 

人目がある所のユノは、チャンミンに危険が及ばないよう常に周囲に目を光らせ、まるで過保護な兄然としている。

 

ユノの苦労を知らず、呑気で無邪気なチャンミンの突飛な言動に、ユノは毎度肝を冷やしている。

 

神経を擦り減らした結果、ユノは恋人気分を味わうどころではない。

 

だからこそ、2人きりになった時は、ここぞとばかりチャンミンの身体を堪能してしまうのだ(まるで、エロ親父のような表現をしてしまった)

 

ユノの指は、チャンミンの谷間をそろりとなぞった。

 

「はあぁ...ん」

 

「!!!」

 

初めて聞くチャンミンの声に、興奮するどころか正気に戻ってしまったユノ。

 

「はあはあはあ...」

 

ユノの首筋に吹きかかるチャンミンの吐息が熱い。

 

「はあはあはあ...」

 

先ほどより深く、谷間を探ってみた。

 

「あっ、はぁぁぁん!」

 

「!!!!」

 

チャンミンはユノの肩に頭をもたせかけ、呼吸を乱していた。

 

まぶたは半分落とされ、潤んだ目はうつろ。

 

(うつろどころか...白目になってる...!)

 

伏せた長いまつ毛の先が震えていた。

 

(チャンミン!

目がいっちゃってるぞ!)

 

唇を離すと、きつく吸った覚えがないのに鬱血し赤くなっている。

 

半開きの口の端から、唾液がだらだら垂れている。

 

チャンミンのこれほどエロい顔は、初めて目にしたユノだった。

 

「チャンミン...大丈夫か?」

 

「はあはあはあ...ゆのぉ。

...変、変なのぉ。

僕の後ろがぁ...」

 

チャンミンの腰がガクガクと震えている。

 

「ほら!」

 

チャンミンに手首を掴まれ、谷間の奥へと誘導された。

 

「お漏らし!?」

 

「馬鹿ぁ!

違うよ!」

 

ユノは濡れた指先...人差し指と親指...をすり合わせた。

 

「びっしょびしょじゃん」

 

「そうなんだよ。

お漏らしはお漏らしなんだけど、前じゃなくて後ろなんだよ」

 

「見せてみろ」

 

ユノは後ろ抱きしていたチャンミンの背を押し、四つん這いにさせると例の箇所に顔を近づけた。

 

スラックスの後ろが、濡れてグレーから黒に変わっていた。

 

「うむ...」

 

ユノは腕を組むと、「う~ん」と唸った。

 

「濡れてる。

チャンミンのソコから出てる」

 

チャンミンのスラックスは、じわりじわりと内側から湧き出るもので、滴りそうに濡れている。

 

「...これって...!?」

 

チャンミンは、オメガに転性した際に配布された資料を思い出した。

 

通常、男性のそこは分泌液で濡れることはないため、関係を持つ際は潤滑ローションが必須だ。

 

ところが、オメガの男性は違うのだ。

 

性的に興奮した時やヒート期になると、スムーズな挿入のために大量の粘液が分泌される。

 

当てた指を離すと、つーっと糸がひいた。

 

「これがいわゆる『オメガの洪水』だ」

 

「うそだぁ...。

僕...女の子になっちゃったの?」

 

「そんなんじゃない!」

 

「チャンミンは絶対泣く」とユノは予想して、きっぱりと否定した。

 

「チャンミンはオメガになっただけだ。

女の子になったんじゃない。

オメガになるとは、こういうことなんだよ。

受け入れるしかないんだよ」

 

「......」

 

チャンミンは顎をしわくちゃにさせ、唇をへの字にひきむすんでいる。

 

ユノはぼりぼりと頭や首筋を掻き、言葉を探した。

 

「チャンミンのソコがぬるぬるになったってことは、魅力的になったってことさ。

ぬるぬるって、最高じゃないか。

俺もチャンミンも両方、気持ちいいぞ~、きっと」

 

「う~~」

 

「直接触ってもいい?」

 

「だ~め」

 

伸ばしたユノの手は、ぱちんとはじかれた。

 

「お風呂に入ってくる。

べちょべちょで気持ち悪いから」

 

チャンミンはユノを自室に残したまま、シャワーを浴びにいってしまった。

 

(気難しいなぁ...。

でも、気難しくなって当然か。

身体の変化に心がついてゆけなくて辛いんだ。

俺が支えてやらないと)

 

はじかれた手の平がじんじんした。

 

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(4)俺の彼氏はオメガ君

 

 

<俺を煽らないでくれの巻>

 

 

ポジティブな要素しかないアルファに生まれたことを嘆く者は、ほとんどいない。

 

アルファとは力の象徴だ。

 

一方、オメガとは妊娠し子を産むための存在。

 

アルファ(時にはベータ)の力にねじ伏せられ、獣じみた性欲に流され、望まない妊娠を強いられることもある。

 

多くのオメガたちは、オメガ属としてこの世に生まれ落ちたことを嘆いた。

 

特にオメガの男性は、外見が男性であっても、女性を妊娠させることはできない。

 

アルファ又はベータの男性、又はアルファの女性に...言葉は悪いが『種付け』される役目なのだ。

 

ベータだった過去があるが故、チャンミンのショックは大きかった。

 

チャンミンは初潮を迎えた日、夕食も食べずに布団にもぐり込み、さめざめと泣いた。

 

ユノはチャンミンの背中を叩いてあやした。

 

(チャンミンは泣き始めて30分後には寝入ってしまった。

ユノは、チャンミンがいつ目を覚ましてもいいように、一晩中目を覚ましていた。

チャンミンは朝までぐっすり眠っていた)

 

長い期間、オメガ属は他属からの冷遇に耐え忍んできた。

ところがここ数年前ほどから、その状況が変化してきた...。

長くなるのでその解説は後述する。

 

 

(僕はこんな目にあっているのに、ユノは何の変わりがないなんて!

それどころか、前より逞しくなったし、イケメン度が増した。

ユノばっかりズルい...!

 

僕なんて、身体の線が丸くなったような、アレが小さくなってきたような。

ユノのモノなんて、絶対に前よりサイズアップしてる!

ユノばっかりズルい!

ズルいよ!)

 

チャンミンは17歳でオメガに転性して以来、ユノへの妬みがどうしても消えてくれなかった。

 

ユノが全身全霊、チャンミンに尽くしてくれたとしても、オメガであるが故の哀しみを消すことはできないのだ。

 

チャンミンはユノに当たり散らしてしまうのを止められず、ユノはこれまでずっと、チャンミンの嘆きを受け止めてきた。

 

オメガになりたての頃は、怒りの沸点が低くて常にカリカリしていたのが、1年もすれば落ち着いてきた。

 

生理の手当てにも慣れてきた。

 

ユノを伴って、オメガ専門店へ買い物に出かけることもある。

 

ユノは抑制剤を入れるピルケースをワクワクと選ぶチャンミンを、温かい目で見守っているが、内心でため息をつくこともあった。

 

チャンミンを守りきれるか、自信を失いそうになる時がある。

 

アルファは万能な存在ではない。

 

知力や体力、そして精力が優れているだけで、ベータ以上の精神力や愛情を持ち得ているとは限らない。

 

優しさに欠けている者が多い、ということだ。

 

エリート意識が高く、オメガと見ればねじ伏せようとするアルファが多い中、ユノは心優しきアルファだった。

 

(...その優しさはほぼ、チャンミンに注がれている)

 

アルファとオメガの結びつきは、愛情よりも生殖本能...孕ます者と孕まされる者...によるところが大きい。

 

ところがユノとチャンミンは、アルファとオメガになってしまった以降も、愛情で結びついており、立場も対等なままだった。

(ユノのチャンミンへの溺愛度と、チャンミンの姫度がUPした)

 

ベータとして生きてきた過去が、世のアルファとオメガカップルと比較して、精神的な繋がりを強くしているのだろう。

 

 

時は変わって、現在。

 

ここは社員寮のユノの個室。

 

ふたりはベッドに並んで腰をかけていた。

 

ユノは電話中だった。

 

ユノの実家から、次の3連休に、引っ越し作業の手伝いに来るようにと、連絡があったのだ。

 

高齢のひとり暮らしは心配だからと、父方の祖母がユノの実家に身を寄せることになったという。

 

「う~ん、分かった、うん、うん。

じゃあな」

 

電話を切ったユノは浮かない表情だった。

 

「どしたの?」

 

チャンミンは大盛り牛丼をかき込んでいた箸を止めた。

 

早くて明日、明後日にヒート(発情期)を迎えるチャンミンは、食欲を抑えられずにいたのだ。

 

ヒート前のオメガの身体は、妊娠に備えて栄養を欲する。

 

食欲が増したチャンミンは、社員寮の大盛りセットだけでは足りず、テイクアウトをしてきたもので腹を満たしていた。

 

「ユノ...顔が怖い」

 

「あ~、うん。

ちょっとね」

 

「怖い顔をしていても、ユノはカッコいいけどね」

 

小首を傾げて、赤い舌をぺろ。

 

(可愛いんだよ、こんちくしょー)

 

ユノは内心で悶絶する。

 

「チャンミンもカッコいいよ」

(「可愛いよ」と言いたいところを我慢した)

 

「メシ、足りるか?」

 

「食べても食べても、お腹が減るんだよね~。

嫌になっちゃう」

 

「好きなだけ食え」

 

チャンミンは一粒も残さず綺麗に平らげ、「あ~、美味かった」と、膨れた腹を撫でた。

 

食欲が満たされた次は、性欲だ。

 

(ご飯は美味しいし、ユノも美味しそう。

ムラムラする!)

 

「ゆのぉ!!」

 

チャンミンは勢いよく、ユノの首にかじりついた。

 

チャンミンは発情抑制剤を服用してはいるが、完全には性欲とヒート臭を抑えることはできないのだ。

 

特に性欲が高まると、ヒート臭は強くなる。

 

「おっ!」

 

ユノは、不意打ちのチャンミンの動作に、ぶわりと広がったヒート臭をまともに嗅いでしまった。

 

「うっぷ...」

 

とっさに鼻を覆ったが時すでに遅し。

 

胸がムカムカしてきた。

 

ユノは常用している抑制剤の副作用により、ヒート臭過敏症になっていた。

 

胃の腑からこみ上げてくる吐き気で、ユノの顔色は真っ青になっている。

 

「ごめん!」

 

チャンミンは冷蔵庫から、イチゴを取り出してきた。

 

こんなこともあろうかと、牛丼ついでに購入してきたのだ。

 

(ユノの部屋には自前の冷蔵庫がある。この中に、抑制剤のアンプルが冷蔵保管されている)

 

「おえっ、おえっ」

 

「これ食べて」

 

気持ち悪いし、ムラムラするしで、ユノは背中を丸めてうずくまっている。

 

「いきなり抱きついてごめん」

 

チャンミンはユノを抱き起すと、よく冷えたイチゴをユノの口にねじ込んだ。

 

イチゴ果汁で赤く濡れたユノの唇に、チャンミンの後ろがキュンとした。

 

チャンミンはイチゴにかぶりつき、ユノに口づけた。

 

(イチゴの口移し(きゃっ))

 

「チャンミン!

駄目だ!

駄目!」

 

ユノの下半身は、瞬時に膨張率100%の臨戦態勢。

 

(やばいやばい!)

 

このままだと、欲に流されチャンミンを襲ってしまう。

 

「チャンミン!」

 

ユノはぐいぐい唇を押し付けてくるチャンミンを引きはがした。

 

「俺を煽るなよな~」

 

「ごめんごめん」と、チャンミンは両眉を下げて謝った。

 

(危なかった...チャンミンを襲うところだった)

 

ユノは額に浮いた冷や汗をぬぐった。

 

(いててて。

勃ちすぎて痛い...)

 

 

ヒート期中の性欲は、『人間、止めました』レベルの凄まじさだ。

 

(チャンミンは「濡れちゃって困るの」などと、ユノを煽る台詞を吐くから、困ったものだ)

 

オメガのヒート期は、アルファも正気を失う。

 

(チャンミンを襲うわけにはいかない)

 

ヒート期のオメガとの性交は、妊娠率100%。

 

(チャンミンとの将来が未確定な今は、チャンミンを孕ませるわけにはいかない!)

 

アルファとオメガの『番(つがい)』制度についても後述する。

 

(ヒート期のチャンミンを抱きたい!

抱きたい!

抱きてぇ~!)

 

これがユノの本音だ。

 

ユノはその衝動性を抑えるために、チャンミンのヒート期は普段の3倍もの抑制剤を服用しなくてはならなかった。

 

 

実家からの電話に、ユノが浮かない顔をしていた理由については、次回にまわす。

 

 

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(3)俺の彼氏はオメガ君

 

 

<ナプキン事件の巻>

 

 

チャンミンの両親も妹たちも祖父母も、現存している一族全員、ベータ属だ。

 

一般的で多数派の、珍しさの欠片もない、ごく普通のベータ一族にオメガが誕生した。

 

世の人間だれしも過去を辿れば、アルファやオメガのご先祖にいきつく可能性はあるため、ユノだったから、チャンミンだったから特別に、ファンタジーな現象が起こったのではない。

 

17歳にして突如、本来の属性が顔を出し、変異してしまう現象は、世界各地で報告されている。

 

ただし、それは非常に稀なケースだが。

 

 

 

 

オメガになって3か月目、チャンミンに初潮が訪れた。

 

タイミング悪く学校で“その時”が訪れた。

 

2人は男性であり、生理用品なんて当然持ち合わせていない為、その調達に学校を抜け出すしかなかった。

 

チャンミンをコンビニエンスストアの前に待たせて数分後、ユノは堂々と目当ての物を手に入れてきた。

 

茶色の紙袋を抱えている。

 

(ユノ...すごい勇気と度胸だ。

『姉に頼まれて』とか、言い訳しながら買ったのかな)

 

「公園のトイレに行こう」

 

2人揃って個室に籠る不自然さは、コンビニのトイレよりも公園のバリアフリートイレの方がまだマシだ。

 

ユノはもぞもぞ歩くチャンミンのペースに合わせ、ゆっくり歩いた。

 

公園には、遊具で遊ぶ子供たちとその親らしき男女、縄跳びをするご老人がいるだけだった。

 

チャンミンは彼らを遠目に、こう思った。

 

(あの男...オメガだったりして...。

あの女の人がアルファだったりして...)

 

現実には、そう簡単にオメガをお目にかかることはない。

 

(...まさかね)

 

「チャンミン、早くしろ!」

 

ユノはチャンミンの襟首をむんずとつかむと、個室へと引きずり込んだ。

 

「これはふつうの日用で、これが夜用。

へぇ、羽根つきってこういう感じなんだ」

 

ユノは紙袋から取り出したものを、洗面台の上に次々と並べていった。

 

パッケージ入りのボクサーパンツもある。

 

ファンシーな色と柄のオンパレードに、チャンミンはくらりと眩暈を覚えた。

 

「どれがいいか分からなくて...。

お店の女の子に訊いたんだ」

 

「ユノ!?

キミって人は!」

 

「店ん中でぐだぐだ迷って、ウロウロしてる方がハズイだろ。

こういう時は先輩に訊くのが、一番早い」

 

「う~、そうだけどさ...」

 

「オメガ用のナプキンは、さすがにコンビニに売っていなかった。

やっぱ専門店じゃないと駄目か...」

 

「そんなの、コンビニも...ドラッグストアだって同じだ。

そんなの並べたって、買う奴なんていないよ!

 

オメガなんてちょびっとしかいないんだ」

 

チャンミンの言う通りだった。

 

「後で買いに行こうか?

今んとこ、応急処置だ」

 

「う...ん」

 

大いに気が進まん、と言った風に渋々、チャンミンはレース模様のものを手に取った。

 

「タンポンも勧められたんだけど、それじゃあ...」

 

ユノは、チャンミンの尻をちらっと見ると、「塞いじまう」と言った。

 

「ユノ!!

なんて無神経な奴なんだよ!」

 

チャンミンは手にしたナプキンを、ユノに投げつけた。

 

「僕はこんなの...こんなのしたくない!

僕は男なのに。

男なのに...。

ユノは自分のことじゃないから、平気なんだよ。

僕がどれだけ落ち込んでいるか、分かんないんだよ!

ナプキンナプキンって!」

 

チャンミンはパッケージからナプキンを取り出すと、次々とユノに投げつけた。

 

「チャンミン!」

 

ユノは器用に、そのひとつひとつをキャッチした。

 

「ナプキンナプキンって!」

 

その光景は、まるで運動会の玉入れ競争のようだった。

 

「俺が悪かった!」

 

「ユノのバカバカ!」

 

濡れたお尻が気持ち悪かった。

 

チャンミンは情けなかった。

 

オメガになるとは...妊娠できる身体になるとは、こういうことか...。

 

投げつけるモノが無くなると、うな垂れて黙り込んでしまった。

 

ユノはかける言葉が見つからず、チャンミンを見守るだけだ。

 

チャンミンはひとつ深呼吸をつくと、ユノが腕に抱えたものからひとつを取った。

 

覚悟を決めたのだ。

 

「自分で出来るか?」

 

「出来る」

 

「外で待ってるよ」

 

チャンミンは、個室を出ようとするユノの襟首をひっつかんだ。

 

「ここに居て!

行かないで。

僕のそばにいて」

 

「ああ。

ここに居る」

 

チャンミンはベルトを手早く外し、すとんとスラックスを落とした。

 

「......」

 

下のものを全部脱いでしまうと、「新しいパンツ、取って」と手をひらひらさせた。

 

「おっ、おう」

 

ユノは慌ててパッケージを破ると、真新しいボクサーパンツを手渡した。

 

「......」

 

パンツに足を通し、「それ、取って」と再びユノへ手を伸ばした。

 

チャンミンの顔は怒っていた。

 

ぺりぺりと開封した中から現れたものを摘まみ上げ、無言でそれを眺めていた。

 

「......」

 

(ああ...ベータだった僕はとうとう、消えてしまった)

 

「チャンミン...できるか?」

 

勝手が分かっていない手つきは不器用そのもので、よれたり、折れ曲がったり、2個無駄にした。

 

「もう!!」

 

「チャンミン?

俺がやったろか?」

 

「やだ!」

 

チャンミンを手伝おうと伸ばしたユノの手は、払いのけられた。

 

「いくらユノだって、手伝ってもらうわけにはいかないよ」

 

「わかった...ごめんな」

 

「...ムカつく。

自分がムカつく。

ムカつくけど、僕はオメガだ。

とっても珍しい人種なんだ。

ぐすっ...負けないもん」

 

 

 

「帰ろうか」

 

ユノはチャンミンの肩を抱いた。

 

自分のことなど二の次で、チャンミンのことが心配でたまらなくても、ユノはチャンミンの哀しみを代わってあげることは出来ない。

 

「家に帰ろう」

 

「学校は?」

 

「サボる。

チャンミンにアレが来た日に、体育なんてできるかよ」

 

ユノの隣を歩くチャンミンは、笑顔になっていた。

 

「う~ん。

体育は辛いね」

 

(分かる...女子たちの気持ちが今の僕なら分かる)

 

チャンミンはそっと下腹を押さえた。

 

朝から悩まされているこの鈍痛は、自身の肉体の奥底で、想像がつかないことが起き始めている徴だ。

 

「1日目って辛いっていうじゃないか。

だるいとか、腹がいたいとか。

うちの妹も、毎月寝込んでるよ」

 

「うん...うちの妹も、月に一度、扱いにくい奴になってる」

 

「俺は、お前の心の痛みとか、身体の変化についてゆけなくてもがいたり...そういうのを真の意味で理解してやることはできない。

でも俺は、お前を全力で守るから。

アルファの名をかけて」

 

「うん。

僕を守ってね」

 

ユノはチャンミンの手を取り、指を絡めた。

 

「今から専用のやつを買いに行く?」

 

「ううん。

家帰って寝る。

だるいんだよね~。

だって1日目だからさ~」

 

「あったかいもの飲むか?

腹を温めるといいんだって」

 

「僕んちに来ても、生理中だからアレできないからね」

 

「ばっ!

何言ってるんだよ!」

 

「ふふふ。

冗談だよ~」

 

 

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(2)俺の彼氏はオメガ君

 

 

<アルファ君も大変ですの巻>

 

危機意識の低いチャンミンの無防備さに、ユノは始終ヒヤヒヤドキドキしている。

 

今朝のように、抑制剤の飲み忘れなどもってのほかだ。

 

(ったく、あの馬鹿!)

 

ユノはカリカリしながらレモンを齧っていた。

 

(可愛すぎるんだよ、こんちくしょー)

 

チャンミンから愛らしい笑顔を見せられると、ふにゃりと顔が緩み、甘々になってしまうのだ。

 

ユノは3個分のレモン果汁を吸い尽くすと、カラカラになった皮をゴミ箱に投げ捨てた。

 

吐き気がおさまった後、ユノにはやるべきことがあった。

 

トイレの個室に籠ると、三つ折りポーチを水洗タンクの上に広げた。

 

ポーチにはペン型の注入器とカートリッジが収められており、ユノはその二つをセットした。

 

シャツの裾をたくしあげると、露わになった引き締まった腹に注入器の針を突き立てた。

 

「...っ」

 

カートリッジの中身を注入し終えると、使用済みの針とカートリッジをジッパー付きのビニール袋にまとめた。

 

職場の他、職員寮のゴミ箱に捨てるわけにはいかないので、後でしかるべき場所にまとめて廃棄する。

 

ユノが体内に取り込んだ薬剤は、ざっくり言うとアルファのオーラを消す効果があるもの。

 

まだ治験段階のものだが、これまでアルファだと見破られていないから、ある程度の効果があると言っていいだろう。

 

ユノもユノなりに、ベータ社会に生き抜くために、苦労を味わっているのだ。

 

(いつまでこれを続ければいいのだろう)

 

ユノの頭に『番(つがい)』の文字が浮かんだ。

 

(チャンミンと番になってしまえば話は早い。

俺と番契約を結べば、チャンミンがアルファに襲われる危険性も減る。

しかし、安全と安心の引き換えに、失うものも多い。

オメガであると公になった途端、チャンミンは世間から隔絶された生活を送らなければならない)

 

ベータ属よりも身体的能力に劣るだけでなく、自己制御のできない発情期に襲われるオメガ属は『性欲に支配された劣った者』と見なされ、世間的に冷遇されてきた。

 

ところが昨今、オメガだけが持ち得る特殊能力が珍重されるようになり、オメガと聞くと、人々は目の色を変える(その理由は後述する)

 

ユノにとってアルファ属性とは不要なもので、なれるものならベータに戻りたかった。

 

(俺だけがチャンミンを守れる。

ベータだったら守り切れないだろう)

 

チャンミンを想うと、アルファ属でよかったと思い直すのだった。

 

 

 

ユノとチャンミンはお隣同士で幼馴染だ。

 

ユノが7歳の時、父親の転勤に伴い一家全員渡航したため、2人は一度離れ離れになった。

 

10年後、父親の任期終了に伴い、ユノ一家はかつての街に戻ってきた。

 

ユノとチャンミンは10年ぶりの再会を果たした。

 

驚くことに、高校生だった当時、2人はれっきとしたベータ属だったのだ。

 

誕生時と、10歳(初潮と精通を迎える)、15歳(アソコに毛が生えはじめる)の節目に実施される遺伝子検査が、義務付けられている。

 

生まれ持った属性が成長に伴い変わる者がごく稀にいるためだ。

 

特に、15歳の検査結果が自身の属性が進路を決める指針になる。

 

言い換えると、アルファはアルファらしく、ベータはベータらしく...オメガはオメガの運命を受け入れた人生を歩め、という意味だ。

 

そのいずれの検査でも、2人はれっきとしたベータ属だったのだ。

 

ところがある日突然、ユノがアルファ、チャンミンがオメガにと変性した。

 

滅多の滅多に起こらない現象が、ユノとチャンミンには起きたのだ(その経緯についても後述する)

 

 

 

チャンミンがオメガだと分かった時の、2人のエピソードをひとつ紹介する。

 

彼らが高校生だった頃の話。

 

チャンミンは、遅かれ早かれにバレるだろうけど、オメガになった事実を可能な限り、周囲に隠し通すつもりでいた。

 

しかし、早い段階で家族にだけ真実を...「僕はオメガになってしまいました」と打ち明けるしかないと考えをあらためた。

 

ひとつ屋根の下で暮らしている以上、隠し切れないと観念したのだ。

 

隠しきれないものとは、女性なら当たり前に経験する生理現象。

 

生理が始まったのだ。

 

よりによって、学校で。

 

チャンミンは前夜から腹痛を覚えていて、2時限目の休憩時間になるやいなや、トイレの個室に駆けこんだ。

 

(昨夜、食べ過ぎたのかな...?)

 

ズボンとパンツを下ろし、便座に腰掛けようとしたその瞬間。

 

パンツの有様を見た直後。

 

(あ゛あ゛~~~~!!!)

 

チャンミンは絶叫しそうになった口を押さえた。

 

心臓がバクバク、痛いくらいに拍動している。

 

チャンミンはスマホを取り出すと、震える指でユノへメッセージを送った。

 

『緊急事態発生。

3階トイレ、左手の一番奥にいます』

 

30秒もしないうちに、バタバタと足音がした。

 

ユノだ。

 

数学が苦手なチャンミンの代わりに宿題を仕上げていたところ、チャンミンからのメーデーに、ユノの顔色が変わった。

 

(オメガになったばかりのチャンミンが心配で、ユノの過保護っぷりが加速し始めた頃だ)

 

ユノはがやがやと生徒たちがうろつく廊下を、1人とも接触せずジグザグに駆け抜けた(さすがアルファ)

 

「チャンミン!」

 

ユノがチャンミンが籠っている個室のドアをノックすると、カチャリと鍵が外れた。

 

用足し中の生徒たちは皆、こちらに神経を払っていないようだ。

 

ユノは個室へと身を滑り込ませた。

 

「ユノぉ...どうしよう?」

 

便座に腰掛けたチャンミンは、半べそ状態だった。

 

「何があった?」

 

ユノの視線はチャンミンが指さす先...足元に落とされた。

 

チャンミンのパンツとズボンは、足首まで落とされている。

 

「!!!」

 

パンツの有様にユノは絶句した。

 

「......」

 

「...どうしよう...。

痔じゃないよね?

痔だったらいいんだけど...違うよね」

 

「これは~...アレだ。

アレだよ。

女の子の日だ」

 

いつか来るだろうと覚悟していても、汚れたパンツを目にしてしまったショックは大きい。

 

「僕は女の子じゃない!」

ムキなったチャンミンの声は大きくなり、慌てたユノの手で塞がれた。

 

「そうだよ、チャンミンは男だ。

ただ、オメガになったんだ、いつ始まってもおかしくない」

 

「やだよ...こんなの」

 

「仕方ないよ」

 

「やだよ」

 

「そうだよな。

分かった。

俺が何とかしてやる」

 

ユノはチャンミンの肩を叩いた。

 

「...どうやって?」

 

「生理については、後で話し合おう。

今はお前のパンツを何とかしないと!」

 

「そうだね。

このままにしておけない」

 

「俺はコンビニまで走るから、チャンミンはここで待ってろ」

 

「これから生理用ナプキンと下着を買ってくる」とユノは言っているのだ。

 

購買部にも販売されているし、保健室へ行けば貰うこともできるが、男のユノが校内でできるはずがない。

 

「え~、ここで?」

 

チャンミンはぷぅ、と膨れる。

 

「そうするしかないだろう?

パンツ汚しちゃったんだし」

 

「でも...トイレだし、ずっと出てこないのを怪しまれて、上から覗かれるかもだし。

授業をサボったって、先生がドアを蹴るかもだし。

ユノはいないし、不安だよぉ」

 

「う~ん」

 

「ユノと一緒にコンビニに行く!」

 

「パンツは?」

 

「脱ぐ」

 

「で、直接ズボンを穿くのか?」

 

「うん」

 

「脱いだパンツは?」

 

「トイレに流す」

 

「詰まるだろ!」

 

「じゃあ、ポケットに入れてく」

 

ユノは駄々をこね始めたチャンミンに、「ふぅ」とため息をついた。

 

(しょーがねーな)

 

ユノはトイレットペーパーをくるくる手に巻き始めた。

 

「何してんの?」

 

ユノはポケットから出したハンカチで、何層にも重ねたトイレットペーパーをくるんだ。

 

「即席ナプキンだ」

 

「......マジですか」

 

「マジに決まってんだろ。

ほれ、股に挟め」

 

「股じゃないよ。

お尻だよ」

 

「引っかかるとこはそこかよ?」

 

「僕はね、現実を受け入れようと必死なの」

 

「エライぞ、チャンミン」

 

 

2人は学校裏口からこっそりと抜け出ると、コンビニへと急いだ。

 

道中、お尻がゴワゴワするだの、ハンカチがずれるだのと文句たらたらなチャンミンを、ユノは「はいはい」と聞き流していた。

 

 

(つづく?)

 

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(1)俺の彼氏はオメガ君

 

 

<βの中のαとΩ>

 

『この世には、男女のほかにアルファ(α)、ベータ(β)、オメガ(Ω)の3つの性がある。

 

①アルファの男、②アルファの女、③ベータの男、④ベータの女、⑤オメガの男、⑥オメガの女の計6種類の性別がある。

30年前まではアルファ属とオメガ属はそれぞれ全人口の10パーセントを占めていたが、年々減少の一途をたどり、現在は全人口の5パーセントとなった。

内訳としてはアルファ属が4.9パーセント、オメガ属が0.1パーセントで、特にオメガは絶滅を危惧される属種となった。

20××年、『アルファオメガ保護法』が可決され、国は10ヵ年計画で希少種となった2属種の保全活動に乗り出した』...か。

ふん...!」

 

ユノはタブレット端末を脇に押しやり、大きく背伸びをした。

 

「う~~~ん」

 

あと十数分もしたら勤務開始なのに、ユノの全身が重だるく、胃もムカムカした。

 

しょぼしょぼする目に朝日が眩しい。

 

「ぎりぎりまで身体をやすめよう」と、ユノはベンチの背にのけぞったまま目をつむった。

 

(あ~、吐き気が止まねぇ。

レモンはあったっけ...?)

 

共用冷蔵庫の野菜室の奥で干からびかけているレモンを思い出してみる。

 

この吐き気は、二日酔いでも、食中毒でも、さらには神経性のものでもなく、ユノには原因がはっきりと分かっている症状だった。

 

こんな時はレモンをまるかじりすると、胃袋ごと飛び出てきそうな吐き気が和らぐのだ。

(理想はフレッシュイチゴだが、共用冷蔵庫に入れたりなんかしたら、1時間もしないうちに姿を消す)

 

ユノという男は眉目秀麗、長身痩躯、そして、頑健な肉体を持っていた。

 

人々の注目を浴びても仕方がないルックスのため、周囲からは「ユノ君って、アルファ属だったりして」と、半ば本気の軽口を言われることもたびたび。

 

センター長を除いた全員がベータ属の環境下、『アルファだったりして?』のからかいは、ユノの心拍数を容易に上昇させることができるのだ。

 

つまり...ユノはアルファ属。

 

アルファ属である身分を隠して、ベータ属...全人口の95 パーセント...の世界で暮らしている。

 

アルファ属の優位性がかつてより増したことで、かつてより崇め奉られる存在となった。

 

より特別な存在になったことで、アルファの優位性を謳歌する者が多い中、ユノはそれを面倒だと思っていた。

 

(俺はベータとして生きてゆく)

 

これまで、自身の属性をひた隠し、ベータらしく生きてこられたのも、アルファ属ゆえの要領のよさともいえるが...。

 

突如、ユノの視界が丸い影に覆われた。

 

「ばあ」

「わっ!!!」

 

ユノは叫んで弾け起き、自分を驚かせた人物を睨みつけた。

 

その人物は「いないいないばあ」と、両手の平をダンボの耳にしている。

 

「おっはー」

 

シミひとつないなめらかな色白肌に、頬はつやつやと薔薇色、額の真ん中で分けた、ふわふわ癖っ毛は赤銅色...いわゆる赤毛...をしている。

 

男性用の制服を着ているけれど、ワンピースを着せても似合いそうな中性的な雰囲気を漂わせた男。

 

その名はチャンミン。

 

「ガキみたいなことすんなよ!」

 

「てへ、ごめんなさい」

 

チャンミンは首をこてん、と傾け、舌をチラ見せしてみせる。

 

(く...か、可愛い)

 

チャンミンは可愛らしいルックスと言動で、ユノを始終ドギマギさせている。

 

ところが、ユノの心拍数を上げてしまうのは、チャンミンの中性的な雰囲気だけじゃない。

 

幼馴染で、お隣さんで、両親の転勤で離れ離れになったけれど、17歳の時再会し、いろいろすったもんだあった末、『いい感じ』になれただけが理由じゃない。

 

...チャンミンはオメガ属なのだ。

 

アルファ属を惹きつけてやまないオメガ。

 

全人口の0.1パーセントしか存在しないとされるオメガ。

 

「ユノ...顔色が悪いデスネ」

 

「お前のせいだろう?」

 

「スミマセン」

 

ユノは「てへへ」と鼻の頭をかくチャンミンの仕草に、「可愛すぎるんだよ、この野郎」と萌えていた。

 

すると突然、ユノはチャンミンに手首を掴まれ、ある場所へと引きずられていった。

 

「おい、こらっ!」

 

トイレの個室のひとつに押し込められたのだ。

 

「じゅーでん」

 

そう言ってチャンミンは、ユノに抱きついてきた。

 

アルファの背に回したオメガの両腕なんて楽々と払いのけられるのに、ユノはされるがままでいた。

 

「......」

 

ガタンバタン、ザザー。

 

ドアの向こうでは、用をたす者たちが出入りしている。

 

(個室に籠る男2人とくれば、アレしてると思われる!)

 

1分経過。

 

チャンミンはユノの胸から離れると、

 

「あんがと!」

 

個室にユノを残したまま、たたたっと走り去ってしまった。

 

『ユノ不足』だったらしい。

 

チャンミンはたびたび、「充電」と称して、場所おかまいなしにユノにハグしてくる。

 

(ん...?

この匂いは...)

 

ユノはくんくん鼻をうごめかした。

 

「あの馬鹿!」

 

ユノは舌打ちすると、チャンミンを追いかけた。

 

ユノのポケットにはチャンミンのために、抑制剤の錠剤が常に用意されている。

 

(また飲み忘れたんだな!)

 

一日2回、欠かさず服用し続けなければならない抑制剤を、チャンミンはたまに忘れてしまう。

 

抑制剤が切れた時のオメガ...ヒート(発情期)中...は、アルファに襲われる危険にさらされる。

 

(いい加減、覚えろよな!)

 

オメガ属を隠してベータ属の世界で生きることは危険と隣り合わせ。

 

95パーセントがベータであったとしても、100人のうち約5人はアルファなのだ。

 

どこにアルファが紛れているかしれない。

 

(大抵は、社会的に高い地位についている者が多く、圧倒的なオーラから判別がつきやすい。

しかし、例えばユノの様にベータに紛れている者もいるため、油断ならない)

 

あと数日もしないうちに、チャンミンのヒートが始まる。

 

発情期間中のオメガは、ベータの数千倍ものフェロモンを分泌し、独特の発情臭を発する。

 

この匂いはアルファが特に感知しやすく、チャンミンのうなじから立ち昇るヒート臭(発情臭)にあてられて、ユノは吐き気に苦しんでいたのだ。

 

チャンミンを守らねばならないユノの決意と、ユノオンリでべったりのチャンミンが結託した結果、高校も大学も、就職先も同じで、現在暮らしている社員寮も同じで、隣同士だったりする。

 

オメガバースの世界で、一般大衆に紛れて生きる2人のドタバタ恋のエピソードを覗いてみよう。

 

 

(つづく?)

 

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